表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/29

第九話 帝国祭・前編

 帝国祭当日、外は騒がしかった。自室のバルコニーから覗くと、風船が空に舞い上がったり、人の群れが行き交っていたりすることがわかった。賑わっている様子に楽しそうだなと思いながら、ウィルとのデートを妄想する。人混みの中で、迷わないようにとウィルに手を掴まれる、ベタな場面を想像する。


(気持ち悪いぞ、ゴリラ女子)

「う、うっさいわ。妄想は乙女の嗜みなんだから、邪魔しないでよ」


 にやけていたヒカリは、エクスレイドによって現実に引き戻された。脳内での妄想・考えることはすべて、口に出さなくてもエクスレイドには、ばれてしまう。溜息を吐きながら部屋に戻ると、ノックする音が聞こえる。


「僕だけど、開けてもいいかな」


 妄想の相手であるウィルが、ヒカリの部屋を訪ねた。凛とした声に高揚しながら、ヒカリは扉を開ける。


「おはよう、ヒカリ」

「おはようございます!」


 ウィルが朝早くから訪れるのは、珍しい。少し期待しながら挨拶を終えると、畳まれている服を渡された。


「これは……?」

「民の服装だよ。これを着れば、武官だとは気づかれないはず。初めての帝国祭だし、稽古ばかりで疲れているだろうから、羽を伸ばしておいで」

「ですが、ウィル様は」


 今日は、帝位継承者が発表されるはずだ。第一王子であるウィルは、緊張しているに違いない。

 

「自室で本でも読もうかな」


 ウィルは優しげな笑みを浮かべる。しかし、ヒカリにはどこか寂しそうに見られた。思えば、今までのウィルの微笑みからは悲哀を感じられる。なぜ、いつもそんな笑顔を見せるのだろうか。どうすれば、ウィルを心から笑わせられるのだろうか。そう考えた時にヒカリは、先ほどの妄想を思い出した。だが、それを実行する勇気はない。けれど、後悔はしたくない。


「君にはクロウをつけるから、安心して――」

「う、ウィル様も、一緒に行きませんか!」


 ヒカリは、思い切って口に出した。血が煮えたぎるように身体が熱くなり、ウィルの目をまともに見られない。男性を誘ったのは、生まれて初めての出来事だった。

 ウィルは驚きながら、くすりと笑った。


「ごめんね、昔のことを思い出したんだ」


 どうやら、思い出し笑いのようだ。過去にも、同じようなことがあったのだろうか。ヒカリが考える前に、ウィルは扉を開けた。やはり、行きたくなかったのだろうか。


「女性からのお誘いを、断る理由はないからね。ちょっと待っていて。準備してくるよ」


 扉が閉められると、ヒカリはその場に立ちつくす。嬉しさのあまり、笑顔を隠せない。


(今日はお祭りだろうが、適格者にはそんなもん関係ねぇ。使命を果たす為にもだな……って、おい!)


 ヒカリは着替える前に、エクスレイドを布団で巻いた。柄から剣先まで隠せば、エクスレイドの視界は真っ暗で、何も見られない。


(お前、行く気満々だろ! 稽古はいいのかよ!)

「帰ってきたらやるよ」

(俺は大大大反対だ! 人が多い場所に行けば、適格者だってバレる確率が上がるだろ!)


 エクスレイドは、全力で否定する。ヒカリは、その理由を何となくわかっていた。


「女性、苦手だもんね」

(……そ、そんなことはねぇ!)

