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やくそく・・・  作者: hi-ra
緑編
6/14

別れのトキ

 あの日から緑は何度も優花に連絡を取ろうとしたが、優花は少しも返事をしようとはしなかった。

 けれども緑はこの間優花が麗の試合の応援に行くと言っていてたのを覚えていた。優花は一度言ったことを変えようとはしない。もともと後輩たちから麗に教えに来てほしいと頼まれていたのもあり、緑は誰にも何も言わずに、その試合を見に行くことにした。

「真咲先輩。来てくださったんですね」

「麗。元気そうで良かった。どうだ、順調か?」

 緑はそう言いながらグラウンドを見まわした。試合が始まるのにはまだ少し早い。

「はい。俺は、ですけど」

 と、麗ははにかむ。

「いいんじゃないか?エースが調子よければ、周りも自然とそれに叩きつけられるだろ。それとも、エースの座が危ないってわけじゃないだろうな?」

「周りも調子いいんですけど、その俺とエースを競い合ってる奴が問題で――」

 麗はそう言いながら腰に手をあててため息をついた。

「誰だ?それ」

 緑のその質問に、麗は本人を連れて来てくれた。

「こいつです。青柳誠。何を考えてるのか全く分かんない奴なんですよね」

 麗のその言葉に、誠はいかにも面倒くさそうな目で麗を睨んでいる。その光景を見て、緑は思わず噴き出した。

「お前を睨みつける後輩がいたとはな。ま、お前に負けないくらいの色男だから、それなりにもまれて来たんだろ?」

 誠は緑の事も睨みつけてやりたかったが、流石に出来なかった。誠は緑の事を噂ではよく聞いていたからだ。彼がいなければ、今のこの中学はここまでサッカーで有名にはなっていなかったはずだろうと。

「ま、取りあえず頑張れ」

 と、緑はベンチに座った。

「あ、そうだ、真咲先輩。今日姉さんが来るって――」

「知ってる」

 と、緑は麗の言葉を遮って手を振った。

「だから、来たんだ」

「え……?」

 その時にはすでに緑は優花が来ている事に気づいていた。芝生に、気持ちよさそうに腰をおろして白い日笠を掲げ、柊と楽しそうに話している。

 今、自分がここに居る事を知られれば、優花はまた逃げてしまうだろう。そう思って、緑はあえて試合が終わるまで声をかけなかった。

「優花」

 試合が終わると、緑は楽しそうにご飯を食べるグループに、いきなり声をかけた。

「……真咲先輩」

 麗が驚いたように目を見開いて緑を見る。

「緑ちゃん……?」

 と、柊も一緒に驚いて緑を見上げていた。

「緑……」

 少し遅れて優花も反応した。けれども優花は背後に立っている緑を見ようともしなかった。

「……まさか姉さん、俺の応援を理由に、先輩に会いに来たの?」

「麗君……」

 柊は心配そうな顔で麗を見つめる。

「違うわ。この人が来るって知ってたら、来るつもりなんて無かったもの」

 優花は、本当に驚いているようだった。

 緑から目を反らし、声は震え、必死に自分の身体を腕に力を入れて押さえつけるようにして座りこんでいる。けれども緑は、かまわず続ける。

「……麗、俺、今日はもう帰ってもいいか?後は練習だし、監督もいるから、必要無いよな」

 緑はそう言って麗に向かって微笑んでいた。

「う……うん」

「緑ちゃん……」

「柊、久しぶり。元気そうだね」

 と、緑は柊に対しても笑顔だった。

「緑ちゃんも」

 柊もつられて笑っていた。

「優花」

 優花は緑のその声に少しビクついて固まった。

「行くよ」

 緑は優花の肩を抱いてその場から歩き去ってしまった。




緑は何も言わずに優花の前を歩き続ける。優花は手を握られたまま、目的地も知らされることなく早足で付いて行く他なかった。

 二人の間を、優しく風が吹き抜ける。けれど優花は、それと全く正反対の心境で、心臓が嫌に激しく鳴っていた。

 緑がこれからどういう話をするのかが、わかるようでわからなかった。

「りょ、緑、何処に向かっているの?」

 優花はおずおずと話しかける。すると緑は、急に立ち止まった。優花がふと顔を上げるとそこは、優花の家だった。

「私の家……?」

「あぁ。俺の家だとゆっくり話せないからな」

 そう言って緑は手を差し出す。鍵を出してほしいという無言の圧力を感じた優花は、何も言わずに鞄から鍵を取り出し、家のドアを開けた。

 優花はドアを開け家に入ることで少しは気分が落ち着き、どこかほっとした。

 着いたばかりの我が家がこんなに安心する場所だとは、今までは少しも気づかなかった。

 玄関で靴を脱ごうと振り向くと、緑はドアの入り口付近で立ち止まっていた。

「緑……?入らないの?」

 優花は自然と不思議に思ったので聞いてみた。けれど緑は何も答えず、下を向いたまま立ち尽くしている。優花は、緑が何から話せばいいのか迷っているのだと、すぐにわかった。

 緑は伝えにくいことを伝えようとするとき、必ず下を向いて言葉を選ぼうと考え込む癖があった。

「別れましょう」

 優花は考えるよりも先に、その言葉を口にしていた。そんな自分に、自分で驚いた。けれどそれを顔に出すことはなく、優花は無表情を保っていた。

 言われた方の緑は、驚いたように目を見開いて優花を見つめ返している。けれど、すぐに落ち着きを取り戻してきちんと優花と向き合った。

 緑は最後に何か言おうと口を開いたが、結局何も言わずに背を向けて立ち去った。

 優花は、ただその場に呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。

 ただ、緑が、本当に心から好きだと言える人に出会えることを、願った。

「さよなら……」

 言えなかったその言葉が、いつまでも耳に残る。




 緑は少しうなだれたように自分の家への帰路を歩いていた。言いたかったけれど、優花にかける言葉が思いつかなかった。

 ありがとう。それは違うような気がした。頑張れとも言えなかった。ましてごめん等とは口が裂けても言えなかった。

 緑は立ち止まると、すっと顔を上げて空を見上げた。今まで一緒に過ごしてきた優花との時間を思い出しながら、心から、優花の幸せを思った――。






 俺はあの時、本当に心から優花の幸せを思ったんだ。俺なんかとの思い出がかすむくらいの、もっといい恋をしてほしかった。

 でもそれは、無用だったのかもしれない。

 優花、キミは本当に綺麗で、可愛かった。今でもだけど、俺にはもったいないくらいの人だったよ。

 今の君がとても幸せそうで、俺はとても嬉しい――。






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