第六話 孤軍奮闘
「ヒカリ様、失礼いたします!」
慌ただしい様子の兵士に、ヒカリは扉を開けた。
「……どうしたの?」
ヒカリの目は赤く腫れている。
「ウィル様がお待ちでございます。至急、裏門にお向かいください」
「わかった」
ヒカリは溜息を吐きながら、エクスレイドと、代用の鉄の剣を腰に携える。
(あいつの言う事なんか、気にすることはねぇ)
(……ありがとう)
エクスレイドに励まされたヒカリは、裏門へと急ぐ。自由行動を許されたが、城内は広大であるため、人に聞きながら辿り着いた。裏門では、ウィルが壁にもたれかかり、俯いている。そして、あることに気付いた。
「ウィル様、その服装は?」
「ああ、来たんだね。これは外出用なんだ」
城内にいるときの服装より、動きやすそうだ。ただ、黒を基調としているところは変わらない。そういえば、この国の人間は、黒または赤の服を着ることが多い。
「その目、どうしたの?」
「こ、これは目が痒くて擦ってたら、こうなりました」
ヒカリが笑ってごまかすと、ウィルは胸ポケットから小瓶を取り出した。その中には透明な液が入っている。そして、ヒカリの顔を上に向けさせ、瞳に一滴を垂らす。
「わ、ひんやりしてますね」
「そうだね。でも安心して、これは目薬だよ。僕もよく目が疲れるから、使うんだ」
そう言って、ヒカリに小瓶を渡した。ヒカリはお礼を言うと、ウィルは口角を上げる。
「近くの町が魔獣の被害に遭っているんだ。だから、三人で向かおう」
「たった三人で、ですか?」
「軍を派遣できればいいんだけど、いろいろと事情があってね」
ウィルは、寂しそうな笑みを浮かべた。
「お待たせいたしました、殿下」
クロウは、二頭の馬を連れて来た。各々がそれに跨り、ヒカリはクロウの後ろに乗せられる。ウィルの前に座りたかったと、心の中で毒づいた。
一行が町に着くと、悲惨な光景が待ち受けていた。各所では煙や火の手が上がっている。赤い染みが壁や地面に付着しているが、肝心の人間は見つからない。
「クロウは右を。僕はヒカリと、左から回る。中央広場で合流しよう」
「承知いたしました」
クロウはコートを上まで閉め、襟を立てて口と鼻を隠した。そして、忍者のように姿を消す。
「この規模の被害は初めてだ。もしかしたら……」
二人の前に、神殿で現れた狼型魔獣が三匹現れる。ヒカリは早速、クロウに習った構えを実行した。隣ではウィルが剣を抜き、刀身に黒い炎を宿らせる。その色は、ヒカリに闇を連想させた。
「ウィル様、それは?」
「魔力って言うんだ。説明は後でね。まずは、左の一匹を頼んだよ」
「わ、わかりました!」
ヒカリの視線は、一匹の魔獣に向けられる。
(魔獣には弱点がある。あいつなら、炎で攻撃すれば、形成能力を一気に削げるはずだ)
魔力が使えないヒカリは、鉄の剣を近くの炎に潜らせた。
「はああああ!」
狼型魔獣に駆け寄り、飛びかかって来たそれを真横に斬り裂く。すると、今回は一撃で、魔獣が煙と化した。
「やった!」
(よし、その調子だな)
ウィルは戦闘を終えていたので、ヒカリに合流した。そして、生存者を探すために、町中を叫びながら歩く。
「誰かいませんかーっ!?」
人間らしき返事はない。その代わりに魔獣が集まるので、同じ要領で討伐していく。その過程でヒカリは、狼型魔獣一体が相手なら、一人でも討伐できる自信を持てた。
中央広場にようやく辿り着くと、幼女の叫び声が聞こえる。
「だれかたすけてっ!」
「みゅ……」
二人が近寄ると、黒い腕輪をした一人の幼女が、可愛いらしい緑色の生物を抱えながら後退っている。五体の狼型魔獣は、少女を狙って徐々に距離を詰めていく。ヒカリは駆け込みながら、剣で魔獣を裂いた。ウィルも同様に対応し、広場の魔獣はすべて消えた。幼女は安心したのか、その場にへたり込む。
「大丈夫?」
「たすけて。このこがあたしをかばって、しにそうなの……」
幼女が見せた生物は、二足歩行の兎に近い姿をしている。明るい緑の体色、垂れた耳、目は丸くて口は小さい。二頭身で手足が短く、愛らしい。
「みゅ……」
その生物は、頭を振っているように見られた。また、腹部に引っかき傷があり、出血している。
「傷が深い。これは……」
(ゴリラ女子、俺を使え。この魔力なら、こいつの傷を治せるはずだ)
(そうなの? でも……)
ヒカリは、ウィルと約束した。この国ではエクスレイドを抜かない、と。抜いてしまったら、エクスレイドを狙う輩に殺されてしまうかもしれない。それに、約束を破ってウィルに嫌われたくはない。
だが、ヒカリは決意した。
「ごめんなさい、ウィル様」
「何をするつもり……まさか!」
ヒカリは、エクスレイドを鞘から抜いた。すると、刀身が蒼く光る。
「ダメだ、ヒカリ!」
(その生物に剣を向け、唱えろ!)
