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飾り付けをします 2

 調理室に戻って手を洗い、エプロンを着けると洸は同じように準備を終えた桜を振り返った。


「時間が無いから、悪いけどデコレーションは手伝わせてもらうよ。スポンジに塗るシロップも熱いまま使えないから先に作らせてもらった」


 そう言いながら、コンロに置いてある片手鍋を指し示す。


「時間が無いのに、面倒掛けてごめんなさい。シロップ、ありがとう」


 桜が申し訳なさそうに洸を見上げるので、洸はなんでもないように笑った。


「たいした手間じゃ無いよ。水とグラニュー糖を煮溶かしただけ。もう冷めたけど、桜のお母さんはお酒の入ったお菓子は苦手かな?」

「う、う~ん。サバランが好きじゃ無いみたいだから、苦手なんじゃないのかな? 下戸だし」


 首を捻って答える桜に、洸は軽く頷く。


「本来ならシロップに好きなリキュールを垂らすんだけど、お酒が好きじゃ無いなら省くか。好みだからね」


 そう言いながら洸は桜に冷蔵庫に入っている昨日買った生クリームを取り出し、用意したボールに入れるよう指示すると、自分は同じく昨日焼いたスポンジを冷蔵庫から出して調理台に置いた。


「俺がスポンジを切ってシロップを塗るから、桜は生クリームを泡立てて。泡立て器をクリームにつけたまま、左右に揺する感じで」


 洸はナイフをコンロで軽く温めると、左手でスポンジを押さえながら少しずつカットして上下二枚に分ける。


「ひ……洸、君。幾つか質問しても良いかな」

「はい、どうぞ」


 洸の名を呼ぶのに照れている桜の様子を、内心微笑ましく思いながら洸はそっけなく答える。


「どうして揺するふうに泡立てるの? うちのお母さん、もっとジャカジャカ泡立ててた気がするんだけど……。卵を泡立てる時は空気を含ませる感じで泡立ててたよね」

「う~ん、同じ泡立てるでも卵と生クリームだと泡立つ原理が違うせいかな。卵は卵白内のタンパク質が空気に触れることにより変性して膜状に固くなることで泡立っていくけど、生クリームは含まれている乳脂肪の脂肪球が攪拌されることで、ぶつかり合って脂肪球同士が連続的につながって、網目構造を形成してホイップ状になるんだ。つまりそれぞれの素材の特質上違いで、泡立て方が違うってわけ」

「はあ……、何でもかんでもジャカジャカ泡立てればいいってわけじゃないんだね。あと、生クリームを泡立てる時、どうして氷水で冷やしながら泡立てるの? これにも意味があるんだよね」

「もちろん。網目構造を形成する脂肪球はその名の通り、油だからね。昨日話したように融点を越えれば液状になる。乳脂肪の融点は低いから、少なくとも10℃以下で作業を行わないと安定したホイップは形成されないんだ。そして15℃を越えると脂肪球がバター状に分離する」

「ああ! どっかの牧場で生クリームを容器に入れて振って、バター作ったことあるよ。確かに振るとき生クリームは冷やしてなかった!」



 桜は納得したように笑う。そんな桜をよそに、洸は切ったスポンジに刷毛を使ってシロップをたっぷり含ませながら、桜の手元をのぞき込む。


「だいぶとろみがついてきたね。6~7分立て――すくったクリームがゆっくり落ちていく程度のやわらかい状態――になったらオッケーだよ。泡立ち始めたら一気に固くなるから気をつけて」

「はい、わかりました!」


 生クリームがとろりとした固さになると洸はスポンジを回転台にのせ、ヘラを使ってクリームを塗っていくよう指示する。そして洗って水気をとり、切っておいたイチゴを渡した。


「均等に並べていって。中央部分はカットする時崩れやすいからイチゴはのせないように」

「は、はい」


 デコレーションに入り、緊張してきたのか桜の返答する声は堅い。並べたイチゴの上から更にクリームを桜がひろげ終えると、洸はもう一枚のスポンジをカットした面を上に置き、再度シロップをしみ込ませる。


