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第二十五話 叛逆の決意

 地下牢を抜けて、自室へと戻った。そこで、シュウの言葉を心の中で反芻する。ウィルへの想いと、親を殺したウィルを憎む気持ちが入り混じる。帝国を救いたい気持ちもあるが、マサハルたちの考えも理解できる。自分がどうしたいのかが、揺らいでしまった。


(ヒカリ……)


 マリアージュが心配する。帝国が滅ぶにしろ、救うにしろ、遺物を破壊し魔獣をすべて浄化するという使命は果たされる。けれど、恋心を熟知しているマリアージュは、彼女に添うようにして話した。


(つらいですね。こんなことになるなんて……)

(ったく、考えりゃ解決するもんかよ)

(黙っててください、ライアン)


 昔から人の気持ちがわからないんですから、と呆れるマリアージュは、ヒカリに問う。


(では、ウィルを殺しに行きましょうか?)

(そ、それは……)

(躊躇うということは、できないということです。憎いという気持ちより、愛する想いが勝っている……私はそう思います)


 アドバイスを貰っても、まだ悩んでいる自分がいる。今さっき知った事実に対して、すぐに気持ちを割り切れるような性格ではない。


「……いいかしら?」


 ナツキの声だ。入室を許すと、彼女は切なげな表情を浮かべて駆け寄った。


「こんなことになって、ごめんなさいね」


 ヒカリを引き寄せ、優しく抱きしめる。帝国の二人が来訪したことへの怒りは、今は鎮まっているようだ。


「何かあった?」


 頭が混乱しているから、すぐに理解できなかった。ナツキは、ヒカリの後頭部を撫でながら話す。


「マリアージュ、抜けたのでしょう? だから、貴女は戦に出ることになるわ」

「ああ、そんなこと……」


 マサハルがどう言おうと、戦わなければならない。使命を果たすため、ウィルの願いを叶えるためにも。……いや、親を殺した人間の願いなど、叶えたいのだろうか。


「……ヒカリ?」


 上半身を離し、右手をヒカリの頬に添える。


「大丈夫だよ、ありがとう」

「……そうは見えないわ」


 ヒカリの瞳を覗き込む。


「私に話して頂戴」


 ナツキは、帝国を嫌っている。エクスレイドと師匠の剣を見たときの、あの目が忘れられない。だからこそ、本音を話せるわけがない。


「私は、貴女の姉よ? 貴女に必要とされないくらいなら、私……」

「わ、わかった、わかったから」


 死ぬと言えば、本気で死にかねない。それほどまでに妹を溺愛していることを、嫌と言うほど実感している。ここは折れるしかなさそうだ。下手に嘘もつけないので、正直に話すことを決意する。もしかしたら、理解してくれるかもしれない。そんな望みを懸けて。


 まず、帝国に攫われていないこと。そして、帝国ではお世話になったこと。だから、帝国を救いたいこと。けれど、親を殺されたと知って揺らいでいること。でも、親を殺した犯人・ウィルを愛しているということを。すると、ナツキは洗脳を疑った。それを否定し、ヒカリは答えを求める。


「姉様は、どうすればいいと思う……?」

「止めて頂戴」


 ヒカリの肩を掴む手が、震える。


「貴方の話したことが事実だとしても……帝国を救うなんて言っては駄目。私たちの親を、この国の王と妃を殺したのよ? 私たちが大切にすべき国民も、手に掛けたのよ?」

「わかってる、わかってるけど……」

「それに、男なんていくらでもいるわ。だから、奴を……ウィルを愛さないで」


 涙ながらナツキは、ヒカリを説得する。脳裏に、幼いヒカリを尾行する場面を浮かべながら。その時に現れた、ヒカリと親し気な、忌まわしき少年のことも。






 坑道の視察に行くために、ヒカリを呼び出したマサハル。二人は、マサハルの愛馬ソラに乗り、初めて出会った場所へと向かった。そこは、赤い宝花がいっぱいに咲き、木漏れ日が注ぐ森の中。ヒカリは、胸元に隠したアメノのお腹が鳴らないよう、隙を見て煎餅を渡した。


 マサハルは屈んで、一本の宝花を取った。


「坑道の視察は?」


 なぜ、此処で立ち止まっているのか。疑問をぶつけると、マサハルは緊張した面持ちでヒカリに向き合う。


「昨日済ませた」

「じゃあ、どうしてまた?」


 マサハルが、戸惑うヒカリの前に立つ。


「ヒカリに、伝えたいことがある」


 花の絨毯に、片膝を着いた。そして、宝花を差し出す。その行為を服越しに見ていた、アメノの動きが止まった。


「俺の妃になってほしい」


 聞き間違いだろうか。マサハルとヒカリは、兄妹だ。そんなことが許されるのだろうか。どちらにせよ、ヒカリは断ろうと考えた。ヒカリが真っ先に思い浮かんだのは、ウィルだ。ここで、改めて思い知る。誰に反対されようと、ウィルが好きなのだ。


