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悪役令嬢のままでいなさい!  作者: 顔面ヒロシ(奈良雪平)
夏――ブルーの空の下で
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☆76 情けは人の為ならず


 はてさて、登校。

白波さんは、今日も可愛い。


「月之宮さん、おはよう」と、ほっぺにえくぼを作った白波さんは、気に入ったのかハーフアップヘアをしている。


 私の隣の席にいた鳥羽は、流行りのゲームにハマったようで、朝からずっと休憩時間はゲームをやっていた。

その開発会社のドロップ社は、確か日之宮財閥の関連会社だったはずで、アヤカシを蛇蝎の如く嫌っている奈々子がこれを見たらどんな反応を示すのだろう。

 登校してから彼を見た瞬間、奈々子がくどいほど言ってきた「アヤカシに関わらないように」との文句が頭をよぎったけれど、それを押し殺して作り笑顔で挨拶をした。

 私の親友の希未は今日も元気一杯で、うっとうしいくらいにこちらに絡んでくる。

 眠気を覚えながらも、1日のスケジュールをこなすと、4人で第二資料室に向かって歩いていく。


 1人の男子生徒との出会いは、その最中に突然やって来た。


 出会いというよりは、その第二資料室へ繋がる別棟の螺旋階段の真下に倒れていたのだった。

頬がこけて、げっそりとした面持ちの黒髪の男子生徒がたった1人で、螺旋階段の真下に衰弱して昏倒していたのを私たちは発見してしまった。


「きゃあ」と白波さんが悲鳴を上げる。

「つつつ、月之宮さん!この人、死んでませんよね!?」


「安心しろ、白波。ちゃんと息はしてるみたいだぜ」

 鳥羽が倒れている人物の鼻腔を押さえてみると、ぷはっと昏倒人物は口を開けた。

よくよく観察してみると、それが誰なのかはすぐに分かった。


「……これ、辻本じゃないの?」

 希未がしげしげと眺めた後に、そう呟いた。

私の頭にもしっかり印象に残っている(その理由は東雲先輩が辻本君に化けていたからというものだけど)。

私は、辺りをきょろきょろ見回したけれど、私たちの他の人影はない。


「私たちの部室に運んであげましょうよ。近くに保健室もないし」

 そう口にすると、鳥羽が辻本君の腕を自分の首にかけた。すくいあげて、運んであげるつもりなのだ。

丁度売店の前あたりで倒れていた辻本君をひょいと担ぎあげると、階段を昇っていく。小柄な身体のわりに、アヤカシは力持ちだ。

 階段をどんどん上がっていくと、白波さんが開けた第二資料室に入っていき、そこの真っ黒なシーツの布団に辻本君を寝かせてあげた。

一体、どうして辻本君は行き倒れになってしまったのだろう。

何か体に悪いところでもなければいいのだけど……と心配していると、辻本君は十分くらいして目を覚ました。


「うう……ここは?」

「おはよう。辻本君」

 目覚めた彼に私が声を掛ける。


「ここは、オカルト研究会の部室よ。階段の下で倒れていたところをみんなで見つけて、鳥羽に運んでもらったの」

 鳥羽がゲームを中断して、こちらに視線をやってくる。

白波さんは不安げな表情になり、希未はやれやれと言わんばかりだ。


「どこか悪いところはない?大丈夫?」

「ああ、はい……いえ、ちょっとだけ喉が渇いたかも」

「喉が?」

 近くに飲み物ならあるけど……?


「図書館で勉強をしていたら、空腹になったことに気付くのが遅れて……。売店の前で目眩を起こしてしまって」

「あらま。食べ物だったら、こういうのでもいい?」

 近くにあったポテチを勧めると、辻本君の目が輝いた。

それを聞いた鳥羽は財布を掴むと、部室を出て行った。何か辻本君におごってくれるらしい。

白波さんは慌てて辻本君の分のお茶を淹れ、座っていた希未は頬杖をついた。




 しばらくして、鳥羽の買ってきた清涼飲料水を飲んだ辻本君は、脱水症状から回復をした。小腹を満たすために夕霧君のストックしていたポテチをすっかり食べてしまうと(後からその光景に直面した陛下は別段怒った様子もなかった)、ようやくよろよろと私たちに頭を下げてきた。


「こういうこと、よくあるの?」

 私が聞くと、彼は「燃費の悪い身体なんです」と返答した。


「何かに夢中になって没頭すると、身体のメンテナンスをすっかり忘れてしまって……、たまにこうやって倒れることがよくあるんです」

「まあ。それって心配だわ」

 私がそういうと、辻本君は顔色の悪い頬を赤く染めた。


「特に最近は、夢を叶えるために夜更かしをしていたら、勉強する時間がなくなってしまって……おっと」

 顔を赤くした辻本君が、うっかり口を滑らした。

それをすかさず聞き逃さなかった希未が、「夢って何?」と突っ込んでいく。


「ああ、しまったなあ。笑わないで下さいよ?」

「笑わないって、八重との友情に誓っても」

「じゃあ、いいですけど……僕、小説家になりたいんですよ」

 小説家に?