「じゃあスポンジを回転させながら、ヘラで均していって。余分なクリームを側面に落として行く感じで」

「で、デコレーションは初めてなので、難しいです……」


 桜が顔を強ばらせ四苦八苦している様子を、洸は苦笑しながら声を掛ける。


「そんなに神経質にならなくて良いよ。後で魔法の粉を掛けるから」

「魔法の、粉?」


 洸の口からファンタジーな言葉が出てきたことに少し驚きながら、桜は首を傾げた。


「そう、魔法の粉。ある程度はこれで誤魔化せるから、好きなようにデコってよ。桜のセンスの赴くまま」

「…………そう言われるのが一番緊張するよ」


 困ったように眉を下げながら泣き言を漏らす桜に笑いかけながら、洸は残った生クリームを7~8分立て――クリームにつやがあり、つの全体がやわらかい曲線を描く状態――にするべく更に泡立てる。

 洸が泡立てたクリームと、残りのイチゴを使って桜がなんとかデコレーションを終えると、洸は棚から白い粉の入った袋を取り出してきた。


「これが魔法の粉、プードルデコール――粉糖のことだよ」

「粉砂糖……ってこと?」

「そう、粉糖の表面に油脂の特殊コーティングがしてあって、なかない――溶けない粉糖なんだ。普通の粉砂糖だと時間が経つと溶けて、せっかく綺麗に振っても無くなるけど、これはそれが起きにくい」


 そう言いながら茶こしでケーキに粉糖を振りかけると、桜から歓声が上がった。


「うわっ、綺麗! これなら微妙な私のデコレーションも良い感じに隠せるね! 確かに魔法の粉だよ」


 はしゃいだように明るい声をあげる桜に、洸は思い出したように声を掛けた。



「これでケーキは完成だけど、持って帰る箱ある?」


 洸の言葉に一瞬キョトンした顔になるが、意味が頭にまわると愕然と口を開く。

 その表情の移行を見た洸は苦笑しながら再び棚を開ける。


「ケーキの箱もご用意しております。一つ百円になりますが、いかがしますか?」

「買わせていただきます!」


 桜が手を上げて即答する。洸は小さく頷くと、棚からたたまれた状態でビニール袋に入っている紙製のケーキ用の箱を取り出し桜に手渡す。


 洸に手渡され、プラスチックで出来たケーキを乗せる皿も付いているのに気が付き、感心したように息を吐いた。


「こんな箱もあるんだね、製菓店とかで売ってるの?」

「これは製菓店で買ったのだけど、百均とかでもあるよ」

「へぇー、知らなかった。百均って本当になんでもあるんだね」


 桜は洸から箱を受けとると、慎重にデコレーションしたケーキをしまった。


「じゃあ、とりあえず調理室の冷蔵庫に入れておくけど、部活の前に取りに来る?」

「あっ、うん。そうしてもらえると助かります。部活の間はバレー部の部室にある冷蔵庫に入れさせて貰えることになってるから」


 桜からケーキの入った箱を受けとりながら、洸はクスリと笑う。


「他の部員に食べられないようにね」

「みんなには話してあるから大丈夫だと思うけど、張り紙しとくよ」


 桜が眉間にしわを寄せながら頷くと、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。


「とっ、もうこんな時間か。後片付けは後で俺がしとくよ」


 洸が調理台の上に乗っている器具らを手に取りそう言うと、桜はとんでもないと首を振る。


「そんな! 後片付けももちろんするよ」

「いいよ、どうせ今日調理室で用事があるしついでにやっとく。桜は部活そんなに遅れられないだろ」

「後片付けするぐらいの時間大丈夫だよ」

「う~ん、気がとがめるなら、この余ったクリームとイチゴ貰っても構わない? 貰うかわりに片付けしとくよ」


 洸がデコレーションで少し残ったクリームやイチゴをラップで包み、冷蔵庫に仕舞い提案すると、桜は渋い顔をした。


「貰ってもらえるなら、私は助かるからもちろん良いけど、それと後片付けとは……」

「はいはい、本鈴が鳴るよ。ここはとりあえず器具が出てなければ問題ないから、鍵閉めて教室に戻ろう」


 調理台の上のものを仕舞い終えた洸は、渋る桜の背中を押して調理室から出、鍵を締めた。



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