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第二十三話 対照的な兄妹

 翌日の昼頃、ナツキがヒカリの部屋を訪れた。妹の衣装製作に必要な寸法を測るためらしい。本来なら王族専門の仕立て屋がやるべき仕事だが、ナツキがやると言って聞かなかったそうだ。事前に聞いていたヒカリは、聖剣エクスレイド、大剣ナイアレイ、アメノを白く大きな布で覆い隠して待機していた。


「ふふ、ちょっとだけお腹がでてるわね。可愛いわ、ヒカリ」


 グラマラスな体格のナツキに言われ、少しだけムッとした。腹の脂肪が胸にいけばいいのにと、どれほど思ったことか。


(残念だったな、ゴリラ女子)

(うっさいわ!)

(静かにしたほうがいいみゅ)


 エクスレイドにもつっこまれる始末だ。このまま進めれば、何を言われるかわからない。とにかく、早く終わってほしい一心である。ヒカリが帝国の聖剣を持っていることがばれやしないかと、内心では緊張しっぱなしだ。


「あら、腕はわりと筋肉質ね。剣を振り回したせいかしら?」

「い、いや、そんなことないはずだけど……」


 元からですなんて、言いたくもない。この腕のせいで、腕相撲では男子相手に連勝を重ねた苦い過去を思い出す。早くウィルを救い、エクスレイドの願いとやらでこの屈強な力を取り除いてもらいたい。そうすればきっと、恋が実るようになるはずだ。その相手が、ウィルじゃないとしても。


 二の腕の周囲を計測し終えると、ナツキは布で覆われた大剣を見やる。言動に嫌な予感がしたヒカリは、話を逸らそうとした。だが、


「ねぇ、貴方が剣を持つ必要はないと思うわ」

「そ、そんなことないよ!」

「あら、どうして? この国は平和よ。貴方を害する者はいないわ」

「で、でも、私を守ってくれた剣だから大切にしたいの」

「そう……。けれど、兄様も同じ考えよ。それに」


 汚物を見るような目で、剣を凝視する。


「あれらは帝国製の剣でしょう?」


 ナツキが言いたいことが分かった。マサハルを始め、ナツキも帝国を憎んでいるのだ。それゆえ、敵国の物を国内に持ち込むのを良しとしない。ましてや、王室に持ち込むなど、ナツキにとっては言語道断なのだろう。


「あれを見て、攫われてから此処に来るまでのことを、思い出したりしないかしら?」


 実際には攫われてはいない。ただ、思い出すことはある。消えた師匠・クロウのこと、レインやユリエラのこと、そしてウィルのことを。考えると、胸が苦しくなる。


「……思い出さないよ。だから、大丈夫」

「そう……」


 最愛の妹が言うのだからと、それ以上口出しするのを止めたナツキ。一通り計測を終えると、衣装を楽しみにしていてと言い残し、計測器具を持ってその場を後にした。





 王族の務めとして、市街や村の視察がある。現地へ赴き、現状を目で見て耳で聞いて把握し、困窮者や異変などがないかを確認するというものだ。ヒカリは初めてなので、今回は第四王子かつ弟のシュウと共に行くことになった。そして、道中の馬車に揺られて二人きりの今、シュウが口を開いた。


「……ありがと」

「何が?」

「帝国にいたこと、黙ってくれたから。陛下に知られたら、処刑されてた」

「兄妹だからそこまではしないんじゃ……」

「やる。陛下はこれと決めたことに一直線だし……何を言っても、聞いてくれないから」


 シュウがそう言うなら、そうなのかもしれない。この国に来たばかりなので、兄弟のことも詳しくは知らないのだ。それより、ヒカリもお礼を伝えたいと思った。帝国で武官として働いていたことを、シュウは言わなかったのだ。マサハルが血も涙もないのなら、今頃処刑されていたのかもしれない。


「こちらこそ、ありがとう。言わないでくれて」

「……ん」


 シュウには、マサハルと違って帝国を敵視する言動が見られない。だから、王国の中で唯一腹を割って話せる、と考えている。だからこそ、聞きたいことがあった。


「シュウ、聞きたいことがあるんだけど」

「何?」

「私たちの親は、何処にいるの?」


 その質問に、シュウは目を伏せ気味に答えた。


「亡くなった」


 ヒカリは、口を噤む。親らしき姿が見当たらなければ、誰も何も言わなかったので、どこかに隠居しているのかと思っていた。


「二十二年前、帝国に殺された」


 両親が帝国に殺されたなら、マサハルが憎むのも頷ける。ナツキも快く思っていないのは、これが原因だろう。


「ヒカリを守って、亡くなった」

「えっ……」


 当時の記憶など、微塵もなかった。そんなヒカリだが、シュウの話が嘘とは思えない。彼は真剣な眼差しで教えてくれる。


「ヒカリ、まだ幼かったから。覚えてないだろうけど」

「ごめん……」


 両親の顔も、当時のことも思い出せない。だが、兄弟と同じように、二人を殺した人間を憎く思う。ヒカリを守って亡くなったのなら、なおさらだ。


「その現場、見たの?」

「うん。昔のことだから、あまり覚えてないけど」

「じゃあ、誰がやったか分かる?」


 シュウは、苦虫を噛み潰したような表情で答える。


「……知らないほうがいい」


 おそらく、ヒカリが知っている人物なのだろう。でなければ、教えてくれるはずだ。また、ヒカリの中ではおおよその見当がついている。人間を殺してのうのうと、堂々と生きられる帝王……ガイスト。


