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悪役令嬢のままでいなさい!  作者: 顔面ヒロシ(奈良雪平)
夏――ブルーの空の下で
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☆75 心に釘を刺される




 私の部屋には、白い据え置き型のパソコンがある。

そのパソコンを操作すると、ウィンドウがチカチカ瞬いて、次第にテレビ電話(スカ○プ)の回線を接続してくれる。

 約束通りの時刻。約束通りの操作。

 ウィンドウに表示されたのは、海外のワンルームでソファに座っている義兄の姿である。

 義兄、月之宮幽司。長めの黒髪に黒い瞳。極々平凡な容姿をしている。

 今日の義兄は気に入っているショッキングピンク色のTシャツ、ブラックのパーカーにデニムのズボンを履いている。多分だけど、スニーカーはナ○キだろう。


『やあ、八重さん。元気そうで何より』

 飄々とそう言った義兄の態度にカチンとくる。


「元気そうで何よりですって?何よ、他人事みたいなことを言って!」

 思わず口をついてでた抗議に、義兄は肩を竦めた。


『だって、私にとっては他人事だもん』

「よくもそんなことを言えたものよね!自分だけ安全圏にいるからって、この薄情者!」

 その言葉に、兄はニヤニヤ笑った。


『式妖を1匹捕まえたんだって?』

「なりゆきでそうなったの!兄さんなら分かるでしょう?」

『羨ましいねえ、私も1匹くらいそういうのが欲しいよ』

「兄さんも殺されかければいいのよ」

 悪態をつくと、義兄は『うわあ、こわい、怖い』と言った。


『で、どういう経緯でそうなったわけ?』

「どういう経緯も何も……」

 どうやって説明したらいいのだろうか。

カワウソが私のことを好きだと言っていたことや、白波さんがフラグメントだったこと。天狗と私の共闘や、生徒会長の東雲先輩が助けに入ってくれたこと。

それらをなるべく分かりやすく説明すると、義兄が納得したように頷いた。


『なるほどね。道理ですっきりしたような顔をしているわけだ。くすぶっていた霊力を発散したね?』

「結果的にはそうなったけど、色々と大変だったんだから」

『フラグメントのことに関しては、要注意だね。今回だけでなく、アヤカシを惹きつける性質は変わらないわけだから……八重も関わるのをやめたらどうだ?』

「うっ」

 薄々思っていたことを指摘され、私は口ごもった。顔が引きつったのを感じる。


「やめようにも、やめられないわよ。今更……相手は私のことを友達だと思ってるわけだし」

 こちらとしても、ほんの少~しだけ、そういう意識が芽生えている。情も湧いている以上、ここで白波さんを見捨てるというのは選択肢にない。


『友達?そんな甘っちょろい言葉で八重さんは利用されるわけ?』

「利用するとかされるとか、そういうことを意識してできるような子じゃないわよ」

『へえ……、それは珍しい』

「私としては、早く兄さんに帰ってきて欲しいんだけど」

 義兄に弱音を吐くと、義兄ははあ、と深くため息をつく。それから、息を吸いこんでこう言いだした。


『雨にも負けずって詩、八重さんは知ってるだろ?』

「ええ。それがどうかしたの?」

『私、これ、ちっとも共感できないんだ――雨にも逃げる、風にも逃げる、冬の寒さにも夏の暑さにも逃げる、そういう男に私はなりたい』

 堂々たる逃亡宣言である。

 それを聞いた私の口元がひくついたのが分かる。

こいつ、帰ってくる気がまるでない。どころか、この状況を私に押し付ける気が満々である。


「お兄ちゃんの…………」

「……ばかぁあああああぁあああ!」

 思わず叫ぶと、義兄が腹を抱えて笑った。


『お兄ちゃんって、久しぶりに聞いたなあ!』

「そんなことどうでもいいでしょ、この卑怯者!非協力的人間!!」

『ボイスレコーダーにでもとっておけば楽しめたのになあ……』

「録音なんかさせるわけないでしょ!」

 こいつは何を言ってるんだ。人が困ってるときに!


