知るトキ
初雪は、紗奈に教えてもらった通りの住所を目指して歩いていた。
「ここだ……」
初雪が顔を上げると、そこは閑静な住宅街の中に建つ、とても上品で大きな家だった。外からは、しっかりと根を張ったハナミズキの枝が綺麗に伸びているのが見える。
ろくちゃんの家って、こんなにお金もちだったっけ……?
初雪はメモを握りしめたまま首をかしげた。
よく見てみると、その家の表札には「真咲」と書いてある。
「真咲」?どうして……。ろくちゃんの名字は「斎藤」だったよね?やっぱり、この住所間違ってたんじゃ……。
初雪はがっくりと肩を落とし、間違いだと思い込んだままその場から帰ろうと後ろを向いた。
その時――
「どなたですか?」
目の前に、小柄で優しそうな様相の可愛らしい女性が立っていた。年はまだ三十代後半といった所だろうか。
「うちに、何か御用ですか?」
その女性は、朗らかに笑いながら応対してくる。
初雪は変にあたふたとしてしまい、何と言って説明していいのか分からずただ、あ、え、えっと――などといった意味のない言葉を口にするだけだった。
「……もしかして、初雪さん?」
と、窺うようにその女性が初雪の顔を覗き込んでくる。
「えっ――、どうして私の名前……」
「やっぱり!待っていたのよ」
そう言うとその女性は初雪に抱きついて来て、力いっぱい抱きしめてくれた。
「あ、あの……?」
初雪はどう反応していいのか分からず、ただ立ち尽くすだけだった。すると、その女性はゆっくり初雪から離れ、涙ぐみながら初雪の頬に手を添えた。
「急にごめんなさいね。あなたがやっと会いに来てくれたことが嬉しくて……。話さなきゃならない事が、たくさんあるの。家に上がって行ってくれる?」
その女性は、初雪の頬に手を添えたまま、優しく笑った。
初雪は何だか断ることが出来ず、言われるがままに家の中へと入ることにした。
中はとても広く、一つ一つの調度品がその場にとても似合っており、品があった。初雪は広々とした廊下を抜け、一層工夫されつくしたと思われるリビングへと通された。机はガラス製で、けれどもその中に、可愛らしく色とりどりの花が画かれている。天井は吹き抜けで、外の光が上手く射し込むことのできるようにそこもまたステンドグラスで各所埋められていた。品良く吊られているシャンデリアは、白一色のチューリップ形をした華やかな想定だった。高そうな棚に並んでいるのは全て高そうなウイスキーなどのお酒類。近づくことも危惧してしまいそうだ。進められたクリーム色のソファに身を預けると、あまりのその柔らかさに思わず声が出てしまったほどだった。
ふと見回すと、この家の家政婦さんらしき人がカップを手に歩いてくる。
「どうぞ。紅茶でよかったかしら?」
初雪を誘った女性が目の前のソファに腰をおろして訪ねてくる。
「お砂糖は?」
「あ、いえ、大丈夫です」
初雪はわたわたと手を振った。あまりにも場違いな気がしてたまらなかったのだ。
朗らかに砂糖を手にするその女性は、本当に可愛らしかった。フワフワの髪は、肩の上で綺麗に切りそろえてある。とても品があるのに、それを主張してはいない。それなのに、その人が持つ雰囲気はどこか初雪を緊張させた。
「緊張しないで。別にとって食おうなんて思っていないのよ」
と、女性はクスクスと可愛らしく笑う。
「で、でも……」
「あなたを無理にお誘いしたのはこちらなんですもの。楽にしてくださってかまわないのよ?」
「む、無理にだなんて、とんでもないです。ただ、どうして私の事を……」
初雪は両手を握りしめて真剣な瞳をして顔を上げた。
「そうね。その話しをするために来てもらったのだもの」
その女性は急に悲しみの表情を見せると、目を伏せて紅茶をスプーンでかき回しながら話し始めた。




