第三話
「これくらいでどうだ?」
「ぅえ?!」
商人が出してきたのは米俵六つだった。四人は目を見開いた。
四人は昨晩拠点にしていた森から少し離れた所にある街に来ていた。古くから商人の街として栄えてきたのか、蔵屋敷が多く立ち並び、多くの人が行き交っていた。そこで四人は昨晩盗った金品を使って食料などと交換していた。
「いやぁ、まさかこんなにもらえるとはなぁ」
左神坊は満足げに荷車を引く。
「まだ半分も使っていないんだろ?」
「三分の一も使っていないさ」
成怜は金品の入った袋を揺らす。中身がジャラジャラと重たそうに音を立てる。
「でかしたな、伍六」
太輔は伍六の肩に手を乗せた。もう片方の手には酒瓶が握られている。
「ふん」
まるで興味なしというような顔で、荷車を後ろから押した。
「ははっ、照れるなよ」
伍六の頭を乱雑に撫でた。
「まったく、カネのどこがいいんだか」
太輔に撫でられながら小声でぼやく。
「あ?今こうやって役に立っているじゃねぇか」
何言ってんだおめぇ、太輔はぐいっと酒を飲む。
「カネなんて必要ねぇだろ」
「それは、完全自給自足だったお前だから言えることだろ」
オレは無理、太輔は肩をすくめる。
伍六は物心ついた時から一人であった。生きていくのに必要なことは自分でやってきた。その時はカネなど知らなかった。カネは食べられないし、あっても必要ない。そう考えていた。
「カネは便利だ。人ってのは、一度便利だと知ったら利用しないわけないんだ。そして利用していくうちに、それ無しでは生きていけなくなっちまう」
その言葉はどことなく自嘲的に聞こえた。伍六は太輔のことをちらりと見た。
すると、荷車がいきなり止まった。
「ぶっ」
止まったことに気づかず、米俵に顔をぶつける。
「止まるんならちゃんと言えよ、左神坊!」
左神坊の返事がない。なんだよ、とぼやきながら彼を見た。
左神坊はある一点を見つめていた。表情はかなり険しく、今にも誰かに噛み付きそうだった。
「どうした?」
成怜が声をかけても反応しない。三人はその視線の先を見る。そこでは数人の男性が一人を囲んで罵倒していた。彼らの脇には中身が出てしまった米俵が横たわっていた。
「この役立たずがっ!」
彼らがそう言っているのが聞こえる。おそらく罵倒されている者が米俵を倒したのだろう。
別に見つめるほどではない、と伍六が思っていた時に、
「幼稚ないじめをするもんだねぇ」
太輔のあきれた声が隣から聞こえて、伍六は彼を見る。
「あの裂け方は誰かに斬られたもんだ。あいつらがやったんだろう」
やってらんね、と荷車にもたれて酒を飲む。太輔は興味が無いのだろう。
しかし、左神坊はそうはいかなかった。
鋭い目を向けながら彼らに近づく。
「やめとけ」
成怜が左神坊の肩をつかんで止める。左神坊が成怜をにらむ。
「殺しはしねぇよ」
そう言って成怜の手をどかした。
「そう言う意味じゃねぇだろ」
伍六がボソッとつぶやく。左神坊はこちらを見ずに男たちの所へ近づく。成怜は止めることをやめて、後についていった。
「伍六は知らねぇよな?」
「何がだ?」
伍六は太輔のほうを見る。完全に観客モードの太輔は、空になった酒瓶を荷車におく。
「東側で何で天狗が鬼と呼ばれたかをよ」
「あ?」
伍六は訳分からないといった表情で太輔を見る。
「あいつ、キレると怖えーんだ」
太輔は面白そうに笑って左神坊の背中を見た。