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日ノ本元号男子  作者: 安達夷三郎
第三章、夏休み開幕と戦の時代
12/22

12話

広々とした悠久邸にある庭のベンチに腰掛け、奈良と鎌倉が雑談を交わしていた。

近くには池があり、奈良は手に持ったパンくずを池に向かって投げる。

すると、小さな魚たちが水面を弾くように跳ねて、楽しそうに群がった。

「令和の若人は飲み込みが早くて良かったな!仲良くなれるか心配だったけど今は仲良くやっていけているようで安心した。歳が近い平成なんか初めの頃は全然信じてくれなかったしなー」

その言葉に鎌倉は一瞬黙り込む。釣竿(つりざお)代わりの木の棒を手に、池へと垂らした糸の先をじっと見つめながら、口を開いた。

「……あれは飲み込みが早いのではなく、考えが浅いだけではないか?」


―――談話室。学校から帰ってきたばかりの夕方。

ふかふかのソファに体を沈め、タブレット片手に動画をだらだらと眺める私。

机にはスナック菓子の袋が口を開けたまま転がり、クッションは散乱、床にはジュースのペットボトルがどん、と直置きされている。

悠久邸でも、私の生活スタイルはびくともしなかった。

このまま誰にも怒られずに、ゆる〜く生きていけるなら、それで充分だったのだ。

「ふぁ〜……今日、学校以外に歩いた距離ってスーパーくらいかも……明治さんの車の送迎って素晴らしい……」

と、気の抜けたつぶやきをこぼした、その瞬間だった。

―――バタンッ!

「今日、君に稽古をつける任を受けた。よろしく頼む」

(稽古!?稽古って何の稽古なんですか……!)

現れたのは、鎌倉さん。

悠久邸の住人のひとりで、礼儀と規律をこよなく愛する、いわば鬼大佐のような存在だ。

鎌倉さんは一歩踏み込んで、私を見下ろすように凝視している。

「えっ、ど、どうしましたか……?」

ソファの上でタブレットを抱えたまま固まる私に、鎌倉さんは一歩踏み込んで言う。

「部屋を見れば、人となりが分かる。君、ここでの暮らしは、どうなっている?」

「どうって……ええと……普通に? 」

「……聞くまでもなかったな」

その声には、諦めとも断罪とも取れる静けさがあった。

視線が私を刺すように貫く。

「君の姿勢、歩き方、言葉遣い……すべてが緩い。現代の甘やかされた生活は先に平成がいるから理解しているつもりだったが、これは度を越している。……いや、平成も中々か」

「え、ええ!? いやいや、待って下さい鎌倉さん!別に人様に迷惑かけてるわけじゃ……」

(なま)けた体で、いざという時どうする」

「いやでも、今まで生きてたけどこの生活習慣でなんとか生きて来れたし……」

思わず口ごもると鎌倉さんはきっぱりと宣告した。

「よって、今より君は―――礼儀作法特訓の対象とする」

「えぇぇぇ!?」

ソファのクッションを抱きしめたまま、私は思わず叫んだ。

夢じゃないかと頬をつねりたくなるが、鎌倉さんの圧と空気の硬さが、現実であることを容赦なく突きつけてくる。

「すぐに立て。まずは姿勢からだ」

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ、せめて明日からで―――」

「駄目だ。日ノ本の歴史に携わる身、"若輩者(じゃくはいもの)だから"で許されるか?それに明治、お前も注意くらいしたらどうだ」

話を振られたのは、部屋の隅で紅茶を飲んでいた明治さん。

文明と優雅の象徴のような明治さんは、にこやかに言った。

「いやぁ、美空さん、最近ちょっと不摂生(ふせっせい)してしまったんですよね」

「はい! 明治さんの言う通り、ちょっとです!」

私がすかさず食いつくと、鎌倉さんは腕を組み、静かに目を閉じた。

「……“ちょっと”は“いつの間にか”になる。放っておけば、いずれ取り返しがつかん」

あ、これダメなやつだ。

終わった。私のダラダラ生活、ここにて終了のお知らせ。

そして、半ば強制的に鎌倉時代に来たのは良いものの……。

「正直に言おう!今の君を、軽々しく人前に出す訳にはいかない!故にここで僕が指導するつもりだ」

そうして、鎌倉さん直々のマナー講座が始まった。

広々とした部屋の中、板の間のきしむ音が不規則に響く。

私はぎこちない動きで部屋を往復していた。

「アゴを引け!胸を張れ!」

鎌倉さんの怒号が部屋に響く。

その言葉の通り、背筋をピンと伸ばそうとするが……それが不自然すぎて、むしろ余計に変だ。

(歩くだけでこんなに疲れるなんて……っ!)

