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第二十四話 殺人犯の正体

「兄様、止めてくれるかしら」

「無理だ」


 マサハルがヒカリの右腕を掴み、ナツキは左腕を強く握っていた。妹を離すまい、と。


「兄様は味方だと思っていたわ。けれど、違うようね」

「離せ、ナツキ」

「いいえ、マリアージュのもとへは行かせないわ」


 ヒカリが謹慎を言い渡された翌日、マサハルから招集をかけられた。そして、ヒカリが聖剣マリアージュの適格者かどうかを、確かめることになったのだ。それに憤怒したナツキは、鋭い睨みを利かせる。それをものともしないマサハルは、仕方がないというように呟いた。


「……これは王命だ」

「また王命……。王命と言えば誰もが従うと思ったら、大間違いよ!」

「ならば、残念だが……処刑するしかあるまい」

「処刑なんて怖くないわ。ヒカリは戦に出させない。あんな恐ろしい場所には、行かせないわ!」

「まったく……シュウはどう思う?」


 ナツキの後方に立ち尽くしていたシュウは、人形のように無言を貫いた。言いたくても言えない、話すことを諦めているような様子だ。


「賛成だそうだ。お前だけだ、うだうだ抜かしているのは」

「ナツキ様」


 ヒカリを掴んだナツキの腕に、大きな掌が触れる。


「これは王命にございます」


 アキラが微笑み、ナツキは睨み返した。だが、ナツキはその手を放した。いや、離さざるを得なかった。ヒカリはナツキから離れ、マサハルに連行される。


「ナツキ様!」


 後方で控えていた、ナツキ付き武官エリカがすぐさま駆けつける。アキラが握った爪痕が、痛々しく赤く染まっていることを確かめ、アキラを凝視する。


「では、失礼いたします。エリカ殿、ナツキ様を医師にお見せください」

「よくも……」


 主のナツキを傷つけたアキラに対して、静かな怒りを燃やしている。が、アキラにぶつけても何にもならない。ここは怒りを抑え、ナツキの治療に専念したほうがいい。そう判断したエリカは、鷹のイザークに、医者を呼ぶよう伝えた。そして、ナツキを自室へと導く。


 心配するエリカの隣で、ナツキは悔し涙を浮かべていた。そんな姿を見つめることしかできないシュウもまた、奥歯を噛みしめている。






「見苦しい姿を見せたな」

「ううん……」


 城の高層部にある中庭の中央にある、二坪ほどの池に着いた。人気はない。その周りを囲う岩の中で、同じ形をした二つの岩を同時に押すと、池の水位が下がっていく。


「アキラは?」

「仕事に戻した。ここから先、王族以外立ち入り禁止だからな」


 どうやら、帝国と同じらしい。エクスレイドが隠されていた神殿も、ウィルは入れたが、武官のクロウは外で待機していたことを思い出す。


「あいつは最愛の人を亡くした。帝国の手にかかってな」


 マサハルが先行し、壁から突出した階段を降りていく。その後を、ヒカリが恐る恐る歩いた。壁や足元は湿っており、水滴が落ちる音が響く。


「他にも多くの民が、近しい者を奪われた。先代の王と妃……両親も、奴らの手にかかった。だから、皆が帝国を憎んでいる。同じ目に遭わせてやりたい、極悪非道な国は滅ぶべき、ともな」

「…………」

「放置すれば、あの時の悲劇が繰り返される。その前に、俺の代で終わらせなくてはならん」


 最下層に着くと、淡い光を放つ聖剣マリアージュが突き刺さっていた。池の底で沈んでいたはずだが、濡れている形跡がない。聖剣の前に立つマサハルは振り返り、ヒカリの前から退いた。


「……お前ならきっと、引き抜けるはずだ」


 申し訳なさそうな表情で、ヒカリを大剣のもとへ誘う。すると、マリアージュから声が聞こえた。


(少しばかり太目な女性が……まさか、この人……)


 知的な女性を思わせる声が、頭に響く。とりあえず、体型を指摘されて抱いた嫌悪感を隅に置き、聖剣マリアージュの柄に手をかけた。


(……すみません、私の声、聞こえますか?)

