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第十四話 王子の救出

 道中で遭遇した狼型魔獣を倒しつつ、三人は廃墟に着いた。そこは、かつて魔獣に襲われた町であり、今でも爪痕が残っている。殆どが半壊しており、火災によって焼け焦げた跡が見られた。全壊しなかったのは、ウィルの働きがあったからだろう。


 周囲を見渡すと、此方を見つめる人物に気付く。目を凝らせば、脳裏にある人物が浮かぶ。


(あの男性だ!)


 帝国祭で連行された男性は、あの時と同じ服装のまま、その場を走り去る。ヒカリは迷わず、その後を追おうとした。


(待て、ゴリラ女子!)


 エクスレイドの声と共に、後ろにいたシュウに肩を掴まれる。クサナギは、胸ポケットから白い手袋を取り出した。


「かなりの数に囲まれてる」


 現れたのは、二十匹ほどの犬型魔獣だ。柄を握ったヒカリは、剣を構える。魔力を持ってしても二人を守りながら戦えるか、不安が過ぎった。すると、シュウがナップザックから折り畳み式の槍を取り出し、組み立てて構える。クサナギは、手袋に仕込んだ鋼の糸を操り、先制攻撃を仕掛けた。


「クサナギ」

「わかっとるよ。僕たちも戦うから安心するんじゃ」

「……え?」


 拍子抜けしたヒカリは、二人の戦闘態勢に疑問を抱く。この国の民は、常日頃から武器を持ち歩いているのだろうか。そして何故、道中は戦わなかったのだろうか。だが、細かいことを考える余裕はない。


 ヒカリは、五匹に斬りかかる。一匹を両断すると、まるで連携するかのように、残りが四方から飛びかかる。


(まずい!)


 此処で初めて、ヒカリは魔力を発動した。身の内側から剣に気を流すイメージで、青い光を剣に纏わせる。その直後、十字に斬り振って、水を纏った斬風を放つ。四匹を霧状に化した後に振り返れば、二人も戦闘を終えていた。


(知性を持たねぇ小型魔獣が、あんな行動には出ることはねぇ。嫌な予感がするな)


 その言葉に耳を傾けていると、ヒカリはシュウに見つめられていることに気付く。


「あ、さっきは止めてくれてありがとう」

「……教えて」


 シュウが歩み寄り、ヒカリの肩を掴む。


「どこの国の人間?」


 何故、ばれたのだろうか。そこで、帝国の人間は火・風しか使えず、王族に限り月の魔力を宿していると言う話を思い出す。


「……シュウ、その話はまた今度じゃ」


 シュウは、眉根を寄せながら、仕方なさそうに手を離す。


「ヒカリ、何を見つけたんじゃ?」

「……そうだ、あの人が!」


 もしかしたら、レインを攫った人物と、男性を此処に連れて来た何者かに繋がりがあるのかもしれない。三人は男性が消えた後を追い、煉瓦で造られた監視塔に辿り着く。木製の扉を開けると、一階は広間で、隅に階段があった。


「レイン様!」


 縄で縛られ、布で口を塞がれたレインは、ぐったりとしている。身体のあちこちに傷があり、気絶しているようだ。近寄ろうと動けば、目の前にあの男が現れる。その腕には、黒い腕輪を装着していた。幼女が黒い腕輪の影響を受けて、魔獣化した時の記憶が蘇る。男は、明らかにヒカリたちを敵視していた。


「……あいつが、レインを攫った?」

「違う、冤罪で捕まった人だよ。大丈夫、私たちは敵じゃないから!」


 被害者の男が、悪人であるはずがない。そう考えているヒカリは、近づこうと踏み出した。男は虚ろな瞳で、ぶつぶつと呟き始めた。


「これが終われば、ミイの元に帰れるんだ……」


 男が捕まった時に、隣に居た恋人の名前だろう。


「……だから、死んで」


 腕を上げると、物陰から小型魔獣の群れが現れた。


「こいつ、魔獣を……」

「ううん、あの黒い腕輪かもしれない」

「じゃ、決まりじゃな。シュウ」


 二人は前線を行き、魔獣を撃退しながら男への道を開く。ヒカリは駆け出し、男に飛びかかった。腕を掴み、黒い腕輪を握り潰さんと触れた。同時に、電流に似た痛みが走り、発せられた衝撃波によって後方へ飛ばされる。シュウが素早く動き、ヒカリを受け止めて倒れた。


