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悪役令嬢のままでいなさい!  作者: 顔面ヒロシ(奈良雪平)
夏――ブルーの空の下で
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☆87 クラスマッチ (2)


 昼食を終えると、辺りは一斉に慌ただしく残りのトーナメントを消化し始める。憮然としている松葉は自分のクラスに戻らずに、希未の試合の応援をしている私の傍にくっついていた。

柳原先生は審判の交代の時間が来たといってふらりと立ち去ってしまい、重箱を片付けた遠野さんは何故か文庫本を片手に持って、私の隣に控えている。


「ねえ、月之宮さん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 不意に声を掛けてきたのは、さっき私と同じチームを組んでいた女子バレーボール部のクラスメイトだった。勝気そうな眉と瞳を持った、ベリーショートの子である。


「……何かしら?」

「前から聞きたかったんだけど、月之宮さんってあの白波と友達なの?」

「……え~と……」

 ずばりと斬り込まれたのは、白波さんとの今の関係だった。どう答えたらいいものか分からずに、返答に窮してしまう。


「……月之宮さんが、白波と、友達だなんて……あるわけないじゃない」

 私の代わりにそう答えたのは、なんと遠野さんだった。毒を含んだ言葉に、女バレのクラスメイトは口端をつり上げた。


「やっぱりそうだよね!」

「……白波は、月之宮さんと同じ部活ってだけだよ」


「つまり、ただの顔見知りってことか! そのわりにはよく一緒に行動してるから確認してみたんだけど……」

「……あれは、白波が勝手に話しかけてるだけ。月之宮さんは優しいから」

「へー、ふーん。そうなんだ」


 うわわ、遠野さんが饒舌に話している。当たらずといえども遠からず……というか、私が優しいかはともかく、その内容はほぼ事実を言い当てていた。彼女を静止しようかと思ったけれど、その前に、女バレのクラスメイトは不敵に笑った。


「それなら、別にそれでいーんだけどね」

 そう言うと彼女は、くるりと踵を返して走り去った。視線を上げると、2、3人の女の子グループに合流していくのが見えた。その面々をよく確認してみると、彼らはいかにも体育会系のイジメっ子達で、私はなんだか嫌な予感がした。


「遠野さん、あの人たちって……」

 指差して訊ねると、遠野さんはこくりと頷いた。


「……私、白波さんのことはあんまり好きじゃないから」

 文学少女・遠野ちほはとても正直だった。いつも自分の気持ちを誤魔化している私とは違って、清々しいくらいに正直者だ。


「………………」

 それになんと返答すればいいものか沈黙していると、さっきまでふてくされていた松葉がオリーブ色の目をきらめかせてこう発言した。


「まあ、命がけで守って貰ったにしては、白波小春ってご主人様への感謝が足りないよねえ……」

「アンタが襲ってこなければ良かっただけじゃないの!この元凶が!」

「えー、ボク、そんなこと忘れちゃったなあ」


 松葉はニヤニヤと笑いながら、自分の腰に手を当てた。魔法陣の事件での犯人は、都合の悪いことは脳に留めておかない性質をしているらしい。


「……遠野さんって、白波さんのことがまだ嫌いなの?」

「…………嫌いっていうか……」

 黒い三つ編み姿の遠野さんは、それを触りながら呟いた。


「……なんか、実力以上にいい思いをしてるように見える。

……客観的に、だけど、なんであの子がこの学校に入れたのか訳が分からないのが、ちょっとウザイ」

「いくらフラグメントったって、この学校って一芸入学はできないもんね!」

 合いの手を入れるように、松葉が深く頷いた。


「……そのフラグメントって特長だって、凄いのは白波さんに力を分けた神様の方だと思う。白波は全然凄くないし……」と、遠野さんがボソボソ喋る。

「それは言えてる」と、松葉。


 私はため息をつく。

いくら遠野さんと和解めいたものをしたといっても、まだ雪どけまではいかないようだ。この学校は進学校で、実力主義的なところがあるから仕方ないのかもしれない。

『こいつは、高校受験で脳細胞使い果たしたんじゃないかと俺は疑っている。どんなに頑張っても2教科までしか進まねーんだよ』って、鳥羽も言ってたっけ。

 そのセリフを思い返していると、体育館の中央から歓声が上がった。私のいるギャラリーから見下ろすと、鳥羽がシュートを決めたところだった。


黒いポニーテールが翻る。快活に、チームメイトへ笑顔が向けられる。引き締まった脚が、地面を蹴る――。

ぼんやりと鳥羽の試合を眺めていると、10分ほど経った後に、背後から誰かに抱き付かれた。


「八重~、あたし、負けちゃった~」

 4回戦まで勝ち進んでいた希未が、へへっと少年のように鼻をこする。明るく染めた茶髪のツインテールがくるりと揺れた。先週の土曜に、パーマをかけ直したらしい。長袖ジャージの上衣は腰に巻いてあり、それが独特なファッションに見える。


