第二話 ゴリラ女子、対峙する
(おぇっ……)
剣のエクスレイドは、なにかを堪えるように声を出す。しかし、ヒカリは気にも留めず柄を握る。すると、刀身が蒼く、淡く発光を始めた。注視すると、文字らしき記号が刻まれているが、ヒカリには読めない。
彼女にしか扱えないという剣は、持ち上げると思ったよりも軽かった。幕末系の乙女ゲームで見たような、武士の構えを真似てみる。
「なんか、戦えそうな気がする」
(そ、そりゃ頼もしいな……うぅ……)
今にも吐きそうな声が、慣れるしかねぇ、と呟く。ヒカリが不快感を示すと、エクスレイドは愚痴を止めた。
(おい、嫌な気配がしねぇか?)
「それって、あの男?」
(違っ……ゴリラ女、上!)
天井を見上げると、隅で黒い何かが蠢いている。そして、水が滴るように地面に落ちると、狼の形を成した。
「黒い……狼?」
(いや、こいつは魔獣だ!)
狼の赤い双眸は、じっとヒカリを見据えている。剣を扱ったことがないヒカリは、構えたまま睨み付けた。威嚇で追い払えないかと考えていたが、それは甘い。狼は駆け出し、飛びかかって来る。ヒカリはエクスレイドを真横に引き、野球のバットに見立てた。
「うおおおおおおおお!」
ヒカリは、気合を入れるために声を張り上げる。狼をギリギリまで引き寄せたタイミングで、エクスレイドを大きく振りかぶった。すると、狼を斬った感触が伝わり、手ごたえを感じた。
「や、やった!」
「まだだよ」
その声に、ヒカリの背筋が凍る。ゆっくり振り返ると、背後に立っていた。そして、とっさにエクスレイドを持ち上げ、男の前に突き出す。
「それは、宣戦布告なのかな?」
「ち、違う! 私、適格者だから!」
全力で否定したヒカリは、エクスレイドに貰った助言を実行した。男は、ふと微笑む。
「分かっているよ。でも、剣の腕は兵士にも及ばないようだね」
(見たことがねぇ構えだと思ったが、やっぱり剣士じゃねぇのか!)
「そんなわけないでしょ!」
少し怒りながらも、ヒカリはエクスレイドにツッコミを入れた。ヒカリがいた世界では、剣士という職業はない。ましてや、剣道さえやったこともないのだ。
男はエクスレイドの声が聞こえないので、噛み合わない会話に首を傾げる。そこでヒカリは、エクスレイドと会話できるのは自分だけだと、再認識した。
「まあ、いいか。後は、僕に任せて」
男はヒカリの前に出ると、よろめく魔獣に近寄る。そして、剣を抜いたと同時に薙ぎ払うと、魔獣は黒い霧に変わって消失する。その鮮やかな剣裁きに、ヒカリは驚いた。
「まさか、あなたも適格者なの?」
しかし、どう見てもただの剣にしか見えない。あれが、マリアージュなのだろうか。
「ふふ、僕だったらよかったのにね」
(本当だ、まったく。女で剣も握ったことがねぇ奴が適格者なんて、聞いて厭きれる)
エクスレイドの悪口に、心の中で反論した。
(エクスレイド、へし折られたいんだ。本気で力を出せば、いつでも――)
(や、やめろ! お前ならマジでやりかねねぇ!)
慌てたエクスレイドが謝罪すると、ヒカリは男を見上げた。自分を殺そうとした男だとわかっていても、やはり美しく、見惚れてしまう。
「君は、どうやって神殿に侵入したの?」
「そ、それは……」
ヒカリが事情を話すと、男は観察するように見入る。距離が縮まり、ヒカリの心臓が早鐘を打つ。
「……分かった。僕についてきて」
男は踵を返し、来た道を戻っていく。ヒカリも言われるがまま、その後を追う。
(おい、ゴリラ女)
(その言い方、やめてほしいんだけど。せめて『ゴリラ女子』にして)
(女も女子も変わらねぇだろ)
(女子のほうが、まだ可愛げがあるでしょ)
(そういうもんなのか? ……じゃなくて、知りたいことがある)
ヒカリは、男の後ろ姿を見つめる。
(あそこに魔獣がいた理由を訊いてくれねぇか)
「僕の名前はウィル。君の名は?」
「ひ、ヒカリ」
ウィルが話し出したので、エクスレイドの質問を投げる良い機会だ。しかし、その隙もなく、ウィルは続けた。
「そうか。行く宛がないなら、しばらくはこの国で過ごすといい。僕が用意してあげるよ」
「ありがとう!」
もしかしたら、美男と一つ屋根の下で同棲……なんてことを考えているヒカリは、にやりと笑んだ。
「あと、その剣は偽装して隠さなくちゃね」
「偽装するの?」
(おいおい、隠す必要なんかねぇだろ。お前らが待ちに待った、魔獣を浄化してくれる適格者様だろうが)
エクスレイドの口振りからすると、適格者は魔獣を浄化できるので、人にとって良い影響をもたらす。つまり、歓迎されるはずなのだ。
「この剣を狙う輩がいるんだ。だから、君が抜いたってことは、悟られちゃいけない」
(わからねぇな。狙ったってゴリラお……ゴリラ女子以外の奴は使えねぇのに)
しかし、この国に関することはエクスレイドよりも、ウィルのほうが詳しそうだ。それに加えて、ウィルは端正かつ育ちもよさげな美男なので、下手に機嫌を損ねたくない。
「わ、わかった」
(わかるなよ!)
ヒカリは、ウィルに惚れた。今もまだ、鼓動が鳴り止まない。数年ぶりに、恋に落ちたヒカリは、今度こそ成就させたいと思った。だから、意地を張るのはもうやめる。過去の経験で、力持ちな自分を好きになってくれる人はいないと、痛感したからだ。また、魔獣を浄化すれば、力が無くしてもらえることができる。それなら、自分に嘘を吐いたことにはならないだろう。
ヒカリは決意する。この恋を実らせるためにも、力持ちであることを隠す、と。