 そして、視察に行ったときの民の話が脳裏を過る。三十を迎えてもなお、妃を迎え入れないという話を。まさか、ヒカリを待っていたというのだろうか。


「兄妹だから、ダメだよ」

「……違うんだ」


 マサハルは、懐から古びた革の日記を取り出す。それは、母親の物らしい。


「俺たちは、異父兄妹だ」

「えっ……」


 どういうことだろうか。マサハルによると、兄妹の中でもヒカリだけ父親が異なるらしい。そんなこと、あるのだろうか。事実なら、どうしてそうなったのか。その答えが書かれた日記を、マサハルから貰う。


「そこに、ヒカリの父親についても書かれている」


 どうやら、父親は帝国から王国に来たらしい。そこで、王家に縛られることを苦痛に感じた王妃と恋に落ちた結果、生まれたのがヒカリだった。しかし、父親の行動が帝王に知られてしまい、王国に行くことを禁じられたそうだ。


「……誰か、知ってるの?」

「ゼノンという者らしい」


 ヒカリは、眉を顰めた。その名前に覚えがある。彼は帝王ガイストの側近であり、私の命を狙うかと思えば、助言をくれることもあった。そして最後は、結婚式で死にかけたヒカリを庇い、亡くなったのだ。


「嘘……」


 驚きながらも、涙を浮かべる。ゼノンはきっと、知っていた。ヒカリが自分の娘であることを。だが、ヒカリは知らなくて、警戒したり、怒りをぶつけたり、彼の言葉を信用しなかったりした。あの行動はすべて、自分を想っての行動だったのだろう。だが、それを知らなかったヒカリは、彼を深く傷つけたに違いない。今更ながら、後悔する。


「……知っていたのか?」


 マサハルは、ヒカリの涙を拭った。けれど、止めどなく流れる。


(だから、私たちの適格者に……)

(……どういうこと?)

(ガウェインは、術式を施したのです。再び大聖剣が必要な時は、両国が協力するように、と。エクスレイドには王国の血を引いた者、私には帝国の血を引いた者だけが引き抜けるようにしたと聞きました)


 力持ち説は嘘だった。罰が悪そうに黙るエクスレイドだが、今は咎める気になれない。ヒカリは、両国の血を引いていた。だから、二つの剣を抜けたのだ。


「……ヒカリ」


 赤子を宥めるように、背中を優しく擦る。泣いている場合じゃないと、ヒカリは深呼吸した。徐々に呼吸を整えてから、マサハルに謝る。


「ごめん、兄様……」


 落ち着きを取り戻したヒカリに、マサハルは安堵する。そして、話題を変えた。


「この赤い宝花、ヒカリが好きだった花だ。覚えているか?」

「ううん、覚えて――」


 前の世界で、義理の母親から貰った本を思い出す。中には、赤い宝花が挟まれていたことを。同時に、少年の笑顔が浮かんだ。いったい、誰だろうか。記憶の中の赤く濡れた少年は、好きだよ、と話している。それは、誰かの返り血だろうか。


「覚えてない……」

「そうか」


 マサハルは握っていた赤い宝花を、そっと地面に置いた。それを確かめて、一息ついたのはアメノだった。なぜ、胸を撫で下ろしたのだろうか考える。すると、シュウが教えてくれた使命「宝花を通して、人と人の想いを繋ぐ」を思い出した。


(……よかったみゅ)


 マサハルが宝花を渡したら、アメノは持ち主の想いをヒカリに繋げなければならない。つまり、両想いにさせるということだ。それが、宝花の妖精の役目なのだ。


「……ごめん」


 俯いたヒカリは、遠慮がちに話す。


「私、妃にはなれない」

「……異父兄妹だからか? それとも、好きな奴がいるのか?」


 最後の言葉に、頷いた。ウィルを思い浮かべながら。


「帝国にいるのか?」

「…………」


 気持ちに嘘をつきたくなかった。だから、肯定も否定もせずに無言を極める。






「明日、死刑を執行する」


 そう宣言したのは、マサハルだ。謁見の間に関係者を集め、ユリエラとレインの処分を伝える。それに焦ったヒカリは、代替案を出す。レインが亡くなれば、ウィルに会わせる顔がない。また、ユリエラにはお世話になった。大切な人を、失いたくない。


