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悪役令嬢のままでいなさい!  作者: 顔面ヒロシ(奈良雪平)
番外・失夏――恋する始まりのフォアシュピール
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☆64 初恋 (1)

 4月18日。初めてのことだった。東京、名古屋、神戸に敵国のB‐25爆撃機により空襲があった。


 太平洋沿岸で、日本の哨戒船に見つかったアチラの機動部隊は、攻撃時間を前倒しにして空母ホーネットから飛行機を発進させたらしい。

首都の上空から大井や荒川、王子区などに焼夷弾がばらまかれ、火災が発生し電機工場がやられた。

 参謀、月之宮一守が占術で予知した敵襲の時間から、大幅なる誤差がでた。

 軍が用意してあった高射砲はうまく当たらず、空襲警報が発令されても、人々は虚をつかれて飛行機の胴体を見上げていたと聞く。

 東京の死者は、39人となった。




 ――数日たってから現場にやってきた一守は、軍のブーツで地面に落ちていたトタンを蹴飛ばした。……パカン、と音が鳴って転がったそれは、元はどこかの倒壊家屋の一部だろう。


「……兄さん。今度の空襲がいつ来るのか、もう、この先をあなたは知っているのですか?」

 黒焦げになった道路で、信次が黙祷してから言った。

 一守は、帽子を深くかぶり直す。


「……二年後だ」

 二年後に奴等はまた、この空へとやって来る。





 月之宮家の敷地は広い。

 屋敷の塀の中だけでもかなりの面積があるので、青火は、そこを畑に変えてしまおうと計画を立てた。軍人の家の庭に、野菜泥棒に入る不届き者はいないだろう。


 使用人と相談して潰すことになったのは、芝桜の花畑だった。植木を引っこ抜くより、手間もないと見込んだのだ。

 花畑がカボチャや芋畑に変身してしまうことに、うろたえたのは千恵子と使用人だけだった。月之宮家の人間は、全員が美しいお花より焼イモの方が好きである。 それが大きくて甘ければ、尚よろしい。


 つくづく、彼らは野武士並みの精神構造をしていた。


 青火はイノシシを狩ったことはあるが、くわで畑を耕した経験は遥か昔のことである。この時代の農法にも詳しくないド素人だったので、一から本で勉強して、畑を作っていくことになった。


 さてと。

ようやく春がやってきたので、青火が整地しようとピンクや白色をした芝桜をヘクタールで軽く燃やそうとしたら、居合わせた庭師に泣かれた。


『他家にお譲りしますから、ちゃんと株分けしてください!』と叫ばれた青火は、久しぶりに誰かに怒られるということを経験した。……灰にすれば、いい肥料になると思っていたなんて、とても言い出せない空気であった。


 そうした経緯で、青火と月之宮家の人間は畑作りをしたかったのに、毎日延々と芝桜の株分けをすることになった。

 広大な花畑にわんさか生えている園芸植物にかなり忌々しくなった。

 聞けば、北米からやってきた品種だという。

ちょっとコイツ枯れてくれないだろうか?とまで考えたのだが、朝に対面すると必ずチクチクした葉にのった朝露が輝いているのだ。

もう水もくれてないはずなのに、月之宮家の芝桜たちは生命力が強かった。


 ……さてこうなってくると、狐の3月はカボチャの種を蒔きたいのか、芝桜の花屋をやってるのか分からなくなった。やけに上達してしまったのは移植ゴテの扱いだ。

 ……いや、これでは花屋ですらない。

 芝桜が沢山ありすぎて完全に売るに困る状態だった。

唯一の救いは、花好きな人々に無料であげたら喜ばれているところである。

庭師に気を遣いまくった結果、全ての芝桜を撤去するのに2週間以上かかった。



 さてようやく花本体がなくなったので、土に残った根をちょっと焼き払い、くわで畑を耕しにかかった。……すると、中くらいの石がゴロゴロと出てきた。

 どこのどいつだ、庭作りに横着したのは!?