(聞こえるよ)


 触れても何も起こらないので、マサハルは息を呑む。やはり、ヒカリはマリアージュの適格者だった。その証拠に、上へ引っ張って持ち上げる。


(よかった。この時をずっと、待っていました)


 安心したマリアージュは、何かに驚いた様子で話した。


(その剣、まさか……)

(げっ)

(ライアンですね! ああよかった、何百年もの間ずっと、この日を待っていてよかった!)


 マリアージュは、今にも抱きつきそうな勢いで喜びを語る。だが、ヒカリはライアンという単語が気になった。


(聖剣エクスレイドじゃないの?)

(剣の名前はそうですが、剣に込められた魂はライアンです。私は、サクラと言います)

(……で、お前も魂入れをガウェインに頼んだのか?)

(ええ、貴方の役に立ちたくて)


 ライアンは昔、大聖剣の適格者として戦った。魔獣を浄化したまではいいが、遺物を何者かに強奪された挙句、それらは行方不明となった。自分が生きている間に破壊できないと悟ったライアンは、次代の者を導くためにも、大聖剣を鍛治したガウェインに魂入れを依頼した。魂入れとは、肉体から魂を離し、剣に込めるというものだ。


 だが、大聖剣は二本の剣が合わさったもの。当時、帝国と王国が結んでいた条約により、各国が一本ずつ所有する決まりだった。そこで、ガウェインはエクスレイドにライアンを、マリアージュにサクラの魂を入れた。サクラはライアンの幼馴染で、彼が魂入れをしたと知り、その後を追ったのだ。


(ですが、事前に聞いた話とは異なりますね)

(何が?)

(適格者の条件です)


 エクスレイドは、こう話していた。ヒカリが力持ちだからだ、と。それは自身も嫌と言うほど分かっていたから、そうなのだと信じていた。


「ヒカリ、よくやった」

「ありがとう……」

「次は、大聖剣ガウェインを」


 適格者の条件、とやらも気になる。だが、ここはマサハルに従った方がいいだろう。


(どうすれば、ガウェインになる?)

(聖剣の刀身同士を合わせてください)


 すっかり黙り込むエクスレイドを余所に、ヒカリは鞘から抜き出した。マリアージュの指示通りに行うと、淡い光が輝きを増しながら剣を包む。その眩さに目を瞑り、収まった頃にゆっくりと開けた。


「これが、伝説の剣匠ガウェインの最高傑作……」


 淡く蒼い光を放ち続けるそれは、見事な大剣と成した。魔法によって合成されたのか、二本の剣を合わせた痕跡は一切ない。柄の太さはエクスレイドと変わらず、ペットボトル一個分重くなった程度だ。


「……この時を、待っていた。奴らを滅ぼす絶好の機会を」


 違う、と言いたかった。帝国を救いたい。そのために、剣を振るいたい。だが、一人ではその願いもねじ伏せられてしまう。どうすればいいのかと考えても、何も思い浮かばない。大聖剣を呆然と見つめるヒカリに、マサハルは手を伸ばした。


「すまない、ヒカリ」


 後ろから、手を回されて抱きしめられる。その行為に、ヒカリは違和感を覚えた。兄妹という血縁関係にあるのに、なぜか恋人に抱擁されるような感覚だ。だが、兄で王のマサハルが、妹に恋愛感情を持つはずがない。マサハルが美男だから、そう錯覚したのだろうか。


「俺が、お前のことを――」

「兄様!」


 マサハルの呟きは、ナツキの叫びで掻き消された。同時に、体を離したマサハルが、ヒカリから一歩退く。何事かと思い、二人はナツキの方を見上げた。






 三人は廊下を駆け、地下牢へと向かった。マサハルは平常心を保っているが、ナツキは血相を変えている。その表情から、殺意が伝わる。一方で、ヒカリは胸騒ぎが止まない。ナツキの報告によると、帝国から王子が来たらしい。彼女も伝え聞きだそうで、詳細は分からないという。


 では、誰が来たのか。第三王子のアウディは、魔獣化しているため除外できる。となると、第二王子のレインか、第一王子ウィルのどちらかだ。ウィルと離れてから、ずっと会いたいと思っていた。忘れたことなど一度もない。だから、それが叶うならきっと泣いてしまう。だが、捕らわれると分かっていてなぜ来たのかが気になる。帝国の面々は、ヒカリがこの城にいることを知るよしもないから、なおさらだ。