『ああ、そうそう。言い忘れるとこだった』

「何をよ?」

『奈々子に、連絡しておいたから』

「……え?」


『だから、私の婚約者さんの奈々子に連絡しておいたから』

「ななななななななな、奈々子に?」

『そう。今度、お茶をしに行かせてもらいますので、その時にゆっくりとお話を伺いましょうとかなんとか言っていたけど?』

「な、なななんで、そんな余計なことをするのよバカ兄!」

 あの奈々子に連絡がいっていると聞いただけで、全身に震えが走った。


『だって、私はこうやって海外に居るわけですし?異変が起こったら日本にいる奈々子さんに連絡するのは当然のことだろう?』

「少しでも隠しておきたいこっちの気持ちはどうなるのよ!?」

 泰然としている義兄に、私は悲壮な声を上げる。

義兄の婚約者である日之宮奈々子とは、出来る限り会わないようにしておこうと思ったのに!

 とんだ計算違いに身震いすると、義兄がハッと笑う。


『いつまでも隠しておけることじゃないんだし、式妖のお披露目がてら2人でお茶でもすればいいだろう。向こうは八重さんのことが大好きなんだから』

「~~、それはそうかもしれないけど……っ」

 こちらとしては白波さん以上に苦手なのが問題なのだ。そのことをはっきりと表明できたらと思うけれど、それをする勇気なんてまるでない。

この2人が結婚したら奈々子も身内になるわけで、それを考えると波風はなるべく立てたくないのである。


『じゃあ、そういうことで。一週間後だからね』

 プツリ、と音をたててパソコンのテレビ電話が切られる。

電話も終わって、へなへなと椅子に座り込んだ私は、恨めし気に画面を睨んだままだ。


「鬼の奈々子がやってくる…………」

 勿論、比喩としての『鬼』である。本人に聞かれたら中々におっかないことを言いながら、私はパソコンを操作して、正式に通話を終了した。





 我が家のイングリッシュガーデンの薔薇は、まだほんの少しだけ残っている。そこに、テーブルと椅子、白いガーデンパラソルを設置すると、サンドウィッチとスコーン、パイや苺に紅茶を広げた。

土曜日の午後3時にやって来る訪問者の奈々子をもてなす為の準備をしていると、近くにいた松葉が不思議そうに尋ねてきた。


「八重さま、日之宮奈々子ってどういう人なの?」

 さっそく呼び捨てか。


「呼び捨てにするのは止めなさい。松葉」

「ハイハイ」

 ミネラルウォーターをお湯に沸かしながら、私はこう応えた。


「プライドの高い同い年の陰陽師仲間よ」

「八重さまとどっちの方が強い?」

「霊力が強いのは私の方だけど、あちらの方が色々と小道具を使ってくるわ……自称、陰陽師最強」


「へえ……、おっかないなあ」

「大丈夫よ。奈々子はアヤカシに容赦がないところがあるだけだから」

「ちょっと待って。お忘れでなければ、ボク、アヤカシなんだけど」

 松葉のツッコミを私は黙殺する。

これまでに式妖を持ったことがないので、奈々子がどんな反応をするか分からないのだ。


「それにしても、意外だったなあ……」

「何が?」

「ボク、八重さまって陰陽師仲間がいないと思ってたんだけど」

 この業界でもボッチに見えたということらしい。

失礼な。いくら私でも、1人くらいはそういう交流をとってる人物がいる。


「……まあ、奈々子とは同い年だから」

「同い年?」

「そうよ。同い年なの」

 そんな会話をしているうちに、お湯が沸いた。これで、お客様が来たときにもう一度沸かし直してもらえば、すぐに熱々の紅茶が飲めるといった寸法である。

 奈々子がやって来たのは、15時5分。

リムジンに乗ってやって来た彼女は、黒いロングヘアのヘアスタイルにいつも通りの和ロリを着ていて、足元は厚底ブーツを履いていた。隣には執事服を着た使用人を従えて、深めのバスケットを片手に下げている。


