第四話 ゴリラ女子、入城する
城門から少し離れた場所で、一行は留まる。クロウに鞘を渡されたヒカリは、エクスレイドをそこに収めた。そして、腰に携えると、剣と身体を繋ぐベルトを締め直す。
「これなら問題なさそうだね」
ウィルが微笑むと、ヒカリは頷いた。エクスレイドが放つ青い光は漏れておらず、外見はただの片手剣である。
「クロウ。城に入ったら、ヒカリを空き部屋へ案内してほしい。服装や代わりの剣、食事も用意してあげて」
「承知いたしました」
「ヒカリ。申し訳ないけど、父上に会うまでは部屋に居てほしい。あと、この国ではその剣を抜いてはいけないよ」
「う……わかりました」
タメ口を使いそうになり、慌てて敬語に直す。ちらりとクロウを見やると、無表情のままこちらを凝視していた。もしあのまま話していたら、背負っているあの大剣によって、頭を割られていたかもしれない。
「頼んだよ、クロウ」
「お任せください、殿下」
ウィルは二人に背を向けると、神殿の方へ戻っていく。
「わ、忘れ物でしょうか?」
「お前には関係ない」
ヒカリの問いを一掃すると、クロウは城門方面に向かって歩き始めた。
(感じ悪くなければモテるだろうに)
心の中で毒づくと、エクスレイドがくすりと笑う。
(ゴリラ女子も、ぽてっとした体型を引き締めれば……)
ヒカリは、エクスレイドを思い切り睨み付けるため、顔を斜め下に向ける。
(そんな目で見るな、顎の肉がはみ出てるからな)
(うっさいわ!)
食べることが好きなヒカリは、ぽっちゃり体型である。しかし、お菓子を食べながらゲームを遊び、運動していない生活の割には、太っていない方だ。少し、お腹周りの脂肪が気になるくらいである。
エクスレイドのせいで、健康診断によって内臓脂肪が高いと診断されたことを思い出してしまった。ヒカリは、ウィルに好かれるためにも、本気でダイエットしようと決意する。
「お帰りなさいませ、クロウ様」
「ああ」
二人の兵士が、城門の前に立っていた。革製の黒い鎧を纏い、手には槍を持ち、クロウに向かって敬礼する。
「クロウ様、その女性は?」
「軍隊加入希望者だ。通してくれ」
「はっ、申し訳ございませんでした」
鉄製の門扉が開かれ、クロウは颯爽と歩く。ヒカリは二人に頭を下げながら、彼の後を追った。見上げると、東京タワー並の高さがある城の迫力に、息を漏らす。
城の中は、華やかで美しい。金色の刺繍が縫われた、赤い絨毯が敷き詰められている。金色のシャンデリアが城内を照らし、獣らしき剥製が飾られていたり、頭から爪先まで鎧に身を固めた兵士の像が立っていたりする。そして、クロウを視認したメイドや兵士は皆、挨拶をした。そして、後ろをついていくヒカリに、皆が疑問の表情を浮かべる。
(穴があったら入りたい……)
注目を浴びる中、ヒカリは灰色のスウェットで城内を歩く。おそらく、この国ではヒカリの格好が珍しく、初めて見るものなのだろう。しかし、そうでなくとも場違いであることを感じているヒカリは、恥ずかしい思いでいっぱいだった。
「ここがお前の部屋だ」
気付けば、立派な木製の扉の前に着いていた。周囲に人の気配がないことを確認したクロウは、押し開けて中に入る。ヒカリも恐々入ると、その光景に目を疑った。赤を基調とした天蓋付きのベッドに、クラシックな高級ソファー。壁には微笑んでいる女性の絵画が掛けられ、テーブルの上には空の花瓶が置かれている。無駄に大きな化粧台に、バルコニーまでついている。勿論、この部屋の照明もシャンデリアだ。お姫様が暮らすような部屋に、ヒカリは浮足立つ。
「この部屋から出るな」
「は、はい!」
「明日から稽古だ。その前に腹筋百回しろ」
「は……はいいい!?」
現実に引き戻されたヒカリは、目を大きく見開いた。クロウが木刀に手を添えるので、慌てて訂正する。
「わ、わかりました!」
「ならいい」
クロウは外の様子を窺ってから、部屋を出て行った。ヒカリは、ベルトを外してエクスレイドをソファーに置くと、その隣に座り込んだ。
「戦う前に、クロウの稽古で死ぬ気がする……」
(はは、けど確実に強くなれそうだな。ま、それよりも、だ)
エクスレイドは、改まってヒカリに告げる。
(恋に現を抜かすなよ。適格者には、使命を優先してもらわねぇと困るからな)
「わ、わかってるよ」
(ならいいんだ。それに、この国はどうも胡散臭えしな)
ヒカリは、エクスレイドを見やる。
「どこが?」
(あの神殿、結界が張られているから王族以外は入れねぇ。つまり、魔獣も入れねぇはずだ)
「……でも、天井にいたよね。昔から棲みついていたとか?」
(それはねぇな。数百年前、俺があそこに来たときに、魔獣がいなかったことは確かめてある)
ヒカリは、エクスレイドに頼まれていた質問を思い出した。しかし、すっかり忘れていた。
「ごめん、さっきのやつ訊くの忘れてた!」
(いや、もういいさ。しばらく様子を見よう。じゃあ、腹筋の回数を数えてやるから、さっさと終わらせようぜ)
「……」
翌日、ヒカリは筋肉痛に襲われた。起き上るのがとてもつらい。痛みを堪えながら、昨晩にクロウが用意してくれた服に着替え、化粧台の前に立った。
「や、やばい……」
肩を出し、胸元を出した、ミニスカートのワンピース。黒を基調としており、とても動きやすく、女性らしさを感じられる可愛らしいデザインだ。ヒカリは、ニーハイソックスの上に、膝下丈の黒いブーツを履く。
(おい、暗くて何も見えねぇから、早く出せ!)
ヒカリは、着替え中を見られないようにと、エクスレイドに布団を巻きつけていた。このまま布団を剥ぎ取れば、エクスレイドに見られる。そして、胸がないだの、足に余分な肉がついているだの、馬鹿にされるに違いない。ベッドの上に置いてあった黒のコートを羽織ってから、エクスレイドを解放した。
(なんだ、よかったじゃねぇか。そのコートで体型をカバ――)
「へし折ってもいい?」
ヒカリは、両膝をエクスレイドに乗せて体重をかけると、柄に手を添えた。
(いや、嘘だ! 俺が悪かった!)
扉がノックされた後、ウィルの声が聞こえる。
「迎えに来たよ」
「は、はい!」
嬉しそうなヒカリに、エクスレイドはため息を吐いた。ヒカリは、エクスレイドと、代用の剣を腰に携えて扉を開ける。すると、ウィルは口角を上げた。
「よかった、似合ってるね」
「ありがとうございます!」
ヒカリがにんまり笑うので、クロウは目を細める。
「馴れ馴れしくするな」
「す、すみません」
「クロウが固すぎるんだよ。彼女を見習って、もう少し馴れ馴れしくしても――」
「で、殿下……」
困惑するクロウに、ウィルが笑った。ヒカリは、ウィルの優しさに胸をときめかせる。王族であるにも関わらず、それを鼻にかけたりしない性格に、ますます惹かれる。
「ふふ、冗談だよ。行こうか」
三人は、ウィルの父親が待つ謁見の間へと向かった。