 木製の扉を開けると、牢の前には衛兵が二人立っていた。ヒカリは、マサハルたちにばれないように、深呼吸する。ナツキが入った後に続いて、ヒカリも踏み入った。すると、格子越しに捕らわれた、二人が視界に入る。一人は、赤髪の女剣士・ユリエラ。もう一人は、咳き込んで苦しそうな第二王子・レイン。どちらも、手首足首と腰に錠をかけられ、壁に張り付けされている。


 期待が外れたことに、落ち込む余裕はない。よく見ると、レインの顔から下、露出している肌の色は黒く染まっているのだ。そのとき、ウィルの黒く染まった腕を思い出す。そこで、初めて知った。レインの病が、魔獣化であることに。


「……要求があるそうだな」

「お初にお目にかかります、王様。僕は帝国の第二王子、レインと申しま……!」


 レインは、マサハルとナツキの後ろに立っているヒカリと目が合う。言葉を止めたので、原因を探ろうとしたユリエラも、ヒカリと目が合う。すかさず、ヒカリは唇に人差し指を当てた。


「何だ?」

「ごほっ……申し訳ございません、喉を詰まらせました」

「要求を言え」


 苛立ちを見せるマサハルに、レインは唾を呑み込んだ。そして、話を続ける。


「帝国を、救ってください」

「吞む必要なんてないわ、兄様!」


 怒りのあまりに、ナツキが声を荒げる。だが、マサハルは話を続けるよう促しているのか、無言を極めた。


「我が国は今、父上……いえ、帝王ガイストにより危機に陥っています。民が遺物の力で魔獣に変わり、人を襲っているのです。兄上や私、数人の部下ではもう、手に負えないのが現状です」

「自ら失態を晒すとはな」

「情報を提供するのは、貴方たちの力をお貸し頂きたいからです。勿論、見返りも用意いたします。帝国の領土を……半分、お渡しします」


 懇願するレインに、マサハルは吐き捨てた。


「却下だ」

「王様……!」

「飽きれた。自業自得としか言いようがない。親の尻も拭えぬ府抜けた連中だったとはな……」


 ユリエラが、奥歯を噛みしめながらマサハルを睨み付ける。言い返したくても、そんなことをすればレインの立場をさらに悪くするだけなので、我慢する。


「そもそも魔獣は、大聖剣ガウェインでしか浄化できない。つまり、今の状況で参戦すれば、我が国の兵力が搾取されるだけだ」


 当てはある、と言いたかった。今目の前にいるヒカリがそうだ、と。だが、レインは状況を把握できていない。ヒカリが聖剣マリアージュを入手できたのか、確認できる証拠はない。


「嵌めようと図らったのね、愚か者が……!」






 おにぎりと水が入った瓶を抱えて、ヒカリは地下牢に踏み入った。牢番には、自分が入ったことは内緒にするように伝え、ようやく二人のもとへたどり着く。


「ヒカリ……!」

「すみません、レイン様、ユリエラさん……」


 できることなら、二人を脱走させたい。けれど、ヒカリ一人では無理だ。牢番をやり過ごすこともできないし、安全に脱出できるルートも分からない。今できるのは、食料を与えることと、現状を確認することくらいだ。


「とりあえず、食べてください。変なものは入ってないので、大丈夫です」


 入り口の錠を外し、包みを開けた。炊き立ての米で握ったおにぎりを、二人の口元へ運ぶ。ゆっくりと嚙み砕くと、ユリエラは呑み込んだ。しかし、レインは拒否する。


「レイン様、先は長くなるかと思います。今は栄養を――」

「短いよ」


 虚ろな目をしたレインが、口角を上げる。


「病の進行を遅らせる薬は、手元にない。もうすぐ死ぬってこと、僕にはわかる」

「……薬、確保できなかったんですか?」


 ユリエラが頷く。


「それでもレイン様は、決意したの。このままじゃ帝国は魔獣に支配されるから、助けを求めようって。でもそれが、こんな結果なんて……」

「帝国、そんなに酷いんですか?」

「ええ、あのときの黒い雨は、今じゃ各地で一日に何回も降っているわ」


 ひとたび触れれば、人間を魔獣と化す黒い雨。ヒカリは、ウィルと共に民家の窓から、それを眺めていたことを思い出す。あのとき、自分たちを救うために犠牲となった、師匠クロウのことも。