 どうもこの地中の石、花の生育に問題がないので放置してあったらしいのだが、庭師によるとこれから大根などの根菜を育てるには邪魔になるということで、今度は、シャベルで畑を掘っては石を取りのぞき、掘っては取りのぞきの繰り返しになった。

 これには参った。

 気長な一守や信次は畑をやってる暇がないため、残った若者の三津、四津、五季が主に作業しているのだ。この3人の共通点は、不器用で飽きっぽい脳筋という点である。

 とくに、双子は芝桜の株分けの時点でうんざりしていたので、何度もばっくれようとした。それを連れ戻す青火の目が死んできた頃、ようやく畝をつくって野菜の種を蒔いた。サツマイモの苗は、5月に植え付ける予定だ。



「――おい五季。お前、また畑にいたのか」

 呆れ声を出したのは、工場の手伝いから帰ってきた双子のうちの1人、三津だ。汗だくな彼は首にタオルをまいて、腕はまくっていた。転がしてきた自転車をおいて、こちらに歩いてくる。

 雑草を小まめにむしっていた五季が、その声に顔を上げた。


「なんだ、兄者か」

 土で汚れた弟の姿に、遅れてやってきた四津が笑った。

「こんなに畑ばかりやって、オレの弟は農家になるつもりか?お前、うちの家業を忘れたわけじゃないよな?」

「……別に、農家になるとはいってないじゃないか」


 からかわれた五季は顔をしかめると、立ち上がって膝を伸ばした。手のひらやズボンについた土を、パッと払いおとす。

「雑草のせいで枯れちゃったら、このカボチャが食えないだろ」と言った。


 その言葉に、双子は怪訝な顔になった。

「なあ、四津。カボチャってそんなに繊細な植物だったか?」


「育ててる友達に聞いたら、半野生化するから、水さえやっときゃどーにかなるって言ってたぜ?」

「だよな。オレも、肥料くれすぎると他の野菜の土地に侵略してくって聞いたわ」


 2人の中では、カボチャはふてぶてしい印象がある野菜だ。痩せた土地を好む辺りも、それに拍車をかけている。


「芽が出てすぐなんだから、様子を見にきて当たり前だろ!鳥に食べられるじゃないか!」

 五季が叫ぶと、

「どうやって防ぐんだよ。んなもん」と三津。

「番犬ならぬ、番狐さまがいるから大丈夫だって。カラスも頭がいいから、青火さんの畑には近寄ってこないさ」と四津が小馬鹿にしたように言うと――なにやら背後から冷気が漂ってきた。


 ぞくり、と身震いした彼らが振り返ると、そこには、夕方の水やりをしていた青火が立っていた。緑色のジョウロを持って、洋服に長靴を履いていた。

 青火があんなに嫌っていたズボンだったが、着物よりは格段に農作業がしやすかったので、渋々ながら作業着として着ることが多くなっていた。これがまた金髪によく似合いすぎて、どこからどう見てもアメリカの農民のようになっている。