エクスレイドを生物に向けると、ヒカリは教えてもらった言葉をそのまま口に出した。
「治療水」
すると、蒼い光が生物を覆うように降り注ぎ、徐々に傷が塞がっていく。生物が起き上るのを確認すると、ヒカリはエクスレイドを鞘に収めた。
「ありがとう、おねいさん」
「助かってよかった……」
少女はにっこり微笑んだ。
「さようなら、おねいサン」
すると、黒い腕輪から無彩色がじわじわと、身体を侵蝕していく。途端に双眸は赤く染まり、牙を剥き出した。手は巨大な棘に変化し、ヒカリに向かって突き伸ばす。
「っく!」
誰かに押し倒されたヒカリは、とっさに顔を上げた。すると、片膝を地面に着いたウィルが、脇腹を抑えている。その手からは、赤い液体が零れ落ちる。
「ウィル様!」
「僕のことはいい! 早く、あの魔獣を……」
顔を歪めるウィルに、ヒカリはどうすればいいかわからなかった。だが、考えている余裕はない。ヒカリは、髪を翼に変えて宙に浮かぶ、幼女の形をした魔獣を見上げた。棘からは、ウィルの血が滴っている。
『あなた、兄上を守れるの?』
『謝って兄上を守れるなら、いくらでも謝ればいいよ』
レインの言葉が蘇る。ヒカリは、ウィルを守るどころか、守られてしまった。いや、今はそれどころではない。早く倒し、ウィルを治療しなければならない。
(悪かった、俺のせいで……)
ヒカリも謝りたい気持ちで一杯だ。だが、レインの言う通り、そんなことしたって何も守れない。
「……手伝って、エクスレイド。あいつを倒してウィル様を助けたいから」
(ああ。全力で手を貸す!)
ヒカリは、エクスレイドを構えた。
(まずは、あいつを地面に引き摺り下ろす。お前なら、どうする?)
ヒカリは、ウィルを見やると、気絶していることを確認する。その傍には、先ほど倒れていた生物が寄り添っていた。その他、人間の姿は見当たらない。
「落とす!」
甲高い声を上げながら、魔獣は棘を突き伸ばした。ヒカリは崩れた人家の壁に隠れてやり過ごすと、背後にあったテーブルを両手で持ち上げる。
「ぐおおおお!」
魔獣の頭に向かってテーブルを投げると、軽く避けられた。
(おい、ただ投げるだけじゃあいつは落とせねえぞ!)
ヒカリは、元いた世界で遊んだゲームを思い出す。それは、様々なアイテムを使って相手を誘導し、追い詰めて倒すという内容だ。ヒカリは、棚・ソファー・煉瓦……あるものを次々と、魔獣の頭上を目掛けて投げる。しかし、魔獣は軽々と下へ避けた。
(次で最後!)
片手にエクスレイドを持ち、右手で漬物石を投げた。同時に、ヒカリは魔獣に向かって走り出す。魔獣が漬物石を避けると、足が地面に着いたことに気付く。避けるのに夢中になっていたことを知らず、すぐに飛び上がろうとしたが、ヒカリは目の前に迫っていた。
(縦に真っ二つに斬れ!)
「わかった!」
エクスレイドを上に掲げ、力の限り振り下ろした。すると魔獣は裂かれ、呻き声を上げながら煙と化していく。エクスレイドは、地面にのめり込んでいた。
(……相変わらずのパワーだな)
ヒカリは、エクスレイドを持ってウィルのもとに向かう。
「みゅーっ!」
その生物は、ウィルが脇腹を押さえる手を上から押し、止血に協力していた。ヒカリは、エクスレイドを向けて、治癒魔法を唱える。すると、傷は塞がっていく。
「ウィル様、起きてください!」
ヒカリが屈み、ウィルが目覚めることを願う。そのとき、こちらに駆けつける音が聞こえた。
「殿下!」
心配な表情をしたクロウは、ウィルの背中に腕を入れ、上半身を抱き起こす。服に染み着いた大量の血に気付き、クロウはヒカリを睨んだ。
「なぜこうなった。説明しろ」
「……大丈夫だよ、クロウ。ヒカリが、助けてくれたんだ」
「すみません、ウィル様! 私を庇ったからこんなことに……」
クロウが怒ろうと眉根を寄せたが、ウィルが手を上げて制した。
「不甲斐なくてごめんね。そういえば、あの魔獣は?」
「討ちました。ですが、魔獣を浄化できなければ、一時的な解決にしかなりません」
「そうだね。でも、駆けつけたから、ヒカリが居てくれたから、この子は助けられた。僕は、此処に来られてよかったと思うよ」
ウィルは、その生物を優しく撫でる。すると、小さい瞳はヒカリを見つめた。
「あ……あと……? みゅ!」
(ありがと、だってよ)
エクスレイドが翻訳すると、その生物はこくりと頷いた。また、クロウも生存者三人を見つけ、避難させたことを報告する。そして、ヒカリが魔獣と戦った形跡を見渡した。すると、不自然なものが外に転がっていることに気付く。
「棚、ソファー、テーブル。……お前の仕業か?」
「ち、違います! 魔獣の仕業です!」
「……そうか」
内心ひやりとしたヒカリは、ほっと胸を撫で下ろした。
「確か、町の外れで井戸水が汲めるはず。此処を鎮火したら、城に帰ろう」
「承知いたしました」
(エクスレイド、魔力を使って雨を降らせるとかできるかな)
(そりゃあできねえな)
(そっか……)
二人を楽にさせてあげたい。雨を降らせれば労力を使わせずに済む、と考えたヒカリは肩を落としながら、二人の後をついていく。
(幼女の魔獣化……まさか、な)




