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第十話 帝国祭・中編

 二人を探す為、ヒカリは城門広場に向かった。しかし、人混みの中では見つかりそうにない。


(またクロウに怒られそうだな)


 それを楽しみにしているような口調で、エクスレイドが呟いた。


(だ、大丈夫! 謝ればわかってくれるはず!)


 ヒカリの脳裏に、木刀で脳天を叩きこまれた体験が過ぎる。あんな痛い思いは、もうしたくない。考えただけで悪寒が走るので、頭を振って苦い思い出を追い払った。

 左右を交互に向きながら歩くと、近くの屋台で男女が腕を組み、仲睦まじくしている様子が視界に入った。もし迷子にならなかったら、あのようにウィルと話せていただろう。そう思うと、気持ちが沈んでいく。


(いや、ならねぇだろ。ウィルの腕を掴んだら、馬鹿力で腕が取れ……)


 ヒカリがエクスレイドを睨んだので、それ以上話すことをやめた。そこに、二人の兵士が現れ、男女の背後に立つ。


(兵士も大変だね。人が多い中、巡回を――)


 ヒカリは、目を疑う。人混みが途切れた瞬間、一人の兵士が屋台から橙色の紐のような商品を手に取るのを見た。それを、店主にばれないように腰まで持っていき、握り隠す。


(……気のせいじゃないよね?)

(俺も見えた。気のせいじゃねぇ)


 ヒカリが人混みを掻き分けて兵士に近づく。すると、兵士は男性の腕を掴んだ。


「お前、盗んだだろう」

「何をですか?」


 覚えがない男性は、兵士を凝視する。すると、商品を隠し持った手を男性が履くズボンの後ろポケットに持っていく。手を中に入れた後で、勢いよく高らかに上げた。橙色の紐が握られている。


「このブレスレット、値札がついているぞ」

「まさか、あなた……」


 この店では、会計時に値札を外すらしい。女性は驚きながら、男性から一歩引く。


「ち、違う! 俺はやってない!」


 焦る男性は、腕を振りほどこうとする。しかし、それは無意味な抵抗だった。事態を把握したヒカリは、兵士を睨み付ける。


(本当のことを言わなきゃ!)


 次の瞬間、ヒカリは肩を掴まれる。力が強くて前に進めず、振り返った。そこには、大柄の男がいる。布製のコートを着ているが、フードを深く被っており、顔を見られない。しかし、民らしからぬ冷めた雰囲気を醸し出している。


(まさか――!)


 エクスレイドが叫ぶ前、その男が声を出した。


「手ぇ出さねぇほうがいいぜ、お嬢ちゃん」


 渋い声に聞き覚えがあった。同時に、炎の矢が自分めがけて向かって来たときを思い出す。


「ゼノン!」


 完全に気配を消していたため、鋭いエクスレイドすら気付けなかった。ヒカリは、手を剣の柄に添える。町中で乱闘騒ぎは起こしたくないし、ゼノンには勝てるとも思えない。だが、男性を連行していく兵士を止める為には、手を離して貰う必要がある。


(力で、そいつの手を退けろ!)


 ヒカリは、エクスレイドの指示に従うのを躊躇った。力を出せば、剛腕さえ容易に持ち上げられるだろう。しかし、ゼノンに力持ちだとばれたら、ウィルにも伝わるはずだ。そうなれば経験上、好かれる可能性は0に等しくなる。


「はっはっは! そんな怖い顔すんなって。ちょいとこっち来い」


 来い、と言いながら、腕を掴まれて道端に無理やり連れて行かれる。男性と兵士たちの姿は遠くなっていく。


「は、離してください! あの人たちが!」

「関わらねえほうがいいぜ」


 人気が少ない場所に連れて行かれると、ゼノンはようやく手を離した。掴まれた部分はほんのりと赤く、少しだけ痛かった。


「さっきのこと、何か知っているんですか?」


 腕を摩りながら、ヒカリが問う。ゼノンはフードを下ろすと、深く息を吐いた。


「知っていたら、どうするつもりだ?」

「教えてください。ですが何にしろ、あの男性を助けに行きます!」


 兵士が商品を盗み、無実の男性に罪を被せた。その現場を目撃したヒカリにとっては、もはや他人事ではない。しかしゼノンは、口角を上げた。


「ウィル様が関わっているとしても、か?」

「えっ……」

(お前を殺そうとした奴の話を、鵜呑みにしねぇほうがいい)


 エクスレイドの言葉に、ヒカリはそうだと考え直す。誰に対しても優しいウィルが、悪事に関わっているとは思えない。


「お前は何にもわかっちゃいねぇから、教えてやる」


 ゼノンは、ヒカリに背を向ける。


「この国は真っ黒だ。派閥争い、魔獣の襲撃を受けた町村の放棄、遺物研究……」

(……嘘、だろ……?)


 エクスレイドが驚嘆した。だが、ヒカリには何に驚いたのかさっぱりわからない。


「面倒なことに巻き込まれる前に、さっさと隣国にずらかったほうがいいぜ」

「ちょっと待って……あっ」


 ヒカリが瞬きした瞬間、ゼノンの姿は消えた。そのとき、遠くから声が聞こえる。それが誰か分かったとき、ヒカリは振り返った。


「探したよ、ヒカリ」


 こちらに駆けて来る二人に、ヒカリは自分が迷子であったことを思い出す。ヒカリも走り、ウィルに頭を下げようとした。


「す、すみま――」


 謝罪する前、木刀が頭に直撃する。歯をぐっと噛みしめながら、耐えようとするが、無理だった。あまりの痛さに、ヒカリはその場で蹲る。


「迷惑を被った。土下座で殿下に謝れ」

「クロウ、やり過ぎだよ」

(ま、仕方ねぇよな)


 ウィルは屈み、ヒカリの頭を優しく撫でる。顔を見上げると、つけ髭に眼鏡をかけたおじさんが微笑んでいた。普通なら気持ち悪がるかもしれないが、その正体が変装したウィルだと知っている。だから、外見がどうであろうと、ヒカリは嬉しかった。


「見つかってよかった。一人で大丈夫だった?」


 ヒカリが頷くと、ウィルも二度頷いた。クロウとは違い、優しいウィルは子供をあやすように、痛みが引くまで摩ってくれる。


(この人が、あんなことに関わってるわけない)


 連れて行かれた男性を思い出した。城に戻った後で、罪人が収監される場所に行けば、助け出せるだろう。そう考えたヒカリは、クロウに睨まれながらも、今だけはウィルの優しさに甘えるのであった。

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