丹田(たんでん)に力を入れろ!足の裏で地をつかめ!」

隅の方では、明治さんが何やら応援メガホンを構えて「その調子です!」とか言ってくれているけど、ぜんぜん調子良くない気がする。

「背筋が曲がっている!重心がフラついている!力は入れ過ぎなくて良い!」

「はいぃぃ!まっすぐ、まっすぐぅ!」

とにかく前に進もうとするけれど、腕はガチガチ、視線は泳ぎっぱなし。

右手、左手、交互に……のはずが、どこかチグハグ。ギクシャクとした動きに、集中力が消えていく。

「君はやる気があるのだろうか?」

鎌倉さんの冷静な一言が、胸に刺さる。

(ヤバい、これは怒ってる。でも直球で返すと不機嫌になるよね〜……うん、平安さんみたいに柔らかく言おう、そうしよう)

「さっきからぁ……けっこう、わたくしぃ、往復しているとは思うのですけれど……いかほど続ければよいものかとぉ……」

口調だけやたら丁寧、でも日本語が微妙に迷子。

鎌倉さんの眉がぴくりと動いた。

「……三十往復でそれなのか」

鎌倉さんはため息をひとつつき、考えている素振りを見せて言った。

「分かった、休憩」

その言葉を聞いた途端、私はその場に倒れるように膝をついた。

「体がバッキバキする……!」

「君はやわ過ぎじゃないか?」

「グハッ……!運動不足なのは認めます!」

「そんな軟弱(なんじゃく)でよく生きてこれたな」

「直球でヒドイ!……普段、家でスマホいじってポテチ食べてたツケが来たと言いますか〜……近所に運動できるスペースが少ないと言いますか……都会みたいにジムなんかないですし……」

思い付く限りの言い訳を並べてみるが、鎌倉さんの冷たい視線は全く緩まない。

「言い訳はいい。普段から食を(りっ)し、運動して体力をつけるよう」

そんな鎌倉さんに明治さんが口を挟む。

「鎌倉さん、令和の時代は生活スタイル、食事の方法や内容が違いますから、そのへんで……」

明治さんのフォローに私は全力で頷いた。

「そーですそーです!現代っ子ってのは繊細(せんさい)(はかな)い生き物なんです!スマホの充電が二十パーセントを切ると人生終了みたいな顔しますし!」

「それは誇りに思うことではない」

鎌倉さんの鋭いツッコミが返ってくる。

「現代とは、もはや甘やかしの極み……。そんな社会を生き抜く者に、真の礼節や作法を教えるのは……」

ズイッと私に顔を近づける鎌倉さん。

「僕の使命だ」

「いやその使命、荷が重すぎません!?あと距離近い!」

私は思わずのけぞった。

その後―――

私は『正座のお辞儀が四十五度じゃない』『畳の(ふち)を踏むな』『重心がフラついてる』などなど、現代ではもはや誰も気にしてないレベルの細かい指導を延々と受けることになった。

そして私達一行は和室に移動する。

「では次は座学だ。茶を()れて持って来い」

その言葉は突然すぎて、私の思考が一瞬フリーズした。何をどうすればいいのか、頭の中で『抹茶』と『座学』という言葉がバラバラに飛び交う。

まさか、稽古の次はお茶の作法まで含まれるのか……。

「抹茶を立てても良い。和菓子がなければ代用品としてきな粉を丸めろ。なければ(かま)の蓋の裏にくっついた米粒でもいい。創意(そうい)工夫だ」

それはもはや料理ではなく、サバイバル訓練ではないか。

静かに涙を流す私の肩を、ふわっと明治さんが後ろからポンと叩く。

「まぁまぁ、美空さんにできる範囲で良いんですよ。最初は抹茶よりペットボトルの緑茶でも構いません。きな粉も無理ならきなこ棒でも大丈夫です。おもてなし、相手を思いやる気持ちがあれば大丈夫ですよ」

「明治さん優しい!」

その声に一瞬だけ場の空気が緩んだが、鎌倉さんが小さく咳払いをして、視線を私に向けてきた。

「君が強い肉体を得られるよう、僕はいつだって指導しよう」

「え、まだ続くんですか!?」

「安心してほしい。君が立派な武士になれるように、僕は手を抜かない!」

「現代に武士って職業ないんですよねぇ〜!」

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