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第五話 ゴリラ女子、落ち込む

「僕の父上は、帝王だ。くれぐれも、失礼のないようにね」

「はい」


 手に汗を握りながら、謁見の間の前に立つ。しかし、扉の向こう側から、高らかな笑い声が聞こえた。もしかしたら、ウィルと同じでとっつきやすい人柄なのかもしれない。そう期待して、中に通される。石柱に中央の道には赤い絨毯が、その脇には石柱がいくつも並んでいる。そして、玉座で足を組み、三人を静かに見据える帝王がいた。ヒカリは、目を疑う。


(あの人、笑ってたよね?)

(どうだろうな。ま、どう見ても悪人面をしているが)


 ヒカリは帝王を凝視し、ウィルとそっくりな部分を探した。しかし、天使のようなウィルと、悪魔のような帝王では、外見や雰囲気も似ていない。がたいがよく、口周りに髭を生やし、右目の下に斬られたような傷痕がある。いかにも帝王という威厳がある男は、ヒカリを観覧する。その視線は冷たく、ヒカリの背筋を凍らせた。


「父上、こちらはヒカリと申します。僕の武官に――」

「好きにするがよい」


 帝王は、別の話を持ち出した。


「それより、進捗はどうなっておる? アウディは着々と成果を出しているが」

「申し訳ございません、父上。進展がありましたら、報告書をまとめて提出いたします」


 二人のやりとりに、ヒカリは思ったことを呟いた。


(何か研究しているのかな)

(かもしれねぇな。ま、俺たちには関係……ヒカリ、後ろ!)


 ヒカリが振り返ると、炎を纏った矢が一直線に向かって来る。避けようと体を動かす前に、クロウが木刀を抜き、光速のごとく叩き斬った。床に落とされた矢の炎は、消え失せている。


「はっはっは! よく気付いたじゃねぇか、お嬢ちゃん」


 エクスレイドが言わなかったら、気付かなかっただろう。そして、クロウがいなかったら死んでいたかもしれない。そう思うと、急に鼓動が早まる。それを抑える為、静かに深呼吸をした。


「ゼノン、なぜこのようなことを?」


 ウィルが問うと、柱の陰から弓を持った男が現れた。茶髪に白髪が混じり、左目に眼帯をつけている男は、ゼノンと呼ばれているらしい。帝王ほどではないが、体つきはいいほうだ。


「ちょっくら試してみたのさ。ウィル様が武官にしたがる娘が、どれほどの力を持っているのかってね」


 ゼノンは子供のような笑みを浮かべると、弓を背負い、帝王の隣に立った。


「まあよい、主は第一王子だ。その地位に見合う結果を、期待するぞ」

「はい、父上」


 三人が礼をすると、踵を返した。謁見の間を抜ける途中、エクスレイドはヒカリに話しかける。


(ゼノンって男に気を付けろよ、ゴリラ女子)

(言われなくてもそうするよ。まあ、気を付ける前にやられそうだけどね)

(ああ。気配を消したまま射られたが、あいつはそうしなかった。試すなら、射る直前でわざと気配を出さねぇからな)


 謁見の間を出ると、緊張感はだいぶ和らいだ。そしてヒカリは、この後に待ち受ける稽古に消極的な気持ちを抱いている。

 大階段を降りきったところで、ウィルは立ち止まった。そして、ヒカリの方を向く。


「今日から稽古だったね。クロウは最強の剣士だから、いろいろと教えてもらうんだよ」

「はい!」


 ウィルの言葉に、ヒカリはやる気を見せた。使命を果たす為、力を無くすためにも、頑張るしかない。それに、一生懸命努めれば、ウィルからご褒美を貰えるかもしれない。そんな甘い期待を抱いたヒカリは、腹を括った。


