重陽の節句
「今日はちょっと特別なことしてみない?」
急に彼女がそんなことを言い出すので、ボクは飲んでいた日本酒から口を離した。
「もう充分に特別じゃないか。珍しく君が日本酒なんて出して」
しゃらしゃらと、鈴のように彼女は笑う。
「菊の花を買ってきたの」
ふうん?
それで君から花の香りがしていたんだね。
「この花びらをお酒に入れるんですって」
言いながら彼女は白い指で菊の花びらをつまみ、ボクのグラスに入れていく。
おやおや。そんなに入れたら、肝心のお酒が飲めなくなってしまうよ。
「それからね」
今度は葉をちぎってボクの額に押し付けてくる。
「おでこに当てると、熱が出ないとか」
そんなに強く押し付けなくても…。少し痛いよ。
「まだあるのよ」
そうか。まだあるのか。
つい苦笑いをしてしまう。
「これをお風呂に浮かべると、心が綺麗になるの」
はいはい。わかったわかった。
「もう終わり?」
「うん」
勉強熱心なのは良いことだけれど、惜しいなぁ。
「ひとつ忘れているよ」
花束から一本を手折って、彼女の髪にさしてやる。くすぐったそうに彼女は肩を上げた。
頭をひとつ撫でて、そっと頬に手を当てる。
「花は愛でないとね。妖精さん」
やはりくすぐったそうに彼女は笑った。