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悪役令嬢のままでいなさい!  作者: 顔面ヒロシ(奈良雪平)
夏――ブルーの空の下で
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☆77 笹の葉さらさら (1)

自宅に帰ると、植木に水をやっている母がいた。

庭師も雇ってはいるのだけど、こうやって自分の手で植物の世話をすることが好きな母は、よく日本庭園やイングリッシュガーデンで時間を過ごしている。

それを眺めながら、なんとはなしに共に居た私に、母が突然あることを聞いてきた。


「そういえば八重ちゃん。後一週間だけど今年は七夕をやらなくてもいいの?」

そういえばそうだった。


「……そういえば、後少しで七夕じゃないの」

「やるんだったら、使用人の皆さんに頼んでおかなくちゃいけないわよ」


どうしよう。

呪術に関連がある月之宮家では毎年欠かさずに七夕を行っている。

大きな笹をわざわざ山から調達してもらって、そこに折り紙で作った飾りを沢山飾るのだ。

だが、今年は我が家にいる陰陽師は私だけになっている。兄がいない以上、やっても空しいだけではなかろうか。


「……後少し、考えさせてちょうだい」

「あら、そう」

7月までもう少しで間があるため、考える時間をくれるように母に頼んだ。

近くにいた松葉が、「七夕、毎年月之宮家でやってるんですか?」と母に訊ねている。


「そうよお。おっきな笹をとって来て、豪華に飾り付けをするんだから」

母の返答に、深緑の瞳をくるんと動かした。


「それって、やっぱりご利益があったりするんですか?」

「八重ちゃんの毎年のお願いって、成績優秀じゃなかったっけ?」

まあ、ある意味叶ってはいるのだけど。鳥羽にしっかり負けている。


「もしも松葉が七夕をやったら、何をお願いするの?」

「そりゃ勿論、東雲消えろと八重さまが欲しいに決まってるでしょ」

母の前で堂々とそう言った松葉の頭をこづいてやった。


「ボクは正直なだけだもんね!」

「うるさい!」


私を手に入れようという野望をまだ持っていたのか!この駄式妖怪め!

