決意のトキ
「で、授業を忘れるほどいったい何を考えていたのか教えてくれる?」
午前中の授業が終わってやっとのお昼休み。紗奈は待ってましたとばかりにサンドイッチをほお張る初雪に詰め寄った。
「……それ、言わないとダメ?」
「誰のおかげでノート取れたと思ってるの?」
――そう、紗奈が初雪を現実に戻していなければ、初雪は授業を全く聞かないまま終わらせてしまっていたかも知れないのだ。それだけでなく結局、板書が間に合わず、紗奈にノートを貸してもらうことにまでなってしまっている。
「それを言われると何も言えないんだよね」
初雪は苦笑いを浮かべながらも諦めたように緑の話を話し始めた。
話し終えたときにはすでに午後の授業が始まっていて、少し焦ってしまう。
「あ、やばい!紗奈、次授業あった?」
「何言ってんの、私たちは次の時間授業ないわよ。それよりも今の話聞いてて思ったんだけど、その約束したのって五歳の時だったんでしょ?覚えてないんじゃないかな――普通は。だって再会したのってそれから九年近くも経ってたんでしょ?」
紗奈は不思議そうに首をかしげる。
「ううん……。確かに約束をしたのは五歳の時だけど、それから小学校四年の時までは同じ学校で同じクラスだったんだよ?本当に、いつも一緒に居たんだから」
初雪は食堂の椅子の背もたれに深く体を預けてふて腐れた。
「どうして四年生までなの?」
「ろくちゃんの両親の転勤で、その頃聞いた話しだからどこかまでは忘れたんだけど、県外に引っ越しちゃったの」
「県外……」
初雪は緑が自分たちの町を出て行く時、緑の前で思いっきり泣いた。自分の大好きな人が、今までずっと一緒に過ごしてきた大切な人が、急にいなくなってしまうことに耐えられそう気がしなかったのだ。何より、緑が自分を忘れてしまうような気がしてたまらなかった。
そんな初雪を見て緑は約束したのだ。絶対に忘れないと。自分が好きなのは、ずっと初雪だけだから、初雪も自分の事を忘れないでくれ。絶対に戻ってくるからと……。
柊はその言葉を信じて四年近くずっと待っていた。緑だけを思って、必死に耐えて来たのだ。
それなのに、その四年越しの思いを、緑はあっさりと裏切った。初雪を正面から見つめたまま「誰?」と目を細めて眉間にしわを寄せ、差し伸べる柊の手をいかにも面倒くさそうに掴んだのだ。
「私、あの時すごく悔しかったの。凄く腹が立って、ろくちゃんの顔を見るのが辛くなって、逃げ出したの」
「でも、そんな初雪を彼は呼び止めに来てくれたんでしょう?」
確かにそうだった。緑は良く知らないはずの自分を、わざわざ走って呼び止めに来てくれたのだ。けれど初雪は頭に血が上っていて、それを深く考える事が出来なかった。
「彼にだって、何か理由があったのかも知れないじゃない」
初雪は何も言えずに俯いたまま黙り込んだ。
「会いに行きなさいよ」
「え――?」
「だって、このままじゃ初雪が前に進めないでしょう?彼に会って、きちんと整理した方がいいと思うけど?」
「でも……」
もう一度緑に会うのには、とても勇気がいる。初雪はまた邪険にされるんじゃないかと少し不安になった。何よりも、あれからまた五年も経っている。果たして緑はあの時少ししか会えなかった自分を覚えているだろうか……?
「とにかく、こんな風に今ここでグダグダ考えても仕方ないし、今日会いに行ってきなさいよ」
紗奈はどこか楽しそうに笑っている。
「今日!?でも、私彼の居場所知らないわよ!」
初雪はびっくりして思わず椅子から立ち上がった。
「そんなの、私が調べてあげるわよ」
と、際は携帯を取り出すと、何やら軽い指取りでメールを打ち始めた。鼻唄まで歌いそうな勢いである。
「本当にみつかるかなぁ……」
「見つかるわよ。私の情報網を舐めないでよ」
と、紗奈は軽くウインクして見せた。
紗奈ははきはきとした今どきの女の子だ。短い髪は綺麗に切りそろえてあり、明るく染めてある。化粧をしなくても気にならないほど綺麗な顔つきをしているのだが、大学生になってそれもどうだということで軽く化粧をしてその大きな眼を余計に際立たせている。
「見つけた!」
少しして、紗奈はうるさく鳴り始めた携帯を手にとって嬉しそうに声を上げた。
「嘘――」
初雪は信じられない気持でそのメールを見た。確かに、そこに書かれている特徴は緑のものだ。
「行ってみるでしょう?」
紗奈は有無を言わせぬ目つきで初雪を見た。
「……うん」
初雪は高鳴る鼓動を必死に落ち着かせながら、震える手で緑の居場所をメモした。
「私も一緒に行ってあげようか?」
紗奈は意地悪く笑ったまま初雪に聞いてくる。初雪は意地を張って首を横に振ってそれを断った。
「いいの?」
「うん――。一人で行かなきゃ、意味がないような気がするの……」
初雪はその自分の勘に頼ることにした。
彼はきっと、人を周りに置く事を好む人ではないはず――。
「そう。じゃあ、頑張って」
と、紗奈は初雪の肩を叩いた。
「うん。ありがと、紗奈」
二人は笑い合いながら、そろそろ始まる次の授業の教室へと向かった。けれど、初雪の心はここにあらず、といった感じだった。
ろくちゃんに会える……。
本当に久しぶりだったので、授業中、期待と不安で初雪の鼓動が治まることはなかった。
外では、今にも咲き誇りそうなアジサイが、今か今かと露を待ち遠しそうにその頭を重そうにもたげていた。
これからどうなるのか、このときの私にはまったく想像もつかなかったの。
ただ、自分の気持ちに一直線に進んだつもりだった。
諦めたくてもそれができなくて――。
ただ、苦しくて――。
そんな想いばかりで、自分のことだけに必死だったの。
ろくちゃん、あなたはあの時の私を一体どう思ったんだろうね?




