戸惑うトキ
サブタイトル変更させていただきました…
「おい、よかったのか?あの子、お前の事知ってそうだったけど……」
裕也は心配そうに緑の顔色を伺った。
緑は初雪が出て行った方を見つめたまま、微動だにしなかった。知らないとは言ったものの、体が――心が何かを訴えている。
「悪い、先に出る」
緑はそう言って思わず初雪の後を追って走り出していた。
あの女の子が誰だったのかが気になって仕方がなかった。嬉しそうに近づいてくるのを目にした時、心が落ち着かなくなった。声をかけられた時、体中が熱くなるのを感じた。睨まれた時、胸が引裂かれそうなほどの衝撃が足の先まで走った。
緑は我を忘れて走り続けた。自分がなぜ彼女を探しているのかも、考える事が出来ないほど昂る思いを感じていた。そして、早足で歩き続けていた初雪の後姿を見つけて、思わず駆け寄って腕を掴んで振り向かせた。
初雪が振り向いた瞬間、緑の心は罪悪感でいっぱいになった。彼女は涙を流しながら歩いていたのだ。初雪はフワフワの髪を持ったとても可愛らしい子だった。優花とは全く印象が違い、大人しそうな印象を与える。
「なんで……」
緑は息も絶え絶えに濡れたその頬に手を触れる。
「何で、ですって?」
初雪はその手を思いきり振り払うと、噛みつかんばかりに猛然と言い募る。
「あなたのせいに決まってるでしょう?あなたはまるで赤の他人のように私に向かって誰って聞いたのよ。信じられない!あれだけ約束したのに。私があなたに会えてどれだけ胸をときめかせたかわからないんでしょう?そして、あなたの言葉でどん底に落ちたようなとてつもなく苦しい思いまで味わわされた。あなたはさぞ女の人を突き放すのに慣れているんでしょうね。それだけかっこいいんだもの。けれど私にまでそれを味わわせるなんて。とんだ悪魔よ!」
初雪はそれだけ叫ぶと、またも早々と歩き始めた。
そんな彼女を、緑はもう一度腕を掴んで引き止めた。
「触らないで!覚えてないのなら、二度と会いたくないもの」
初雪の言葉に、緑は思わずその場に凍りついてしまった。初雪はそんな緑を振り返ろうともせずに早足に立ち去った。
緑はどうして初雪の言葉で自分が傷ついているのかが全く分からなかった。もどかしい思いだけが、行き詰ったように心の中で渦巻く。彼女が誰なのか、まったくわからない。名前すらも聞いていない。名乗ってもいない。けれど彼女は緑を一目見ただけで笑顔を見せてくれた。そして、傷ついてくれた。彼女が知り合いだという確証は全くないのに、思い出せない自分が悔しくて、緑は自分が今何をしようとしていたのかなど全く覚えてなどいなかった。
その目には、まだ走り去る初雪の背中が鮮明に記憶されていたままだった。その、小さくか細かった 背中が、いつまでも、何度でも頭をよぎる。
思わず、拳を握り締めて、われに返ったときには手が震えていた。
「結局、誰だったんだ……」
冷たい風が吹く中、緑はまた呆然とその場に立ち尽くすしかなかった。
俺は、彼女がどんなに大切な人だったのかという事を、まったくわかっていなかった。
心はあんなにも彼女に会ってそれを示していたのに、俺はそんな初めての感情に戸惑うばかりで何も出来なかったんだ。
ただ、彼女を傷つけただけだった……。
あの時の彼女の顔を、俺は一生忘れる事はない――。