 そのとき、ヒカリの胸元で豪快な腹の虫が鳴った。向かい合っていたシュウは、疑うように目を細める。出立前に食事を済ませたばかりだからだ。


「……腹、減った?」

「ち、違う! これは」

「……食べ物、欲しいみゅ」


 ひょっこりと顔を出したのは、頬がこけたアメノ。ヒカリが慌てて隠そうとするも、シュウは目を見張る。


「だ、ダメだよ、出てきちゃ!」

「……こいつ」

「し、知ってるの?」


 アメノを舐めるように見つめるシュウに、ヒカリは観念して膝元に乗せた。そして、食事の際に取って隠した醤油煎餅を一枚、アメノに渡す。


「たぶん、宝花の妖精」

「宝花?」

「この国で咲いている花が、そう呼ばれてる。その花には妖精が宿っていて、人と人の想いを繋ぐ役目を担ってるって童話に書いてあった。信じてなかったけど、こいつあの絵と同じ形してる」


 アメノのふわふわした耳に触れると、体を強張らせた。そして、煎餅を両手で抱えて大切そうに持ち、大きな瞳でシュウを見つめる。煎餅を取られる、と勘違いしているようだ。


「やっぱり、王国から来たんだね」

「たぶんそうみゅ……た、食べていいみゅ?」


 シュウが頷いたので、安心したアメノは煎餅に噛りついた。




 無事に務めを終えたヒカリは、自室で休息をとっていた。夕食や風呂も済ませたので、後は寝るだけだ。ナツキが一緒に寝たいと申し出たが、シュウに協力してもらいなんとか断った。彼女がいては、聖剣マリアージュを探しに行けないからだ。ウィルに残された時間は少ない上、一刻も早く帝国を救いたい。


 ふかふかのベッドに寝転がり、ヒカリはため息を吐いた。今は仮眠をとり、皆が寝静まった夜中に行動しようと決めたのだ。そのとき、二人分の足音が部屋の扉の前で止まった。


「いいか?」


 マサハルの声に、ヒカリは素早く起き上がり、ベッドを飛び降りた。兄妹と言われても、彼は王だ。エクスレイドとナイアレイ、アメノが隠れているのを確認し、姿勢を正してから返答した。


「ど、どうしたの?」


 いったい、何の用なのか。入室したマサハルに向かい合う。


「今日はどうだった?」

「何事もなかったよ」

「だろうな。民の様子は?」

「生き生きしていたと思う。目につくようなことはなかったし、困ることもないって言われたよ」


 そういえば、民が王を案じていたことを思い出す。王は三十歳を迎えても、独身を貫いている。いったいいつになったら結婚するんだろう、と。良い相手が見つかればいいとも、話していた。それは、心の中に閉まっておく。


「務めを通して、お前の目にはこの国がどう映った?」

「自然に囲まれていて、穏やかで、笑顔いっぱいで……誰もが暮らしやすい国だなって思った」


 心の琴線に触れないよう、言葉を選びながら話した。ここに来たのは、ヒカリを心配してくれたからだろうか。それだけならいいが、どうにも落ち着かない。それは、マサハルの背後に佇んでいるアキラが、ある方向を凝視しているからだろう。


「……暮らしやすい国に、武器は要ると思うか?」


 悪寒が走る。ナツキが話していたことを、想起させる。ヒカリに武器は要らない、という話を。


「ひ、必要だと思う。だって、いつ誰が攻めてくるか分からないし、いざというときに武器がないんじゃ対抗できないし……」

「それは正論だ。だが、ヒカリは長い年月苦痛に苛まれた。もうそんな思いを味わわせたくない」


 このまま押し切られてはまずい。王国の狙いが分からないからだ。もし、それが遺物の悪用であれば、エクスレイドを破壊される可能性がある。そうなっては、魔獣を浄化できず、帝国を救うことは叶わない。遺物も乱用され、世界が魔獣で覆いつくされることもあり得る。そんなことをされれば、ウィルの願いを、適格者としての使命を果たせない。


「でも、私を守ってくれた大切な剣だし、側に置いておきたいから」

「いや、剣は不要だ。何かあれば、俺がお前を守る。だから、棄てろ」


 マサハルとやり合っても、一人では勝てる見込みがない。彼と出会った当初に感じた、あの覇気を目の当たりにしたのだ。実力の差は歴然であることを、思い知らされた。


「でもっ――」

「これは王命だ」


 そう言われては、手足も出せない。シュウによれば、逆らえば処刑されるのだ。アキラは、その言葉を待っていたかのように、動き出す。白い布を剥ぎ、二本の大剣を持とうとした。……が、エクスレイドに触れた方の手を、熱々のやかんに触れたときのように引っ込める。異変に気付いたマサハルが、声をかけた。