「人質にするという使い道も――」

「却下だ」


 マサハルは、間髪入れずに言い放つ。視察から帰る際のヒカリの無言を、肯定と受け取ったらしい。そして、人質案を提供したヒカリの行為は、想い人が帝国にいると決定づけたのだ。


「帝国は、誰一人残らず滅ぶべきだ」

「兄様」


 マサハルの思想と同じはずのナツキが、重い口を開ける。


「……過去を捨てて、今を大切に生きるという選択肢はないのかしら?」


 周囲の人間が驚く。ナツキ付き武官のエリカも、ヒカリでさえも目を見開いた。あれだけ帝国を憎んでいたナツキに、どんな心変りがあったのか。アキラは目を光らせる。


「急にどうされたのです?」

「帝国を憎む気持ちは痛いほど分かるわ。だからといって同じことをすれば、帝国がやったことと変わらないと思うのよ」


 ヒカリは、ナツキにとって最愛の妹だ。彼女を悲しませる言葉は話したくない。ヒカリのためならと、考え方を改めようとしている。


「……二人を解放しろ、と言いたいのか」


 怒気が込められた言葉に、ナツキは口を噤んだ。王が決めたことに逆らえば、兄妹であれ処刑されるのだ。


「まあいい、各自仕事に戻れ」


 片手で払うと、各々は踵を返して出て行った。アキラは、慌てて駆けだしたヒカリを視界に捉える。


「どうした、アキラ」

「……いえ、何でもありません」


 冷めた微笑を、マサハルに向ける。一礼すると、アキラもまた謁見の間を出て行く。


(危険因子は排除しなければ……)


 ヒカリを思い浮かべながら、口角を上げた。





 ヒカリが向かった先は、二人が捕らわれた地下牢。しかし、門番に遮られる。


「二人に用があるから、通して!」

「申し訳ございません。何人たりとも通してはならぬと、王命を仰せつかっております」

「ど、どうして」


 門番は仁王立ちしながらも、眉間に皺を寄せた。


「レインと言う者に、人間らしからぬ異変が見受けられます。どのような症状かも把握できておらず、感染症の疑いもございますので、人を入れてはならぬと……」


 レインの異変に、思い当たりがある。おそらく、魔獣化のことだろう。症状は知っているが、正直に話せば死刑が早まるかもしれない。そのとき、階段を降りる足音が聞こえた。


「陛下から許可を得た。通して」


 颯爽と現れたのは、シュウだ。


「で、ですが……」

「……俺が嘘をつくと思ってるの?」


 一睨みきかせると、門番は謝罪して二人を通した。


「シュウ、ありがとう……」

「嘘ついただけだから」


 シュウは、ヒカリを先行させた。そして、二人が捕らわれた牢屋に近づくと、今にも泣きそうな女性の声が聞こえた。ひたすら、レインの名前を呼んでいる。


「あっ……」


 シュウが目の当たりにしたのは、全身が黒く染まったレイン。前に会ったとき、顔は肌色だったが、もうどこにも残っていない。ヒカリは躊躇わずに牢屋の扉を開ける。そのあとに、シュウが続いた。


「ヒカリ!」

「……来たか」


 かろうじて、意識はある。それに安堵するも、時間がないことは分かる。レインは苦痛に顔を浮かべながら、思いを伝えようと口を開いた。


「兄上は、多くの人を殺めた。……でも、救ってほしいんだ」

「レイン様も一緒でなくちゃ、ウィル様が悲しみます!」


 レインは、頭を振った。


「もう、時間がない……分かるよね」


 レインは、ヒカリが背負っている大剣ナイアレイを見つめる。病を放置したら、魔獣となって人間を襲うことになる。それは、レインの本望ではない。だからといって、治療薬も進行を止める薬もない今、彼の願いを方法は一つしかないのだ。


「レイン様……」


 隣で涙ぐむユリエラに、レインは精一杯微笑みかける。


「今までありがとう、ユリエラ」


 ヒカリは、動けなかった。ウィルの大切な弟で、ユリエラが愛する主のレインを、殺せるわけがない。そのとき、シュウは折り畳まれた槍を組み立て始めた。


「シュウ、何して――」

「俺がやる」


 状況を察したシュウは、槍の切っ先をレインに向ける。


「やめて、シュウ……」

「救いようがないなら、やるしかない。王子様もそれを望んでるようだし、帝国には親を殺された恨みもあるし」


 淡々と話すシュウだが、心苦しく感じている。これも、姉の手を汚させないため。もしヒカリが殺してしまえば、自責の念に駆られ続けるだろう。かつ、姉と親しいユリエラの間柄にヒビが入るかもしれない。それを危惧した結果、帝国を恨んでいる腹いせを装い、今に至る。


