第十七話 波乱の結婚式
(ったく……死ぬなよ、ゴリラ女子)
(大丈夫だよ、ユリエラたちも一緒だから)
ヒカリとユリエラは、レインに調達された赤いコートを纏った。口元を同色の布で覆い、目元のみを露出させる。
「行くわよ」
ユリエラは、深呼吸をした。手汗を拭うヒカリは、唇を噛みしめる。頷くと、胸元に隠れていたアメノは両手を上げた。次の瞬間、地面から蔦が生え、二人を巻き取ると上空へと伸びていく。荘厳な音楽が流れる中、蔦は容赦なく二人を投げつけた。その先には、ステンドグラスが張られている。
目を瞑るヒカリは、両手で顔を覆った。次の瞬間、ステンドグラスは砕け散る。蔦が二人を離すと、ユリエラは着地地点にいる神父のうなじに、柄を打ち込んだ。
参列者は悲鳴を上げ、次々と会場を走り去っていく。警備兵らは、銃を構えてバージンロードを駆ける。
騒々しい会場でヒカリは、イリーナを庇うように前へと出たウィルを見つける。その姿に、胸が締め付けられるが、感傷に浸る場合ではない。剣を抜き、彼を気絶させようと間合いを詰める。
「兵よ、あやつを撃て!」
ガイストの一声で、警備兵たちは攻撃態勢に移行する。銃弾に炎を纏わせながら、新郎新婦には当たらない場所まで移動していく。そして、ガイストは懐から黒い玉を取り出した。ぶつぶつと呟きながら、何かを唱え始めるように見える。
(おい、帝王のあれは……遺物か!)
(えっ!?)
銃の照準が、ヒカリに向けられた。その時、風の如く動いた何かによって、次々と銃が分断されていく。無力化された警備兵たちは、腰に携えた剣を手に取るが、あっけなく床に伏した。
その剣裁きから、誰の仕業なのかは判断できた。クロウだ。ヒカリたちと同じ格好をしている為、皆は正体が分からないだろう。
「その愚行……許さない!」
ヒカリとウィルの間に、怒りの感情を滲ませたエリエールが現れる。ヒカリに向かって行く途中で、ユリエラが割り込んだ。
この作戦では、ヒカリがウィルを連れ去り、ユリエラとクロウが邪魔者を排除する役目だ。各々がそれを全うする為に、行動する。
声を発すれば、敵に正体がばれてしまう。心の中で礼を言うヒカリは、二人の横を通り抜け、ウィルとの距離を縮めた。
アメノの力には限界がある。動かせる巨大な蔦は、三本まで。そして、発動した後は少し休憩を挟まなければ使えない。また、動き回る人間を捕まえることは至難の業である。
ヒカリ、クロウ、ユリエラ、ウィルを運ぶためには、誰かがペアを組まないといけない。効率を考えれば必然的に、ウィルを攫う役目のヒカリが、彼とペアを組む。その為にはまず、彼を気絶させて動きを封じなければならない。
クロウが外へ続く扉を閉め、ウィルとイリーナの逃げ場を失くす。立ち止まるウィルは、ヒカリに向き直り、眉間に皺を寄せながら見据えた。そして、小さく口を開く。
「……まさか、君は……」
ウィルは気付いた。その正体がヒカリであることを。同時に、ガイストを見やる。彼が持つ黒い玉から靄が増殖されていく。それは一筋の線に変形し、ヒカリに向かって放たれる。
(ゴリラ女子、俺を出せ!)
(ダメ、そんなことしたら約束が……!)
「おやめください、父上!」
イリーナの手を離したウィルが、ヒカリのもとへ駆け寄ろうとする。その声で気付いたヒカリは、何者かに突き飛ばされ、参列者が腰掛けていた長椅子の手すりに背中を打つ。じんとする痛みに顔を歪めながら、目を開く。すると、視界には意外な人物が映った。
(な、何であいつが敵を庇った!?)
「ゼノンめ、やはりな」
ゼノンの裏切りに、ガイストは驚く様子もなく、再び唱え始めた。しかし、背後に現れたクロウによって、意識を奪われる。
ウィルは、床に伏したゼノンに駆け寄る。黒い靄が、体を侵蝕していく。ヒカリには、状況を理解できなかった。ガイストの側近であるゼノンが何故、敵を庇う行動をしたのか。
(不味いな、魔獣化の進行が早い)
呼吸が浅くなっていくゼノンに、声を出す気力はない。音を出せなくとも、三文字の言葉を呟いた。
(ひ、かり……?)
(ということは、お前の正体に気付いていながら、守ったってことか……)
予想外の出来事に、ヒカリの思考は停止する。なぜゼノンは、敵を庇う行動に出たのか。アメノに胸をぺしっと叩かれたヒカリは、我に返る。ゼノンの行動は理解できずとも、この場で立ち止まるわけにはいかない。
遠くにいるイリーナは、クロウの手によって床に倒れた。そして、エリエールと互角の勝負を繰り広げるユリエラに加勢しに行く。
(ごめんなさい……)
ウィルとゼノン。どちらに向けて言ったのかは、自分でも分からない。ヒカリは、ウィルの背後に立つと、剣の柄をうなじに打ち込み、気絶させた。全身が黒くなったゼノンを見下ろしながら、ウィルの身体を抱えるヒカリは、アメノに合図を送る。
エリエールもまた、クロウの手によって警備兵の山の一部と化した。それを確認したアメノは、再び地面から蔦を飛び出たせ、一行を絡めとる。先ほど破ったステンドグラスを通り抜け、外へと連れて行った。