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やくそく・・・  作者: hi-ra
初雪編
10/14

真実のトキ

「まずは、自己紹介から。私は真咲清佳まさきせいか旧姓は斎藤。つまり、あなたの幼馴染である斎藤緑の叔母よ」

 初雪はよく意味がわからず、ただ呆然と清佳を見ていた。

 叔母?どうしてそんな人が、私に話があると言ってくるのだろう?

 疑問符を浮かべたままの初雪を置いて、清佳は話を進める。

「順を追って話すと長くなるけれど……。あなたと緑が九年前に別れた後――つまり引っ越して間もなくして、姉夫婦は交通事故に巻き込まれて亡くなったの。私は見ていないのだけれど、トラックが突っ込んできて、乗っていた車の上に乗り上げてしまっていたんですって。もちろん、その車には緑もいたわ。でも奇跡的に後部座席にいた緑だけが助かったの……。私はもちろんその知らせを受けてすぐに夫と共に病院へと向かったわ。でも、姉夫婦は即死で――。唯一助かった緑は――」

 清佳は目を伏せたまま紅茶のカップを握りしめていた。手が震えているせいで、カップの中身が飛び散っている。

「緑は、それまでの十年間の記憶を全てなくしてしまっていたの」

 初雪はその瞬間、目の前が真っ暗になった。

 なくした?全部……?それじゃあ――

「自分のことも、家族のことも。これまで何をしてきたか、していたのか、しようとしていたのか。覚えていることが何もなくて、当初はまるで魂の抜けた人形のようだった」

 そう言って説明する清佳自身、その時の情景を思い出すことすら辛いのだろう。

 緑が自分の事を忘れていたのには、理由があったのだ。事故にあったから記憶をなくしてしまった。しかも、失くしてしまったものはそれだけではない。実の両親までも、失ってしまったのだ。

「そんな……」

 初雪は両手で顔を覆った。涙がいくつも流れ落ちて来る。

「その後緑は、私たち夫婦の息子として引きとることにしたの。もちろん、私たちが本当の親でないことを教えるかどうかはとても迷ったわ。でも、私たちのエゴかも知れないけれど、それでも彼の本当の両親を無かったことにはしたくなかったの。忘れていても、兄夫婦がいたことを……愛されていたことを、知っていて欲しかった。最初のころは、記憶が戻ればと思っていろんな方法を試してみたわ。写真を見せたりなんかもしたの。私があなたを知っていたのは、緑と一緒にあなたが映っている写真を何枚も見ていたからなの。けれど、緑には何の変化もなかった。ただ、彼はいつもあなたとの写真だけ、気になるようにずっと眺めていたの。だから、会えば何か変わるんじゃないかと思って……」

 初雪が清佳を見ると、彼女も涙ぐんでいる事に気づいた。自分と緑が出会うことを、ずっと願っていたのあろう。

 けれど、初雪は知っていた。緑は初雪に会っても、何も思い出さなかった。それどころか、敵意さえ見せたのだ。

「あ、あの……」

 初雪の声に、清佳は顔を上げてほほ笑む。その笑顔が、初雪の心に罪悪感をもたらす。

「その、私一度だけろくちゃんに会ったことがあるんです。でも、彼は思い出してはくれませんでした……」

 初雪は申し訳なさそうにそう言ってうつむく。そんな初雪を見て、清佳は肩を落としながらもほほ笑んでくれていた。

「そう……。今更……だったものね。もうあれから九年もたつんだもの。忘れていたとしても、しょうがないわね。あなただって、今頃そんな事を言われて驚いたでしょう?ごめんなさいね」

 清佳の言葉に、初雪は慌てて首を横に振る。

「いえ、違います。私まで忘れてしまっていたとか、今頃とかじゃないんです。ただ、再会した時にろくやんが何も覚えていないことを知って、私だけが約束に執着していたんだって思いこんで……。その事実が悔しくて、辛かったんです――。だから、何も知らないまま彼を突き放したのは……」

 そう、緑から離れていったのではない。彼は忘れてはいたものの初雪を追いかけて来てくれた。それなのに、突き放したのは初雪だった。

「私、何も知らなかったとはいえ……」

 初雪は愕然としたまま手元のカップを握りしめた。頬を、止まらない涙がぽたり、ぽたりと流れ落ちていく。

 彼を最終的に拒絶したことに、初雪は今更ながら後悔する。自分自身の無知故の残酷さに、目眩がしそうだった。

 けれども、そんな初雪の手をとって、清佳が真剣な表情で首を振る。

「違うわ。あなたは何も知らなかったの。知らされていなかったの。だから、そのせいで何かあったとしても、あなたを攻めるのはお門違いだわ」

 清佳のその目には、とても強い光が宿っていた。その瞳で、初雪の否を拒んでいる。初雪は思わずそんな清佳に見とれてしまった。

 緑は、こんな人に引き取られ、育てられて来たのだ。それに何の不満も無かったというわけではないだろう。けれども彼女は、本当の両親と同じように沢山の愛を注いできたに違いない。それは、五年前に一度だけ会った緑が身をもって証明してくれている。彼はこの夫妻に引き取られて、きっと幸せだったに違いないのだ。

 そう思って、清佳の言葉に感謝しながらも初雪は涙ながらにゆっくりと微笑んだ。

「あなたのこと、もっと知りたいわ。緑の昔話も聞きたいし……」

 微笑んだ初雪を見て急に明るくなった清佳は、顎に手を添えて何か考え始めた。

「そうだ!ねえ、初雪ちゃん。あなた、週に一度、この家に来ない?私のお友達として」

 と、清佳は名案とばかりに何だか嬉しそうに手を叩いて提案した。

「えぇ?でも、私……」

「私、いつも土曜日はとっても暇なの。夫は土曜まで仕事だし、緑は何だかんだ言って家に居ないんだもの。ねぇ、いいでしょう?」

 そこまで言われると、初雪も断りづらかった。何より、自分も少し清佳に興味があったのだ。時間なら、たっぷりとある。それにこんな所で遠慮することを、きっと清佳は嫌がるだろう。

「わかりました。じゃあ、また土曜日にこちらにお邪魔しても良いですか?」

「ええ。楽しみにお待ちしてるわ」

 二人はその後、楽しく談笑しながらお茶を飲んだ。

 さっきまで泣いていたのが、嘘のようだった。



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