歩き続けた先で
エピローグとありますが、もう一話あります。
申し訳ありません・・・
また、少しだけ白血病にかかわることを書いておりますが、如何せん作者が勉強不足のため、そこまで詳しくは書いておりません。
けれども苦手な方、不快に感じる方は、飛ばして読むことをお勧めします。
ご容赦ください。
俺はあの時、後のことなんて少しも考えずに日本を出たんだ。
君と別れたあの日の君の後姿が、今でも記憶に残ってる。
君と過ごした時間はとても短いのに、君の事を思うと生きる気力がわいてくる。
だから、俺はこうして今、生きていられるんだ。
君に会いたい。
記憶がない俺なんかにそんな事を言われたら、君は困るだろうか――?
そこは、とても暑かった。太陽の光が肌に刺さるように痛い。辺りは閑散としていて、見渡す限り砂だった。足を踏みしめるたびに体中の体力と水分を持っていかれる。日本の真夏の海なんて、軽いものだと乾いた笑いが出てしまう。
そんな気候の中、緑は地元民の人々にお世話になりながら、いろいろな国の町や施設、病院などを歩き回った。
気づけば半年以上もの間一つの国に居た時もあったが、その逆に一週間もいなかった国などもあった。
他にもカナダ、アメリカ、ペルー、ウルグアイ、チリにブラジルなど、思いつく限りの国を転々と歩きまわった。足だけでいくつもの国境を越えた。
緑は、北アメリカ、南アメリカと周り、アフリカ大陸の暑さや気候に悩まされ、ヨーロッパへと移った。
けれどある日、とある病院で一人の五歳の女の子と出会った。その時すでに、日本を立って三年以上経っていた。彼女は白血病だった。病状が申告されて、もう一年以上になると言っていた。長年の闘病生活により彼女の髪は全て抜け落ち、頬は痩せこけ、足や腕は皮と骨だけになっていた。
そんな中、彼女は笑っていた。夢があるという。約束を守ると……。それを聞いて、緑は何か引っかかるものを感じた。でも、それが何かを思い出せない。
彼女は月に二回だけあるセラピードックをとても楽しみにしていた。セラピードックとは、入院生活の患者さんの心を犬たちによって少しでも癒す事が出来たらというボランティア活動のことだ。犬たちに元気をもらうことで、患者の精神状態も安定すると、近年でも少しずつ活用されてきている。
緑はそのセラピードッグにとても興味を持った。犬といると、自分も同じく癒されるような気がした。
気付いてみればその時もうすでに日本を出て四年は経っていた。この国にも半年以上いたことになる。けれど緑はもう他の国を旅して回ろうとする気がなかった。自分のやりたいことを、見つけたような気がしたのだ。
緑はその国で勉強し始めた。そしてまた、あっという間に半年という年月が流れた。
すでに日本に帰ると言う考えはなかった。ずっとこのままでもいいような気がしていたのだ。ただ、パスポートの更新が迫ってきているので、その手続きをしに帰らなければというくらいの軽い気持ちしかなかった。
日本にいた時のことを、覚えていないわけではない。忘れたくない思い出や、大切な思い出だってたくさんある。初雪との約束もある。けれど、最近はあまり思い出すこともなくなってきていた。引き出しを開ければ鮮明に思い出せるけれど、引き出しを開けなければ思い出すことはない。
そんな中、まさか麗に会うとは予想もしていなかった。
天気のいい日に、緑が通っていた病院の近くに住む子供たちがサッカーをすると言うので見に行った。そこで、たまたま麗と会ったのだ。
先に気づいたのは麗だった。緑は見ると言っても天気が良すぎるために草場で寝転がって本を読んでいただけだったため、周りを気にしてなどいなかったのだ。
「真咲先輩?」
久々の日本語を緑の頭は中々認識することが出来なかったため、話しかけられているとは想いもせずに読みふけってしまっていた。
「真咲先輩」
と、麗は緑の前に回り込こんできて顔を覗き込んできた。そのため渋々顔を上げると、こんな所で見るなどとは予想にもしていなかった麗の顔があったのだ。
「……麗?」
「やっぱり真咲先輩!どうしてイギリスなんかに居るんです?」
麗はそう言って緑の隣に腰を下ろすと首をかしげる。
そんな麗を見て緑は思わず噴き出してしまった。変わっていない。それが妙に嬉しかったのだ。
「世界中を見て回りたいと思って、旅してたんだよ。何年振りかに日本語話したような気がするよ」
「世界中を?ここ何年か全く見ないと思ったら、そんなことしてたんですか?」
麗もそう言って目を見開くが、途端に嬉しそうに笑っている。
緑が言っていることの半分も意味を理解していないだろうに、それを分かっていても無理に聞き出そうとはしない、麗のその姿勢が緑は好きだった。
「お前こそ何でこんなとこに居るんだ?」
「俺は留学でこっちに来たんです。二年ぐらいの予定なんですけど」
