自覚のトキ
それから緑は、優花との時間が増えたことにより少しずつだが感情というものを知っていくことができた。
これまで人と付き合っていく中でそれほど苦労したわけでもないけれど、どこか人とずれた所があると自覚していただけに、一つ一つの発見が物珍しく、楽しいものだと感じる事ができた。
そして、それにより優花といる事が好きになっていく自分に気づき、自身に驚きを隠せなかった。
優花といると、緑はとても安心した。何も言わなくても優花は、緑の感情をわかってくれる。緑がその時どうしたいのかが彼女にはわかるのだ。それが嬉しかったし、楽だった。
緑は優花に遠慮などしなかった。それを彼女が望んでいるようには見えなかったし、むしろ遠慮なんてしたらブッ飛ばされるのがわかっていた。それだけ、緑の方も優花の事がわかってきていたのだ。お互いに、お互いを理解していたし、信用していた。
だから、学力も変わらなかったこともあり高校も同じ所にした。
気づけば、付き合い始めてそろそろ三年という月日がたっていた。
三年前とは違い明らかに感情豊かになったことで、周りを見る目が変わり、自分が成長したことを感じた。けれども、それでも優花との関係は何も変わっていないように見えた。
そんな時、優花は珍しく緑の家に遊びに来た。優花は、緑の家がお金もちだということもあり、めったに近寄ろうとはしなかった。緑の母親に異様に好かれている事が一つの原因でもある。
緑の母親は優花に会うたび、その後の事――。つまり二人の結婚についての話をほのめかしてくる。
優花はそんな話になる度、先の事はまだわからないと、苦い顔をしてかわしてばかりいたのだ。
だからこそ、あまり近づかない緑の家に自ら足を運んできた優花に少し驚きを隠せなかった。
「珍しいな、お前がうちに来るなんて」
緑はお手伝いさんが運んできてくれた出来たてのココアを優花に差し出しながら笑った。
緑の部屋はバカに出来ないほど広かった。この部屋一つに優花の部屋が四つか五つは入りそうだ。
ちなみに優花の部屋も一軒家とはいえそれなりに広い。
優花はすっかり所定の位置となってしまった緑の部屋のソファの一つに身を任せてふさぎこんでいる。そんな優花を見ていると、流石の緑も不安になって来た。
「……本当にどうしたんだ?」
「――私、今度麗の試合を見に行こうと思うの。行って来ても良い?」
優花は少し甘えるような目つきで緑を見上げた。
「いいも何も、俺に聞く事じゃないだろ?行ってくれば。麗も喜ぶ」
緑のその答えに、優花は少しショックを受けたように目を見開いた。
「……サッカー部の応援に行くのよ?私が他の男の人たちに囲まれてもあなたはどうも思わないの?」
緑にはその質問の意味が良く分からなかった。
「他の男って、お前が応援するのは麗なんだろ?」
「……緑は、私の事好き?」
優花は少し自信なさ気にそう尋ねてくる。
「あぁ。優花といると、俺は安心する」
緑がそう答えると、優花は満面の笑みを浮かべた。
けれど次の瞬間、優花の顔色が変わった。
そして、その顔を見て緑も気づいた。
それは、優花の求める答えではなかったことに。
「わ、私帰る――」
優花は慌てたように立ち上がると、緑が止めるのも聞かずバタバタと部屋を出ていった。
緑は声を出して呼びとめたものの、足が動かず追いかける事が出来なかった。
二人して、気づいたのだ。
どれだけ自分たちが思い違いをして来ていたのかを……。
緑は、優花を大切にしてきたつもりだった。けれどもそれが逆に優花を苦しめる原因となっていたのだ。
例え望んでいなかった事だとしても、結果としてそうなってしまった事に緑はまるで鈍器で頭を殴られたかのようにクラクラしていた。
俺は、優花を……愛してはいなかったのか――?
今更気づいた所で、遅かった。
優花と話さなければならない。
緑はそう決心すると、自分の携帯を握りしめて、浮かない気持ちのままメールを打ち始めた。
あの時、どれだけ時が戻ればと願っただろう……。
俺は、優花の事を本当に大切にしてた。
手放したくない思いはあった――。
でもそれは結局、優花、君に甘えていただけだったんだ……。