「お久しぶり。八重ちゃん」

 にっこりと満面の笑みを浮かべた奈々子に、こちらもぎこちなく挨拶を返す。

友達に会ったというよりも、要注意人物に会ったような心境になりながら、私は作り笑顔を装着した。


「久しぶり、奈々子」

「髪の毛、切ってしまったのね」

「ええ。もう随分前に」

 奈々子が指摘したのは、春に短くなった私の髪のことである。


「折角女らしくしてると思ったのに、勿体ない」

「だって、動きにくかったんだもの」

「どこのスポーツ少女の言葉よ、それ」

 その言葉を受けて、思わず押し黙る。すると、背後に控えていた松葉が、口を開いた。


「八重さまって、そんなに髪が長かったんですか?」

「……あなた、もしかして……」

 奈々子の視線が、松葉のミルクブラウンの髪や深緑色の目にいった。そして、おもむろにゴホン、と咳払いをすると、


「今は八重ちゃんと話しているの。アヤカシ風情は黙っててちょうだい」

と言いながら、バスケットから取り出した拳銃を松葉の方に付きつけた。

 さすがにたじろいだ松葉に、奈々子が悠然と微笑む。

拳銃のカラーリングはピンク色をしていて、ちょっと子どもっぽい見た目をしている。異装したものではなく、実物の拳銃である。


「高位のアヤカシに、銃はどこまで効くのかしら?ちょっと試してみたくない?」

「それは随分なご挨拶だね……」

 こいつに反撃しちゃだめ?と松葉の目が語っている。全く笑っていない。

 私は、首を横に振った。


「奈々子。……それは一応、私の式妖なんだけど……」

「あら、そうだったわね。何事も躾は最初が肝心っていうじゃない?」

 スチャッと音をたてて、バスケットの中に拳銃を仕舞いこむと、にこやかに奈々子は微笑んだ。


「なんだよ、この銃刀法違反女!」

「オーホッホッホ、何を言っているのか分からないわ」

「ちょっと、八重さまも何か言ってやってよ!」

 カワウソの抗議に、私は頭が痛くなりながらもこう呟いた。


「松葉。これ、いつものことだから……」

「いつものことなの!?怖いよ!」

 護身用との名目で奈々子が拳銃を持ち始めてから、早何年が経過したことだろう。警察に文句を言われても、日之宮財閥の名前で黙らせてしまうのだ。

その発砲歴が数えるほどしかないことに安堵するべきか、もしくは一度でも撃ったことがあることを嘆くべきなのかは分からないけれど……、


「少なくとも、奈々子はアヤカシ以外に銃を抜いたことはないから」

「ボク、アヤカシなんだけど!」

 松葉の懸命な抗議に、奈々子がポツリと言った。


「あら、手がすべっちゃったー」

 ――ガアン!!

松葉の足下の地面が衝撃でえぐれる。

もくもくと煙を立てているのは、奈々子の手にあるピンクの拳銃である。


「撃った!こいつ、今、ボクに向かって撃ったよ!?」

「もう一発、欲しいかしら?」

「要らないに決まってるだろ、このクソアマ!」

 松葉が八重歯を剥いて、叫ぶと。

奈々子はイライラしているように舌打ちをする。


「八重ちゃんを襲った挙句、ちゃっかり式妖に収まってるカワウソがでかい面するんじゃないわよ、このヤロー。事情はもう幽司さんから聞いてるんだからね」

「あ、そうなんだ」

 ちょっとホッとする。

一から話すことになるのかと思っていたものだから、もう義兄が先にそれを済ませておいてくれたことにだ。


「何が幹部候補生よ、こんな奴とっとと殺しちゃった方が世間の為よ」

「まあまあ、そう云わないで」

 ぎろり、と松葉を睨んだ奈々子はまだ認める気はないらしい。

松葉の方は、すっかり毛の逆立った猫のようになっている。アヤカシとしての本能が、奈々子を拒絶しているらしい。


「八重ちゃんも八重ちゃんよ。今回の件で、こいつを退治したお礼のお金を遠野さんとやらから受け取らなかったそうじゃない?」

 その言葉に、私はぎくりとした。


「大妖怪のカワウソ一匹の退治費がおやつ代だけだなんてとんでもない!そんなことがまかり通ったら、商売あがったりよ!