「そっか……」
「真咲先輩はあとどのくらいここに居るつもりなんですか?」
「俺……?」
改めて聞かれると決めていなかった。パスポートを更新した後の事を全く考えていなかったのだ。
「……そろそろ日本に帰るけど……」
「俺も一週間後に帰る予定なんです」
「そうか。柊が淋しがってるだろ、二年もこんなとこにいちゃ――」
緑がそう言って笑うと、麗は淋しそうに眼を細めて首を横に振った。
「俺と柊、二年前に別れたんです。でも、大丈夫ですよ。俺はもう、きちんと心に決めた人がいるので」
麗は自信たっぷりにそう言って胸を張っている。
緑の頭の中では柊と麗が笑い合っている光景が思い出された。
別れた……?あんなにも仲良くしていた二人が――。
何があったのか気にはなるが、麗も聞かずにいてくれたのだ。緑も聞かずに話を進めることにした。
「誰もそこまで聞いてねえよ。……でもそうか。お前らも別れたのか」
と、その時緑は一瞬、優花の顔を思い出した。けれどそのすぐ後に、初雪のあの別れ際の悲しそうな顔が頭をよぎる――。
「……真咲先輩?」
急に黙り込んでしまった緑を見て、麗は何か地雷を踏んだかとハラハラしていた。
「……優花は元気か?」
「俺も二年ほど会っていないんでわからないんですけど、大丈夫だと思いますよ。俺が日本を離れる時にはすでに翔と付き合ってたし……」
「翔と?」
「はい。ついでに言うと、柊は誠と付き合ってます」
「……なんか俺がいない間にみんな色々あったみたいだな」
と、緑は苦笑いだった。
「まぁ。でも、それで落ち着いたので」
「……そうか」
緑は急に日本がとても恋しくなった。いや、日本というよりも、初雪が、だった。初雪に会いたい。一度思い出してしまうと、想いが溢れ出てくる――。正面から、待てないといった彼女が見たかった。自分は、本当はこんなにも彼女を求めていたのだ。
彼女は今、何をしているんだろう。誰かほかの人と付き合っていたりするんだろうか?考え始めると、止まらなかった。そのフワフワの髪の毛に手を差し込みたくて、あの小さな手を握りたくて……あの、細い身体を抱き締めたくてしょうがなかった。
愛してる――。
何の前触れもなく、そう思えた。
俺は、彼女を愛してるんだ……。
その事実は緑の中の何かを突き動かした。今すぐ帰りたい。
そう思えた。
と、その時、子供たちが遊んでいたサッカーボールが、緑の頭めがけて飛んできた。
「真咲先輩!」
麗の掛け声も間に合わず、そのボールは見事に緑も頭に当たって跳ね返った。
緑は一瞬何が起きたかわからなかった。
刹那、走馬灯のように昔の自分の記憶がよみがえって来る。
「そうか……俺は」
「真咲先輩?大丈夫ですか?」
麗が心配そうに顔を覗き込んでくる。
「あぁ――。おかげで頭がすっきりしたよ」
緑は知らず知らずのうちに、泣いていた。
そんな緑を麗は正面から見るのがためらわれた。それなのに、目が離せなかった。緑は泣いているのに、笑っているのだ。とても綺麗に微笑んでいる。
「俺は、大切な事を忘れてたんだ」
緑は誰に訴えるわけでもなくそう呟くと、急に立ち上がって、麗の方を振り返った。
「……どうしたんですか?」
麗は驚いたように目を見開いて尋ねて来た。
「帰る」
「え、もう?まだ二時過ぎなのに……」
「あぁ――。じゃあ、またな」
緑はそう言って麗を見ることなく真っ直ぐ前を見据えたまま、嬉しそうに微笑んだ。
その笑みは、座りこんでいた麗には逆光で見えていない。
「今度はいつこの公園にいらっしゃるんですか?」
歩き去ろうとする緑の背中に、麗は必死に話しかけて来た。
「もう来ないよ。次は、日本で会おう」
と、緑は麗に笑いかけてその場を後にした。
「君は、本当に俺にとって、とても大切な人だったんだね……」
愛しくてしょうがない。
「それにしても、サッカーボールで思い出すとは――」
クックッと、そんな笑いをもらしながらも緑は自身の家へと急いだ。
愛してる――。
そう認めてしまうと、心が軽くなったんだ。
君は、俺にとって掛け替えのない人だということを、やっと思い出すことが出来た時、俺は今までの自分が不甲斐なくてしょうがなかった。
早く君に会いたくて、俺は後ろを振り向く事もせずに真っ直ぐ前を向いて歩く事が出来るようになった。
もう、迷わない……。
君はこんな俺を、どう思っていてくれたんだろう――?
サッカーボールて・・・
緑よ(-.-)
さて、ようやくここまで来ることができました。
前回との期間がだいぶ長くなってしまい申し訳ありませんでした<(_ _)>
「きっかけは、あなた」のほうと合わせて書いていたのですが、途中であちらを進めなければこっちがネタバレになってしまうことに気づきまして・・・
次で最終回となります。
最後までお付き合いいただけると光栄です(*^_^*)