この前、我が家のリビングのソファーでぐーすか寝ている光景は、我が家がこの式に侵略されたようにしか見えなかった。


「八重さま、大好きです!」

「どさくさに紛れて何を言い出すのよ!」

あらまあ、と母がくすくす笑い始めてしまった。


「仲がいいのね、2人とも」

「それは誤解よ!主と召使い以外の関係なんて何もないんだから!」

「ええっ八重さまヒドイ!」

嘆く松葉の足を踏んづけた私は、頬を赤らめて知らんぷりをしたのだった。





2日後、まるでこの会話を聞いていたかのように、放課後の部室に辻本君が笹を届けにやって来た。

笹といっても、3、40センチほどのこじんまりとしたものである。


「月之宮さんたちにどうしてもお礼がしたくて、もうじき七夕なので親戚から譲ってもらいました」

 近所のスーパーで取り扱いがないのに、どうしたのかと思ったらわざわざ取り寄せてくれたらしい。


「わあ!笹ですね!」

 白波さんがお目めを明るく輝かせた。


「七夕なんて、小学生以来です!」

「まあ、よっぽどのことがない限り、普段やることのない行事よね。笹も手に入らないし」


 希未が肩を竦めた。

我が家は毎年やっていることを言いにくい雰囲気だな~と思っていたら、鳥羽がこう言い始めた。


「……俺は小さい頃にやってたぞ」

「へえ、誰とさ?」

「毎年1人で」

「1人ってことはないでしょ。こういう行事に」

 必ず誰かがいたはずだよ、と主張した希未に対し、鳥羽はあくまで1人でやっていたことを強調した。


「誰かいたかもしれねえけど、覚えてねーんだよ」

「それって忘れてるだけじゃん」

 そう云われた鳥羽は首を捻った。


 辻本君が、「気に入ってくれましたか?」と何故か私に向かって訊ねてくる。

「ええ……手に入りにくいのに、わざわざありがとう」

 お世辞でも感謝を口にすると、彼はとてもとても嬉しそうに頬をゆるめた。


「あ~あ、八重にばっかりデレデレしちゃって」

「ち、違いますよ!これは月之宮さんをはじめとする皆さんへのお礼で!」

「否定しなくてもいいって。八重が綺麗なのは確かだもん」

「そ、そういうものですか……」


「こういうの、初めてじゃないんだって。本人は自分がモテることに気付いてないけど、けっこう人気があるんだよ」

「そういうものですか……」

「2人とも、何を話しているの?」

 突然ゴニョゴニョと会話をし始めた希未と辻本君の2人に、白波さんがキョトンとしている。


「こっこれは、別に!」

「まっ、勝算は低いけど頑張れば?私は生徒会長に一票」

「生徒会長までがライバルに!?」


 本当に付き合える望みが薄いんですね……と辻本君が肩をがっくりと落とした。

 私は顔を引きつらせている。というのも、こちらにバッチリ聞こえているからだ。

希未。あんたは中立だと思ってたのに、生徒会長押しだったのか。

松葉を勧められるよりマシだと思えばいいのか、アヤカシなのに推薦されても困ると突っぱねればいいのか。


 その点、辻本君はれっきとした人間であるだけ、これまでに言い寄って来た連中よりもまだマシかもしれないな……とかかなりヒドイことを考えてしまう。

まだマシというだけで、付き合う気は元からないのだけど。

私の縁談はどうせ親が決めることだから、それに従った方がいいと思うし。自分で相手を決めることは殆ど考えていない。


「っていうか、この笹ってオカルト研究会のみんなで使っていいわけ?」

 希未が突っ込んだことを聞くと、


「はい。いいですよ」と、辻本君が頷いた。


「その中には、生徒会長とか含まれているんだけど?」

「構いません。本当にこれはお礼の品なので、どうぞ使って下さい」

 なんて心の優しい人!

私の中の辻本君像が、その一色で塗り替えられる。


「でもこの笹って、みんなで使うには少し小さいかも……」

「白波!余計なことを言うなよ」

 鳥羽から妙なことを口走った白波さんの頭に拳骨が落とされた。

頭を押さえてうずくまった白波さんが、よろよろと用意してくれた水差しに笹を入れる。


「本当にこれはお礼なので気にしないで下さいね!」

 と念押しをしていなくなった辻本君に、感謝したい。

これで今年は七夕を我が家でやらなくてもよくなったからだ。


「全くお前って奴は……」

「ごめんなさい~」

 空気の読めなかった白波さんへのお説教を済ませた鳥羽が、財布を手に持って立ち上がった。


「俺、売店へ行ってくる」

「あ、私も行くわ」

 丁度お茶菓子に不足している頃合いである。


「八重が行くんなら私も行くっ」

「……え、じゃあ、私も一緒に行ってもいい?」

 部室の中に笹を置いて、みんなでぞろぞろと売店へ出かけていく。

 すぐ近くにある一階の売店に入ると、レジのおばちゃんが嬉しそうな顔をした。

 いらっしゃい。と言われる。


「この間、体重を量ったら、3キロ増えててさ~」

 置いてあったお菓子を品定めしていると、希未がポツリと呟いた。


「えっ、全然分からないわよ」

「見えないところに肉がついてるんだよ、これでも……」

 はあ、とため息をついた希未に、白波さんが自分のお腹に目をやった。


「……そういえば、最近、私も太ったかもしれません!」

「どこが太ったってのよ、くびれがしっかりあるじゃないのさ!」

「ええっ」

(希未に同感)

 私が希未の言葉に首肯すると、白波さんが困った顔になった。


「お前は運動しねーからデブるんだよ」

 ポテトチップスの大袋を手にした鳥羽が、厳しい一言を放った。


「これでも自転車通学だっての!」

「それぐらいじゃ足りねーくらい、いつもインスタント食品を食べてるじゃねーか。まさか、自宅でもそればっか食ってるんじゃねえだろうな?」

「…………ぎくり」

 鳥羽の指摘に、希未の目が泳いでいる。


「七夕の願い事は決まったな」

「はあ!?」

 それぐらいで痩せられれば苦労しないっての!と希未が抗議する。


「…………で、希未は何を食べたいの?」

「これがいい!」

 希未が掴んだものを見て、鳥羽が顔をしかめた。


「しっかり餡ドーナツを掴んでんじゃねーよ。油もんじゃねーか」

「栗村さん、太りますよ!」

「あーあー、聞こえない、聞こえなーい!」

 希未がこちらの腕にじゃれてくるので、私はそっと嘆息をすると、


「これぐらいなら、まあ、買ってあげるわよ」

「やりい♪」

「栗村を甘やかすんじゃねーよ、月之宮」


「他にも買うものは何?みんなまとめて奢ってあげるわ」

「……じゃあ、これもついでに頼む」

 鳥羽からポテチの袋を2つ受け取り、白波さんからはフルーツ牛乳を受け取る。希未からは餡ドーナツとインスタントラーメンを受け取ると、自分の分のバウムクーヘンと一緒に私は支払いを済ませた。

階段を上りながら、白波さんがおずおずとお礼を言ってくる。


「あの、ありがとうございました!」

「これぐらい、別にいいわよ」

 どうせ自分で稼いだ金だ。

使い道も限られているし、最近では通帳の金額を数えることもなくなった。


「本当に、ありがとうございました!」

「はいはい」

 至極適当に相槌を打ちながら、部室のドアを開ける。

冷たいドアノブに触れて、ぐるりと力を込めて押し開けると、自分の視界に唐突な違和感を覚えた。


「は…………?」

 目の前にどーんとそびえるのは、大きく、大きく瞬間的な短時間で成長した笹であった。

水差しに入っていたあの小ぶりな佇まいはどこかへと失せ、天井に頭をつけた笹のシルエットは堂々たるもの。



「……なんっじゃこりゃあ!?」

 私の心の声を代弁したかのように、鳥羽が叫んだ。



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