「……僕をイヌ呼ばわりしたのは、四津。お前か」

 冷気の発生源である青火が、かなり不愉快そうな顔をしていた。

その存在に気が付かなかった四津が、半笑いで冷や汗を流す。うわー、と引いているのは、三津と五季だ。


「あ、青火さま。いいい、いつからそこにいらっしゃいましたので……?」

「ずっとここで、水やりをしていた」

「ははは、そうですか……」

「お前が僕をどう思っているのかは、よーく分かった」

 やさぐれた青火は、眉間にシワを寄せている。その機嫌の悪さが伝わってきた。


「工場の手伝いから上がったのか」

と青火が腕組みをして訊ねると、

「おう、今帰ってきたとこ」

 三津が、にかっと笑った。指の爪には黒い汚れが入りこんでいる。


「兄貴たちは、今日も帰ってこないのか?」

「……同じ屋根に暮らしてるわけでもないのに、僕がそこまで知ってるわけないだろ」

 いくら月之宮家への口出しが多くとも、青火は社で一人暮らしをしているのだから。

 その答えに、三津は深くため息をついた。


「そりゃそうだよなー。

いくら軍事機密が多いからって、最近の一守サマと信次サマは隠し事が多すぎるぜ。家族なのに、どんな日程で働いてるかも分かんねーもん。

……いくらオレたちが馬鹿だからっていっても、ちょっとなあ?」

 未成年者である彼は、ここの所くすぶっている。プリンス・オブ・ウェールズを沈めた海軍の活躍を聞いて、若者らしくうずうずしているのだ。


「馬鹿っていうより……。オレらは、軍にとって無能だと思われてんだよ。優秀なる兄貴に仕事が集中してんのはそのせいさ」

 四津までため息をついた。


 いざ英雄になると一言でいっても、戦争で剣を振って活躍できた時代はもうとっくに終わっている。軍隊によって重視されているのは、敵の動きを先読みできる占いと、嫌がらせできる呪いだ。

 これは悩ましいことに、双子や五季が訓練をサボりまくった分野である。積み重なるべき土台から存在していなかった。


「今の一兄と次兄が忙しいのって、俺が無能だったからなのか!?」

 五季が驚くと、


「あ、オレたちはともかく、ここにバカが1匹いたわ」

「……全世界が五季みたいなバカだったら、幸せに暮らせそうだなー」

 末弟の鈍感さに、双子が呟いた。


 青火も言葉に窮してしまい、少し顔を背けた。

軍人を目指したのは一守と信次の意思だったので、あながち五季の頭の出来のせいにはできないのだが……。


「……お前たちは、お前たちにできることをやればいいだろう」

 散々考えた挙句、狐神の口から出てきたのはこんな言葉だった。

 いつになく優しい声色だが、眼が泳いでいる。


「できることってなんだよ?」と三津。

「畑作りは、もう終わったじゃん」と四津。



 素直な五季は、ハッと顔を上げた。

「そういえば! 俺、どうやったら一守兄さんのように未来が視えるのか知らない!」


 双子も、それを聞いて目を丸くする。

「そういえば、オレも未来視までは修行してねえや。いつも居眠りしてたから、説明された内容みんな忘れちまった」

「オレも同じだ。辻占いとかで練習しろって云われたけど、その辺りの民家の夕飯の献立しか分からなかったぜ」


「おい四津。それは、においを嗅いで帰ってきただけじゃないか」

「あれは多分、肉じゃがだったと思うんだけどな」


 彼らの目は次第に輝いていく。その視線は、長生きな狐神の方にしっかり向いていた。期待が込められた表情に、青火はちょっと面倒事の予感がした。


「……なんだ」

 青火がおざなりに言うと、五季がヒマワリの花のように笑った。


「なあ、未来の見方を教えてくれよっ!青火さまなら、やり方を知ってるだろ?」

「それがやりたかったら、地道に修行しろ。いきなり最高難度に挑戦して何になるんだ」

「でも、知ってはいるんだろ!?」

「それは確かにそうだけどな――」


 渋面を浮かべた青火が、ジョウロと長靴を片付けようとその場を立ち去ろうとした時だった。ニヤリと笑ったのは三津だった。


「――へえ、オレたちにウマく教える自信がないんだ?」

 青火の眉尻がぴくりと上がった。


「……そんなわけがあるか」

「じゃあ、教えてくれるよな?」


 ……コイツ……。

 不敵な三津を目にして、自尊心を刺激された青火は吐き捨てた。

「……いいだろう。教えてやるが、やれるもんならやってみろ!未熟者には未来なんか予見できないってことを教えてやる!」


 そう啖呵たんかを切られて、三津は黒く笑った。

 ――ちょろい。




【参考資料】


『グラフィック・レポート 東京大空襲の全記録』石川光陽・森田写真事務所編 (岩波書店)

『http://tamutamu2011.kuronowish.com/hatukuusyuu.htm』


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