「初めてエクスレイドを触ったとき、呻き声を上げたり、何か呟いていたりしてたの知ってるから」

(……なら話してやる。女がいかに恐ろしいかってな。奴らは俺の――)


 そのとき、扉をノックする音がし、クロウが声を掛けた。


「まだか?」

「今、行きます!」


 ヒカリは着替え終わり、布団を剥いでエクスレイドを腰に携える。


「みゅ!」


 アメノはジャンプして、ヒカリの肩に飛びついた。


「よし、一緒に行こうね」

(おい、俺の話は終わって――)

「お待たせしました、師匠!」


 ヒカリは、黒いコートの下に民の服を着た状態で、クロウと共に裏門へと向かった。


 裏門から迂回し、城下町の入口に辿り着いた。やはり、人で溢れ返っている。年に一度の帝国祭なので、どこもかしこも賑わっていた。城門広場には屋台が出ており、服装や装飾品のお買い物や、洋風の食事を楽しめそうだ。

 好きな人とのお出掛けに、ヒカリの頬は緩んでいた。先ほどの妄想みたく一対一ではないが、これもデートに入るだろう。民に面が割れているウィルとクロウは、帽子を目深に被っている。眼鏡をかけて髭をつけ、王子と従者とは思えない完璧な変装だ。


「皆、楽しそうだね」


 ウィルは、久しぶりに城下町を歩く。第一王子という立場だからか、民の楽しそうな様子に安堵している様子だ。彼の前をクロウが歩き、周囲を警戒しつつ、人を掻き分けてウィルが歩きやすいよう道を作る。ヒカリは、ウィルの後ろをくっつくようについていく。距離の近さに鼓動が鳴り止まないが、これ以上離れてしまうと見失いかねない。


「人多すぎだろ……おえっ……」


 エクスレイドが今にも吐きそうな声音で、愚痴を溢す。ヒカリが答えようと下を向くと、ウィルとヒカリの間に人が割り込んだ。


「あっ……」


 すかさず、ウィルが人の横から、手を伸ばした。


「腕を掴んで」

「は、はい!」


 ヒカリはウィルの腕を掴み、彼の力に引き込まれるように人を退け、二人の距離が縮まる。腕を差し出してくれたことに、ヒカリはときめいた。


「あの、ありがとうございます」


 頬を染めたヒカリは、俯きながら礼を言う。


「いいよ。……腕、いいかな」

「あ、すみません!」


 ヒカリは腕を離した。そのとき、ウィルの黒い手袋を嵌めた手が視界に入る。欲を言えば、もう少し掴んでいたかった。


(手、繋ぎたかったな……)

(ゴリラ女子が手を繋いだら、あいつの手、握り潰されるだろ)

(エクスレイドも握り潰しましょうか?)

(や、やめろ!)


 心の中で漫才のようなやり取りをしていると、胸元に隠れているアメノが、ひょっこりと顔を出した。


「あち、みゅ!」

(あっちに何かあるってよ)


 アメノの視線の先には、薄暗い路地がある。そちらを見ているうちに、前を歩いていたはずの二人の姿が消えた。背伸びをしても、どこにいるか検討がつかない。

 ヒカリは、迷子になった。とりあえず、二人を探す為に歩こうとした。しかし、アメノがどうしても気になるようなので、人混みの流れに逆らって路地に辿り着く。その先に、地面に座り込んだお婆さんがいた。

 民が困っているなら、それを助けるのも武官の役目なのかもしれない。そう考えたヒカリは、思い切ってお婆さんに話しかけた。


「どうしたんですか?」

「なに、そこの溝に屋台の車輪が嵌ってね。どうにも動かないのさ。お店を出す予定だったんだけどねえ」


 お婆さんが指した先に、傾いた屋台がある。手で押しながら移動できるタイプのものだ。調理器具を積んでいることから、食事を出すつもりだったらしい。そこには、帽子を被った青年がいて、屋台を観察している。


「シュウさん、いいよ。せっかくの帝国祭なんだ、私に構わず楽しんでくるといい」

「……俺、おばさんのオムライスが食べたいから」


 シュウと呼ばれた青年は、ヒカリを見やる。


「あんたも手伝って」


 ヒカリが近寄ると、シュウは眉間に皺を寄せる。


「お、怒ってる?」

「怒ってない。これ、癖だから」


 よく見ると端正な顔立ちをしているシュウは、地面と屋台の隙間に手を入れる。屋台の下部分を掴み、ぐっと持ち上げようとするが、屋台はびくともしない。ヒカリも同じように、屋台に手を添える。