意外な言葉を聞いた私が顔を上げると、白波さんが「それってとても素敵です!」と言った。


「目指すのは自由だし、別にいいんじゃないの?」

といった希未に対し、鳥羽が「そんなに夜更かしして何を書いてるんだ?」と訊ねた。


「小説の設定集ですよ」

「新人賞とかに出す予定はあるの?」

 私が訊ねると、更に顔を赤らめた辻本君が、

「小説家になろうに投稿する予定なんです」と口を開いた。

「小説家になろう?」

 聞き覚えのない言葉だ。

 希未は知っているようで、「ああ、あのサイトのことね」と言う。


「何、それ?」

「そういう名前のサイトなんです。小説家志望の人間がこのサイトに小説を投稿して、広く世間に公開するんですよ」

「ああ、ネット小説のことね」

「ネット小説、と気軽に言うのは止めて下さい」


 辻本君が少し嫌そうな顔になる。

それに対し、白波さんが紅茶を辻本君に差し出しながら、「何か別の呼び方があるの?」と訊ねた。


「ネット小説ではなく、ストリート小説と呼んで下さい」

「ストリート小説ですって?」

 なかなかに斬新な提案をされた。


「ネットという名のストリート(道路)を通りすがる人にパフォーマンスをする小説の一形態です」

「それって、偉い誰かの提案なの?」

「いいえ。僕が勝手にそう呼んでるだけですけど」


「ようは、パクリの温床ってことだろ?」

 鳥羽の突っ込んだ発言に、


「パクリと簡単にいわないで下さい。せめて、オマージュや流行ものと」

辻本君が反論をする。


「何か流行ったりすることがあるの?」

と希未が言うと、


「昨年は悪役令嬢ものが流行りました。後は、チート転生系は未だに人気ですし……」

と辻本君が返答をする。


「……悪役令嬢ものって?」

 少々、ドキッとした私が訊ねると、辻本君が水を得た魚のようにこう応えてくれた。


「物語やゲームや漫画の悪役に転生してしまった主人公が、バッドエンドを回避しながら俺ツエーをしていく人気テンプレートですよ。最近では、そのテンプレから外れたものなども産まれてきていて、もう群雄割拠の状態になっています」

「ぐんゆーかっきょ?」

 白波さんが四文字熟語に頭を悩ませている。


「群雄割拠。多くの実力者たちが競い合っていることだ。白波」

 スパン、と白波さんの頭をはたいた鳥羽が訂正をしてくれた。


「そんなの習ってないもの!」

「習ってなくても知っとけよ。この私立慶水高校では常識だぞ?」

 2人の戯れる姿に、なんだかモヤモヤしたものが渦巻いてくる。


「テンプレもよく否定されたりするんですけど、それでも面白い物語を探していくときや検索にかける時にはテンプレが利用されていた方が楽だったりすることもあって」

「なるほどね。で、辻本はそのテンプレってやつを利用して何か書いているわけだ?」

「そうだといいんですけど……なかなか長時間悩んでも作業が進まなくって」

まだ、書きだすことができていないんです。と辻本君が苦笑した。




「……おや?」

 ドアを開けた東雲先輩が、不思議そうな顔をしてそこにいた。隣にいるのは松葉で、2人とも今ようやく授業の終わったところらしい。


「……ああ、どうも。こんにちは」

 東雲先輩に向かって頭を下げた辻本君に、東雲先輩も頭を下げる。


「今度、何かお礼を持ってきますよ」

 そう言って、第二資料室から立ち去った辻本君は、赤みの引いた頬をしていた。


「彼は、お客様でしたか?」

 辻本君が立ち去った後、東雲先輩が私たちに向かって問いかけてくる。


「ちょっとそこで、拾ったんですよ」

と鳥羽が言う。

まさしく、この場合は拾ったが正しい表現だろう。


「そうですか……」

「どうしたんですか?東雲先輩」

「いえ、彼、随分八重のことを意識していたようだったので」

 そんな、まさか。

苦笑した私が手を振ると、納得できなさそうな表情をしていた東雲先輩が頭を振った。



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