「レイン様……!」


 ユリエラは、涙を流すことしかできない。そして、打開策がない今、こうするしかないことを熟知している。帝国を出た時点でこうなることを、覚悟していた。それはレインも同じだ。けれど、胸が痛い。痛くて痛くて堪らない。愛する人を、失いたくない。


「ユリエラ、兄上を頼んだよ。……すまない、シュウ様」


 レインは、目を閉じた。


「ヒカリ姉様、ユリエラさんを」


 シュウは、息を整える。切っ先は、レインの心臓を捉えていた。ヒカリは覚悟を決めたのか、ユリエラを抱きしめつつ、濡れた瞳を手で覆い隠した。


「必ず、ウィル様を救います」

「……ありがとう、ヒカリ」


 それは、一瞬で終わった。黒い血飛沫が散り、血液はどくどくと流れ落ちる。シュウは槍を壁に立てかけ、すぐに錠を外した。レインの遺体を横たわらせ、錆びた寝台からシーツを抜き取り、傷を隠すように掛けた。


「終わった……」


 ヒカリは、ユリエラから離れた。シュウは彼女の錠も外して、レインの傍に行けるよう配慮する。が、異変に気付く。


「……ヒカリ姉様!」


 シュウは、ユリエラの行動から気付いた。舌を嚙み、自殺を図ろうとしていることを。それを知ったヒカリは、彼女のもとへ駆け寄る。やることは一つ、彼女の口を無理やり開くことだ。


 だが、躊躇う。ここで力を使ってしまえば、ヒカリが力持ちだと広められるかもしれない。それがウィルに伝われば、恋愛対象から外される可能性がある。こんな奴、女性として見られない、と。経験上、今まではそうだったのだ。


 けれど、その考えを振り切った。人の生き死にがかかっているのだ。すぐさま前頭部と顎を掴み、力を入れれば、口が「お」の字に開いていく。ユリエラは、涙ながらに叫ぶ。


「あえて、いかい!」

「やめません!」

「あって、あおえなあった……えいんさあをあおえなあった……」

「いいえ、ここまで守ったじゃないですか! それに、レイン様は自殺なんか望んでません!」

「……えいんさあ……」


 力なく倒れ込むユリエラから、ヒカリは手を離した。ユリエラは、レインの体を抱きしめる。嗚咽を漏らしながら。レインが王国に行くと言った時点で、覚悟はしていた。していたはずなのに、それは何の意味もなかった。


「ひ、ヒカリ姉様……」


 いったい、どれほどの力を入れたのか。シュウは眉を寄せながら、帝国祭の出来事を思い起こす。確か、屋台が溝に嵌ったとき。ヒカリと二人で協力して溝から出すことになったのだが、シュウが力を入れる前に解決したのだ。ヒカリ一人の力によって。


「何、シュウ?」

「……なんでもない」






 二人きりにしても問題ない、と判断したシュウとヒカリは、格子から廊下へ出た。壁にもたれかけながら、ユリエラがレインを抱きしめる様子を傍観した。


「……シュウ、ありがとう」

「えっ?」

「私がやるべきだったのに、任せてごめん……」


 涙が溢れそうになるのを、上を向いて堪える。


「私が優柔不断じゃなければ、こうはならなかった」


 ヒカリは、拳を握る。一人では王国に協力を要請できないからと、先延ばしにしていた。その結果、ウィルの親殺しを知って迷い、レインを獄中で死なせてしまった。


「……だから、もう迷わない」


 袖で涙を拭うと、深呼吸した。


「帝国を救う。ウィル様も助ける。そのためにも、兄様に協力させる」

「ヒカリ姉様……」

「止めないで。もう決めたから」


 ヒカリが牢獄を出ようとすると、後ろの腕を引っ張られる。


「止めない」

「シュウ、言ってることとやっていることが――」

「俺も一緒に行く」


 シュウは、ヒカリを見つめた。


「陛下は、俺の意見なんて聞いてくれなかった。帝国を滅ぼすの一点張りで、俺が抱いた疑念なんて気にも留めなかった。だから、諦めてた。どうせ聞いてもらえないって。でも、ヒカリ姉様は違う。死ぬかもしれないのに、それでも自分の意見を通すって決めた。だから俺も、帝国に行って感じたこととか、思ったことをちゃんと言う」


 袖を握る力が、強くなる。経緯がどうであれ、シュウは王族を殺した。これでは、親を殺したウィルと同じだ。その償いとしても、帝国を救いたいという気持ちがある。


「一緒に行って、陛下に協力させる」

「シュウ……」


 そのとき、二人は気付かなかった。柱の陰に隠れて、ある男が聴いていたことを。



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