「お疲れさま。希未」

「ま~、我ながらここまで進めるとは思わなかったよ。みんな、卓球少女希未ちゃんって呼んでもいいんだよ?」

「あっそう」

 素っ気なく返事をした私は、にしし、と胸を張る希未の頭をはたく。


「八重が冷たいー」

「そうかしら? いつも通りだと思うけど」

「……さっきから、そんなに熱心に何観てたのさ?」

 希未がギャラリーの手すりに手をつき、階下を覗き込む。ぎくっとした私は、先ほどまで誰を眺めていたのかに気付かれることを恐れた。なんて誤魔化せばいいか、内心でパニックになっていると、希未が納得したように呟いた。


「ああ、東雲先輩を見てたんだ!」

「へ?」

 腕組みをして、次の試合までに待機をしている東雲先輩の人影を指差し、希未はにまっと笑顔になった。


「な~んだ。八重ったら、東雲先輩を応援したかったんなら、私の応援に来なくても良かったのに!」

「ななな、何を突然藪から棒に言ってるのよ!」


「ほらほら、卓球の試合も終わったし、こんなとこに引っ込んでないでもっと近くで応援しようよ! 鳥羽の応援には白波ちゃんが付いてるから、私たちは行かなくても大丈夫だからさっ」

「だから、それは誤解だって……」


「いや~、八重も乙女だねえ! こんな遠くからこっそり見てるなんて……」


 何度も訂正してるのに、勝手に盛り上がった希未は、強引に私の腕を引くと2階の階段を下りていく。振り払うこともできずに体育館に連れていかれた私は、何故か敵チームである東雲先輩の応援をすることになってしまった。コートの近くには、生徒会長のファンの女子が沢山見学していて、その密集した人ごみだけでも帰りたくなってしまう。


「栗村先輩、八重さまを勝手に連れてかないで下さい!」

 これまたついて来た松葉が文句を叫ぶ。遠野さんも側にいた。


「ちょっとどいてちょうだい! ほら、八重。最前列にいくよ!」

「そんなことしなくても……」

「応援ってのは、相手にも見えなきゃ意味がないって!」


 無理やりファンの女子を押しのけ、最前列に陣取った希未が偉そうにこう言った。ぐいぐい押し出された私も一緒のスペースである。周りに申し訳なくなった。

なんてアホらしい。

 三年生のチームは丁度試合の準備をしているところで、ストレッチをしたりしている。だんだん私の目が死んでいく中、私たちの存在に気付いて声を掛けてきた人物がいた。


「……あれ? 月之宮ちゃん等もオレたちの応援に来てくれたの?」

 キョトンとした那須先輩だった。彼も、バスケットボールを担当していたらしい。


「ええ、まあ……」

 なりゆきで。


「へー、自分のクラスの方いかなくていいの?」

「鳥羽のことなら、ほっといても勝ち上がりますって。那須先輩♪」

 希未が自信満々に那須先輩へ返答した。すると、那須先輩は苦笑いでこの他クラスから応援に来た女子を眺める。


「女の子の応援は悪い気がしないけど、これって自分への応援じゃないからなあ……」

 なんだか、とても複雑そうな顔をしている。


「じゃあ、私は那須先輩を応援しましょうか?」

 思い付きで口にすると、那須先輩は嬉しそうな顔に変わった。


「え?いいの? 月之宮ちゃん――」

――その時、那須先輩の後頭部にどこからか飛んできたバスケットボールが直撃する。勢いよくぶつかったボールは、体育館の床でバウンドした。

目を回した那須先輩に、冷やかな声が向けられた。


「そこの通行人A。八重をナンパしないで下さい」

 そんなセリフが辺りに響き渡った。

白金髪に、褪めたブルーの瞳。すらりと長身のモデル体型の生徒会長・東雲椿がふりかぶった態勢で立っていた。


「いった――!!」

「今のは天誅です」

 涙目になった那須先輩に、東雲先輩が淡々と言う。勿論、今の一撃は手加減されていたに違いなく、本気で当てられたら那須先輩の頭がスイカ割りのスイカのように弾けていたことだろう。


「別にいいじゃん! 東雲には、こんなに応援がいるんだから!」

「お前には、好きな女子がいたはずだろう。どうしてそこで八重をかっさらおうとするんです」


「だって、あいつは保健委員の手伝いに行ってるんだもん!寂しいじゃねーか! 爆発しろ!東雲!」

「だったら、八重以外の女子に応援してもらいなさい。いくらでも他にいるだろう」

「アンタの人望と一緒にしないでくれます!?」

 ぎゃあぎゃあ騒ぐ那須先輩と、冷淡に返す東雲先輩は、どうやら同じチームらしい。

そろそろ試合を始めまーす。と、審判の先生が声を出した。


 結局、私は最終試合まで東雲先輩の試合を見学する羽目になった。



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