こっちは命かけてるのよ!」

と奈々子がべらべらまくしたてると、私は身の竦む思いになった。

 まったくもってその通り。

アヤカシを退治する業界にとっては、私のした事(ただ働き)は余りよろしくないことなのだ。


「八重ちゃんは忘れているかもしれないけれど、陰陽業はれっきとしたビジネスです!」

 お茶会の席についた奈々子は、焼き上がったサックサクのスコーンを手にとって、そこにたっぷりのバターと黒蜜をかけながらこう言った。


「はむっ」

 むぐむぐ食べながら、黒の瞳でこちらをしっかり見据えている。


「そりゃ、私も忘れたわけじゃないけど……」

 思わず頬杖をついた私。


「たまには、例外とかあってもいいかなって……」

「あまーい!!」

「え」

 ちっちっち、と人差し指を奈々子が振る。


「そんなことがまかり通ったら、こっちが迷惑を被るわよ!相場がメチャクチャになっちゃうじゃない!

こっちは命がけで商売やってるのよ!一生かけても返しきれない程の額をちゃんと請求すれば良かったのよ!」

「それはそうかもしれないけど……」

 心情としては、遠野さんに同情してしまったのもあるかもしれない。

春にカワウソにそそのかされて、魔法陣を描いてしまった遠野さんも、悪気はあったのかもしれないけれど、ここまでの大騒動になるとは予想できていたか怪しいわけで。

とまあ、なんとか遠野さんを庇えないか思考を巡らせている私に対し、奈々子はじろじろとこちらを上から下まで眺めた挙句にこう言った。


「相変わらず、八重ちゃんも貧乏ったらしい恰好してるわねえ」

「シックと言ってちょうだい」

 年がら年中特注のロリータ服を愛用している奈々子に言わせると、一枚1万円以上する私の服装は貧乏ったらしいの一言に尽きるらしい。


「もっと景気よくお金を遣えばいいのに」

「日之宮財閥の使い方は余り好きじゃないわ」

 無理して高いものばかり買うこともないじゃないか。

 父の金銭感覚に馴染んでいるこの身には、奈々子の生き方は少々けばけばしく映ってしまう。


「だって、こんな仕事をやってたら幾つまで生きられるか分からないじゃない。お金は生きてる間にしか使うことはできないのよ」

「…………」

 短い生を謳歌せよとばかりに金遣いの荒い彼女の言い分はこうだった。

それは間違ってはいないのだろうけれど、節約・節制を長年やっているとお金を使うことに対して面倒くささが先に立つ。

物を置く場所だってあるのだけれど、それでもなるべくスマートに生きていたいものだと感じてしまう。


「ましてや、あたしも含めて八重ちゃんだって家の存続の為にいつかは子どもを産まされるわけでしょう。勿論、人間の子どもよ」

「それくらい分かってるわよ」

 第二次世界大戦で過半数が減少した陰陽業界の人手不足を解消するためには、若い私たちの世代が、子どもを産まなければならない。

アヤカシとの恋愛が禁忌なのは、アヤカシの子どもが極端に生まれにくいことが理由にある。奈々子の言葉で、誰かさんのことを思いだし、少々胸に痛みが走った。


「国からの圧力もあるし、八重ちゃん。あたしたちはゴキブリのごとく繁栄しなくてはなりません」

「ゴキブリって……」

 他に例えようがなかったのか。


「だって、あたしたちの世代ではこの近辺の能力者は3人しかいないんだもの」

「兄さんと奈々子と私でしょ」

「その通り」

 奈々子が重々しく頷いた。

ふと視線を横に移すと、今までの話を聞いていた松葉がかなり不満げな表情をしていた。何が癪にさわったのかは分からないけれど、抗議したそうなオーラを発している。


「だから八重ちゃん。アヤカシと慣れあうのはほどほどにしてちょうだいね」

 はあ、とため息をついた奈々子はにっこりと笑顔になった。

「八重ちゃんはあくまでも人間で、あたしたちの仲間なんだから」


「……分かってるわよ。それぐらい」

 くどいくらいにこちらに念を押してきた奈々子は、2時間ほど滞在していなくなった。奈々子を乗せたリムジンが走り去ると、近くにいた松葉がポツリと言った。


「八重さまはボクと奈々子って奴と比べたら、どっちが大事なの?」

 そりゃあ勿論……、


「人間の奈々子を優先するに決まってるでしょ」

「あっそう。じゃあボク、奈々子は嫌いだね」

 車の走り去った方向に舌を出した松葉は、何故かは分からないけれど深緑の瞳に怒りをたたえていた。




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