「ご、ごめん、シュウ」

「……重い」

(……だろうな)


 二人の言葉にイラッとしたが、すぐに起き上った。未だに手が痺れている。


(あれは遺物だ。今の俺たちじゃ壊せねぇ……)

(じゃあどうすればいいの? あの男性を助けるには……)

「うおおおおおおお!」


 男性は蹲ると、変形を始めた。腕輪から発せられる黒い霧が男性を包み、魔獣へと変貌させる。背丈は倍に、姿形は熊のように、ただし顔だけは人のまま。双眸は赤く染まり、ヒカリを捉えていた。


(……残念だが、もう助けられねぇ)


 あの腕輪は消えている。一度魔獣化すれば、元に戻れない。人間としての意識も残ってないだろう。


(気を付けろ、あいつは中型魔獣。小型とは強さが段違いだ)


 槍を構えるシュウは、ヒカリを横目に呟く。


「……終わったら、聞かせて。さっきの答え」

「えっ……」


 シュウが先行して飛び出していき、ヒカリも追随する。二人で斬りにかかるが、見た目とは違って動きが素早い。どんな攻撃もかわされてしまう。


 そのとき、反撃に出た中型魔獣は、ヒカリを薙ぎ払う。そのとき、魔力を纏わせて防御したが、攻撃力はかなり高い。防御を解いたと同時に、片手で腕を掴んで斬り裂いた。すると切断された腕は、消えて行く。シュウは心臓部めがけて突き、手ごたえを感じて抜いた。だが、致命傷を与えられず、魔獣は振り返りざまに炎の息を吐いてシュウを焼け焦がさんとする。


「シュウ!」


 魔獣から目を逸らした瞬間、もう片方の手がヒカリを壁へと突き飛ばす。血を吐いたヒカリは、その場で蹲る。


(ゴリラ女子、俺を抜け!)

(ダメ!)


 ウィルとの約束は、出来る限り守りたい。そして、ヒカリの魔力は残り少ない。回復魔法を一度使えるほどだ。それは、レインに使うべきだと考えるヒカリは、浅い呼吸を繰り返しながら立ち上がる。魔獣の動きを見つめ、どの攻撃も後方に避けている癖に気付く。


(今だ……!)


 全速力で走り、シュウが攻撃を繰り出したことを確認すると、後方に下がるだろう魔獣の位置に先回りする。剣を振り上げ、魔獣が攻撃できる範囲に来るまで待ち、頭から一刀両断する。魔獣は、奇声を上げながら消えていく。


「ヒカリ!」


 シュウが駆け寄り、膝から折れたヒカリを支える。痛みに顔を歪め、シュウが背中に手を当てると、骨が折れていることが分かった。


「……私は大丈夫、レイン様のもとに」

「駄目。この怪我を治す」

「でも、私はレイン様の怪我を……」

「黙って」


 ヒカリを横に倒したシュウは、槍を真横に持った。


「シュウ、駄目じゃ」

「止めても無駄だから」


 クサナギは周囲を確認し、他に人がいないことを確認する。


陽光(サン・ルーチェ)


 温かい橙色の光が溢れ出し、ヒカリの身体を包む。すうっと痛みが消えてゆく。


(おい、これって陽の魔力じゃねぇか!)

(火じゃなくて、陽なの……?)


 エクスレイドが興奮しながら話す。何もわからないヒカリは、ゆっくりと起き上る。


「ん、問題なさそう」


 シュウは、ふと微笑んだ。ヒカリも自分の背中に手を当てたり、背筋を伸ばしたりして、異常や痛みがないことを確かめる。


(こいつらも、この国の人間じゃねぇ)

(じゃあ、どこの――)