「どうした?」

「……陛下、聖剣マリアージュと同じでございます」

「……何?」


 訝し気に近づくマサハルは、エクスレイドに触れる。すると、アキラと同じように手を離した。


「……どういうことだ?」


 ついに、知られてしまった。




 ノックの音に、返事をする。すると、シュウとクサナギが扉を開けて、入室した。ベッドに腰を掛けているヒカリの隣に、シュウが座る。クサナギは、壁に背を預けて腕を組んだ。


「……聞いた。剣のこと」


 先ほどの出来事は、すでに伝わっているらしい。ならば、ヒカリが自室謹慎を言い渡されたのも知っているだろう。また、剣の没収が一時的にお預けとなったことも。


「……エクスレイドが壊されるかもしれない」

「何で?」

「遺物を壊すには、大聖剣が必要なの。でも、エクスレイドが壊されたら……」

「それはないの」


 明るい声音で話すクサナギに、ヒカリが顔を上げる。


「なんで、言い切れるの?」

「僕らが、エクスレイドを破壊する利点がないからじゃ」

「……じゃあ、使わないの?」

「陛下は、遺物を忌み嫌ってる。だから、壊したいと思ってるはず」


 ヒカリとシュウ、クサナギは、遺物の複製品で散々な目に遭ったことがある。帝国の第二王子・レイン救出時での戦闘場面が、三人の脳裏を過る。


「まあ、壊したいならさっさとマリアージュを粉砕するじゃろ」


 確かに、そのほうが手っ取り早い。クサナギの発言に、頷くヒカリ。それなら、最悪の事態は免れたと考えていいだろう。


「陛下の目的は、帝国を滅ぼすことじゃ。そのためには、魔獣を浄化できる大聖剣が要るからの」

「魔獣、無尽蔵に湧くし。浄化できないんじゃ、こっちの兵力が削減されるだけだから」

「じゃあ、どうして……」

「気になること、ある?」

「うん。エクスレイドが見つかったとき、兄様は嬉しそうじゃなかった。本当に必要なら、喜ぶと思う」


 アキラは、笑みを浮かべていた。その一方で、マサハルは下唇を噛みしめていた。視線をエクスレイドに向けながら。その様子からヒカリは、マサハルがエクスレイドを嫌っているという結論に辿り着いた。帝国の所有品だからか、遺物を使うのに邪魔な代物だったからか。その理由は、分からない。


「そりゃ簡単じゃ。なあ、シュウ」

「ここ王国。名前の後に様つけて」

「おっと、すまんのー」


 帝国では、互いの素性がばれないように敬称なしで呼び合っていた。その機会を良いことに、クサナギはシュウを必要以上に呼び捨てし、面白がったのだろう。呆れたように、シュウはため息を吐いた。


「エクスレイドの適格者なら、マリアージュも扱えるかもしれない。そうなれば、大聖剣ガウェインを扱えるのはヒカリ姉様……ってことになる」

「でも、それって兄様にとって良いことだと思う。だって、待ち望んでたでしょ? 大聖剣の適格者を」

「……陛下と姉様を見ていて、気付かない?」


 シュウは、顎でエクスレイドを指した。


「二人とも、ヒカリ姉様を溺愛してる。だから、戦わせたくないってこと。でも、帝国を滅ぼすためには大聖剣が必須。で、それを使えるのがヒカリ姉様唯一人なら、否が応でも戦に出さなくちゃいけない」

「その板挟みに苦しんでいるんじゃ」

「ま、いずれにしても明日、結果が出ると思う」


 アキラが急かすだろうし、と小声で呟いた。


「……私、どうなるんだろ」

「わからない」

「あーダメじゃ、シュウ様。策士たるもの、先見の明がなくてはの」

「うるさい。……ま、たぶんだけど」


 シュウは、右手の握り拳を口元に当てた。


「ヒカリ姉様は、大聖剣の適格者として、参戦することになる。戦の準備は前々から進んでいるみたいだし……開戦するとしたら、四日後かな。で、師匠の考えは?」

「師匠?」

「戦略とか、いろいろ教わってるから。面倒だけど、こういうとき師匠って呼ばないと答えてくれない。本当に面倒だけど」


 師匠という単語を聞き、思い出すのはクロウのことだ。今は、何処にいるのだろうか。


「ふむふむ、教えてやろうぞ、弟子よ」


 満足そうに頷いたクサナギに、ヒカリはくすりと笑ってしまう。王族相手にこんな扱いできる人間は、そうそういない。良い言い方をすれば、肝が据わっている。


「おおよそ合っている……が、戦の目的はどうかの?」

「帝国、滅ぼすんじゃないの?」


 クサナギは、シュウからヒカリの方へ顔を向けた。


「滅ぶも救うも貴女次第……じゃよ。ヒカリ様」

「えっ……」


 片目を瞑って微笑むクサナギ。そして、わざと気付いたように口を開ける。


「シュウ様、陛下に告げ口したら泣いちゃうからのー」

「言ったら、泣くだけじゃ済まないから……」



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