「どうして、そんなこと……」

「魔獣で兵力を補って、王国へ攻め入るためだよ」


 レインは、王国に来る前に帝王の書斎に忍んだ。少しでも、王国にとって有利な情報を得たくて。そこで、帝王が過去に綴った日記を拝見した。


「父上は、母上と約束した。敵がいない国を作ろう、と。そのために母上は、平和的解決を望んだ。交渉などで王国と和解することによって敵を失くし、民が安心できる国にしようと。でも、父上は違った」


 レインは咳き込んだので、ヒカリが背中を擦る。心配するユリエラを余所に、レインは続ける。


「武力行使で解決しようと考えた。でも、王国との兵力の差は歴然だった。だから、兵力を補う施策が求められて、目を付けたのが魔獣で……」


 それから、魔獣の研究に没頭した。魔獣を増やして操れれば、十分な兵力を補えるだけでなく、民を戦に出さないようにできるはずだ、と信じて。そんなとき、魔獣に襲われて帝妃は死んだ。以来、人体実験も厭わないようになり、息子でさえ利用する非道な帝王に変わったのだ。


「魔獣は日を追うごとに増え、民は減る一方。このままでは、誰一人として生き残らない。兄上も……」

「ウィル様は、今どこに?」

「地下に籠っていて、姿を見せてくれない」


 地下には、実験室がある。ならば、ガイストに指示されて遺物の研究を行っているのだろう。


「そう、ですか……」


 大聖剣の適格者になれたから、助けに向かいたい。けれど、そうすることはできない。意見が正反対の国王に、抗う術がないからだ。だからと言って、一人で帝国へ向かっても、大型魔獣と遭遇すればひとたまりもないだろう。ウィルを、帝国を救うには、王国の協力が必要不可欠なのだ。


「ヒカリ、教えて。どうしてこの国の王様たちと一緒にいたの? 剣はどうなったの?」


 ユリエラの問いに、ヒカリは簡潔に答えた。自分が王女であることや、大聖剣ガウェインを持っていることも。また、王国中が帝国を憎んでいることまでも包み隠さずに教える。


「王女を誘拐……その誤解が解ければいいのかな?」

「いえ、それだけじゃありません」


 王族の両親を殺した犯人が、帝国にいる。それを伝えようとしたとき、背後に気配を感じた。振り向くと、そこには……。


「シュウ!」

「ごめん、聞いてた」


 シュウが、牢獄の中に入る。


「陛下の息がかかった門番が、二十分ほどで交代に来る。それまでに出ないとまずいから」


 わざわざ教えに来てくれた……わけではなさそうだ。三人が入った牢に踏み入り、レインの前に立つ。


「協力、諦めたほうがいい」

「君は?」


 第四王子だと説明すると、シュウは続けた。


「僕らの親は、帝国に殺された。それだけじゃない。当時、親を護衛していた人間も、その周辺に住んでいた村人も全員殺されたから」

「そんな話、聞いたことがない……」

「それは、情報操作されていたから」

「じゃあ、二十二年前に王国が攻め入ろうとしたのは遺物のためじゃないってことかしら?」


 シュウは頷く。


「誘拐された王女を奪還し、親しい人を殺した奴に復讐するため」


 しかし、王女は誘拐されていない。ヒカリがその証拠だ。そのことは、シュウも既知の事実だ。では、殺人犯は誰なのだろうか。


「もしかして、父上か?」


 レインの推察は、ヒカリと同じ結論に辿り着く。シュウは、頭を振る。一度ヒカリを見やってから、再びレインへ視線を戻す。


「……ウィル」


 耳を疑った。レインが呆然としている間に、ヒカリは否定しようとした。が、帝国で過ごした最後の夜を想起する。ウィルが、万人を殺したと自白したことを。




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