「殿下、庭園にいます。必要な時はお呼びを」

「ありがとう。じゃあ、また」


 ウィルは背を向けると、城門の方へ向かって行く。


「あの、クロウ様」

「師匠でいい」


 師匠と呼べ、と言う人間は初めて見た。思わず笑いそうになるのを堪え、ヒカリは問う。


「し、師匠、アウディとはどんな人ですか?」

「この国の第三王子だ。様を付けろ」

「す、すみません」


 つまり、帝王の話によると、第三王子も何かを行っているということだ。そして、ウィルが第一王子、アウディが第三王子なら、第二王子もいるのだろう。

 庭園に着くと、クロウは奥へと進んだ。そこは、周囲が背丈の高い茂みに覆われている。なるべく人目のつかないところで稽古をするのだろうか。


「剣を取れ。構えろ」


 ヒカリは、代用の剣を取り出し、乙女ゲームに登場していた武士の構えを真似る。真正面に構えて剣を持つと、クロウは頭を振った。ヒカリの横に来て、剣の握り方や、肩を掴んで体の位置を直す。


「相手に体を見せるな。剣で体を隠せ。隙を無くすためにな」


 意外にも丁寧に教えてくれるクロウに、ヒカリは安心しながら指示に従う。構えを習得すると、スキルアップしたような快感を覚えた。


(おい、そんなんで満足するなよ、ゴリラ女子)

(し、してないから!)


 そのとき、遠くから女性の声が聞こえる。その方を向くと、赤髪ツインテールの女性が、此方に向かって手を振っている。女性の前には、優しげな雰囲気を持った青年がいた。彼もまた、王族らしき服装を身に纏い、赤いマフラーを首に巻いている。ウィルの服と同じように見えるが、青年のほうが少し厚そうだ。


「おーい……え、その子誰よ?」


 ヒカリよりも身長が高い女性は、ヒカリの頭から爪先までを眺める。口調からして、気が強そうだ。


「ヒカリ。殿下の武官だ」

「へぇ、そ……ええええ!?」


 ヒカリの肩をがっしり掴んだ女性は、怪訝そうに見つめる。


「ちょっと、手合わせしなさい」

「え、遠慮します……」

「行くわよ!」


 女性の本気の眼差しに、ヒカリは戦々恐々とする。


「い、嫌じゃああああ!」


 女性はレイピアを抜き出し、ヒカリに向かって突く。叫びながらも、それを何とか、左右に体を動かして避けた。そのとき、クロウが女性の腕を掴み、容赦なく背負い投げをした。というよりも、勢いを利用して床に叩きつけたように見える。


「がはっ……」

「やめておけ。こいつは新米だ」


 背中を抑えながら立ち上がると、女性は、痛くないという表情を繕いながら話した。


「へぇ、新米のヒカリね。私はユリエラ。あんたの大先輩よ」

「お前も新米同然だ」

「ちょっと、一緒にしないでよ! ていうか、あんたみたいな化け物クラスから見たらそりゃあ――」

「ユリエラ、喧嘩しちゃ駄目だよ」


 ユリエラがクロウを睨み付けていると、黒髪の青年は声を掛けた。呆れたような笑みを見せると、ユリエラは謝罪し、彼の後ろに下がった。クロウが頭を下げると、青年も頭を軽く下げた。


「第二王子のレイン様だ。ご挨拶を」

「は、初めましてレイン様。私はヒカリと申します。ウィル様の武官として精一杯――」

「あなた、兄上を守れるの?」


 レインは、ヒカリを睨んだ。兄上とは、第一王子であるウィルのことだろう。


「ユリエラとの戦いを見たところ、兄上を守れるとは思えなかった」


 確かに、ヒカリは逃げていただけで、立ち向かおうとはしなかった。しかし、剣を扱ったことがないヒカリには、対応の仕方がわからない。反論したい気持ちがあったが、今は武官である。どんな成り行きにせよ、武官の務めを果たさなければならない。


「す、すみません……」

「謝って兄上を守れるなら、いくらでも謝ればいいよ」

(こいつ、言い過ぎだろ。まだ剣を手にしてから二日も経ってねぇのに)


 エクスレイドは慰めてくれたのだろう。しかし、その慰めで気が楽になることはなかった。緊張感漂う雰囲気を、ユリエラが変えようと進言する。


「レイン様、本来の目的を」

「うん、そうだね。クロウ、兄上はどこに?」

「執務室にいらっしゃいます」

「そう……」


 レインは俯き、踵を返した。ユリエラもその後に続き、その場を去っていく。レインに言われたことを気にするヒカリは、視線を床に落としていた。


「稽古の続きを始める。剣を取れ」


 ヒカリは気持ちを整頓できないまま、クロウと共に稽古を再開した。

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