「ヒカリ、今のは誰にも言わんと約束してくれるか?」


 クサナギの問いに、ヒカリは頷く。シュウに礼を言うと、三人はレインの元へ走る。シュウが同じように、魔法を使って回復させると、レインが薄らと目を開けた。


「レイン様」

「……」


 シュウが縄を解き、クサナギはジャケットをレインの肩に羽織らせる。


「……何故、僕を助けた」

「え……?」


 レインはヒカリを睨み付け、目に涙を浮かべる。


「このまま死ねればいい。そう思ってたのに、どうして……」

「何で死にたいんじゃ?」


 レインは地面に視線を落とした。


「君たちには分かるはずない……」

「それでも、教えてください。それに、ウィル様がレイン様の為に、嫌なことさえ引き受ける理由が知りたいのです」

「俺も聞きたい」


 シュウが屈み、レインの視線に合わせる。


「君は……」

「一般市民。誰にも言わないから、大丈夫」


 一般市民なら、あんな魔法は使えない。そうと分かっていたが、ヒカリは何も言わずに、レインに話すよう促す。


「……僕は、原因不明の病に侵されている。治療する為には、父上がくれる薬が要るんだよ」

「症状を教えてくれんか?」

「薬を飲まないと、発作が起きる。かなりの痛みを伴うもので、酷い時は血を吐き、意識が朦朧とする」

(酷ぇな、そりゃ……)


 クサナギは考える仕草を見せた。


「父上は、兄上が研究しないと薬を渡してくれない。兄上は優しいから、嫌々研究に協力しているんだ。それだけじゃない。兄上が父上に従わないと、僕は生きられない。だから僕は兄上の足枷で、兄上を苦しめるだけの存在でしかない」


 レインはヒカリが持つ剣の先を握り、自分の首元に当てる。


「僕を殺して、ヒカリ。君は僕を嫌いなはずだ、だから――」


 乾いた音が鳴り響き、レインの頬は痛々しく、赤く染まる。


「何の努力もしてないのに、死んで終わらせようだなんて、止めてください。あなたが死んだらウィル様も、ユリエラも、民も悲しみます!」


 そのとき、クサナギは何かに気付いたように顔を上げる。


「シュウ、帰るんじゃ」

「でも、まだあれを聞いてない」

「また今度聞けばいいんじゃよ」


 ヒカリは礼を言うと、クサナギはシュウを連れ、監視塔から出て行く。その数分後、ユリエラとゼノンが隊を連れて来た。ユリエラはレインを抱きしめ、ヒカリに感謝を述べる。ゼノンに抱えられたレインたちと共に、城に帰還した。


 自室に戻ったヒカリは、ベッドで休養を取っている。レインを無事に連れ戻したことによって、ヒカリの犯人説は誤解だと分かり、帝王に代わってゼノンから謝罪の言葉を貰った。


(まさか、あいつらが此処にいるとはな……)

「シュウとクサナギのこと?」

(ああ、あいつらは……いや、それよりも教えたいことがある)


 寝ているアメノを撫でながら、ソファーに置いたエクスレイドを見つめる。


(さっきも言ったが、あの黒い腕輪は、遺物だ。いくつかの類があるが、あれは魔獣を操り、自身も魔獣になるっつー代物だ」

「ごめん、そもそも遺物って何?」

(……かつて古代大国があってな。そこで作られた、魔獣に関与する品の総称が遺物だ。ま、殆どは俺が葬ったんだが、死に際に知ったんだ。あと三つ、遺っているってな)


 エクスレイドの過去について、ヒカリは聞いたことはない。葬ったということは、過去にはヒカリ以外の適格者が居たのだろうか。


「じゃあ、そのうちの二つはもうないってこと?」

(いや、遺物に同じものは存在しない。おそらく、あれは遺物の劣化版。この時代の人間が生み出した物だ)

「劣化版を作れるなら、本物もあるはずだよね。じゃあ、それはこの国にあるってこと?」

(ああ、恐らく操作系の遺物がな。だが、どの遺物にしろ、遺物を使いこなすほど使用者の魔獣化が促進する。だからあの人間は、魔獣になったんだ)

「そうなんだ……」


 ヒカリは、あの男性を思い出す。恋人と二人で帝国祭に出掛け、冤罪で捕まり、何者かによって黒い腕輪を嵌められて魔獣化したのだ。その黒幕を、許せないと思った。


(面倒だが、遺物は大聖剣でしか壊せねぇ。それに、新たな劣化版を生み出されちゃ、被害は拡大するばかりだ。……言いたいこと、わかってくれるか?)


 もう一つの片割れである、マリアージュを探さなければならい。そのためにも、早くこの国を発つ必要がある。


「……うん。でも、少しだけ待って」


 おそらく、アマテラス王国に行けば、しばらくは戻って来れないだろう。好きな人を、ウィルを自由にする為に、ヒカリは此処でやるべきことを済ませたい。そう考えた。

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