(お前ならいけるだろ)


 エクスレイドが余計なことを言った。だが、それは正論だ。もっと力を出せば、溝から抜け出せそうだ。しかし、力持ちだとは絶対にばれたくない。

 ヒカリは周囲を見回した。シュウとお婆さん以外の人は、見当たらない。大通りを歩く人々も、路地を覗く者はいないようだ。それを確認すると、ヒカリは隣にいるシュウの手元を見つめた。シュウが力を入れるタイミングで持ち上げれば、知られることもないだろう。


(……今だ!)


 ヒカリは力を込めて持ち上げた。


「え?」


 思わず言葉が出たシュウは、軽々と屋台が持ち上がったことに驚く。全身の力を込めてもびくともしなかったのに、今は羽のように軽い。

 溝から屋台を出した二人に、お婆さんが驚いて駆け寄る。


「まさか、出せるとは思わなかったよ。ありがとう、お二人さん」


 お婆さんがしわくちゃの笑顔を見せるので、ヒカリも笑った。一方、シュウは眉間に皺を寄せながらヒカリを見据える。すると、ヒカリからお腹が鳴る音が聞こえる。ヒカリも驚くと、その正体はアメノだった。胸元から顔を出したアメノは、じっと屋台を見つめる。どうやら、お腹が空いていたらしい。


「あらまあ、可愛いねえ。そうだ、オムライスを食べていって。今作るからねえ」

「うれち、みゅ!」


 アメノの姿に驚きながらも、お婆さんは調理の準備にかかった。この国の人間は、アメノがどんな生物なのかを知らないらしい。シュウも、アメノをじっと見つめている。


「なんで此処に……」

「アメノを知ってるの?」

「知らない」


 ぶっきらぼうに答えるシュウは、屋台に備え付けられていた椅子を二つ取り出し、座った。用意してくれた椅子にヒカリも座り、お婆さんがオムライスを作る過程を覗く。そういえば、お母さんも作ってくれたことがあると、懐かしむように思い出した。だが、今も元の世界に戻る気はない。戻ったって、ヒカリに居場所はないのだから。


「お待たせ」


 卵がふわふわのオムライスは、優しい味がした。おかわりしたくなるほど美味しい。アメノも小さなスプーンを手に、息を吹きかけて冷ましながら、少しずつ食べている。幸せそうな表情に、ヒカリも安心する。


「最近、この辺りはどう?」


 シュウは食べ終えた皿を渡しておかわりを頼むと、お婆さんに聞いた。ヒカリも初めて城下町に来たので、普段の城下町がどのようなものなのか興味がある。


「そうだねえ、不思議なことがよく起きているよ」


 お婆さんは手際よく、フライパンに溶いた卵を広がらせる。


「兵士に連れて行かれる人間は、大抵が悪さをした人間だろう? なのに、罪を認めない人間が多くてねえ。最近は特にそうだよ」

「そう。他には?」

「あちこちで魔獣が出ているねえ。辺境の村なんかは壊滅寸前さ。ウィル様以外、誰も動こうとしないからねえ」


 ヒカリは、魔獣から町を救ったことを思い出す。確かウィルは、誰も動かないのは事情がある、と言っていた。そこでヒカリは、自分が迷子になっていたことを思い出す。もしかしたら、ウィルとクロウが探しているかもしれない。


「あ、すみません、もう行きます」


 アメノが食べ終わったので立ち上がると、お婆さんはにっこりと笑った。


「また食べにおいで」


 ヒカリはお婆さんとシュウに頭を下げると、大通りへと戻って行った。お婆さんは、ヒカリの後ろ姿を見つめるシュウに、オムライスが乗った皿を渡す。


「役に立つ話がなくて、ごめんなさいねえ。でも、シュウさんが探している人、見つかるといいねえ」

「……ありがと」


 シュウはスプーンを片手に、オムライスを口に放り込んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