傲慢オヤジの成れの果て!?
「煮卵一つくらいサービスしろよ。俺常連だぞ」
中年の男、剛田は時々行く店で店員に無理を言っていた。
「すみません。店長いないので、勝手に出せないんですよ」
大学生と思われるアルバイトの店員は困惑していた。
「ったく、どいつもこいつも客に対しての感謝は無いのかねぇ」
丼を空けると、立ち上がった。
「常連を大切にしない店なんか潰れちまえ。もう二度と来ないからな、良いな」
「はぁ、ありがとうございました」
「良いんだな?俺もう来ないからな」
店員は黙って丼を下げている。
「あ〜あ、俺みたいな貴重な常連さんを一人失っちゃったな。良いのか?」
剛田が店の出入り口で、声を出している。
「いらっしゃいませ!」
剛田を押し退けて、新しい客が入ってくる。
「あの…」
店員が剛田に声をかける。待ってましたとばかりに剛田はニヤけた。
「事と次第によっちゃあ、俺は考え直しても…」
「そこ、出入り口なので退いていただけますか?」
他の客が訝しんで剛田に視線を送る。剛田は舌打ちをして店を出た。
「二度と来ねぇ!」
店を出たところで、自転車にベルを鳴らされる。
「おっさん確認して出ろ!」
「なんだこの野郎」
剛田が文句を言った時には、既に自転車は視線の遠くに行っていた。
「良かったね、もう来ないってさ」
ラーメン屋の客が店員に話しかける。
「『俺は常連だから煮卵サービスしろ』って。でも、自分は相当シフト入ってますけど、あの人見たこと無いんです」
「いるよねそういう奴。自称常連。常連だとしてもサービスしろって、傲慢すぎるよな」
ラーメンを啜りながら客が話す。
「そうですね。煮卵くらいとも思うんですけど、要求されちゃうと…」
客が否定するように手を振る。
「駄目駄目甘やかしたら。そういうのは終わりが無くなるから。常連ってのはさ、俺みたいなのを言うんだよな」
「お客さんは三食うちに来られて、来過ぎですよ。健康心配になります」
店員が困ったような笑い顔をすると、客も笑う。
「まあでも良かったじゃない。自分から来ないって、出禁宣言してくれたんだから」
「それもそうですね」
剛田はコインパーキングに止めた車に乗り込む。
「いつも使っているのに、相変わらず高けぇな」
不満に思った剛田は、支払い機の横にある受話器を取った。それは、故障等の緊急の連絡用だった。
「はい、〇〇パーキング緊急対応窓口です。どうなさいましたか」
「おたくはいつも使っている客に還元する気はないの?」
「は?こちらは緊急対応受付です」
「いや、だからさ。それなら客対応の窓口に繋いでよ」
「無理ですね」
「何だ無理とは!俺は客だぞ、対応しないのか」
「してますよね。その上で無理と申し上げておりますが」
「あーだったらもう良いよ。もう二度と使ってやらねぇからな、覚えておけよ。俺は常連だったんだぞ、良いのか!おい、聞いてんのか!」
通話は既に切れていた。受話器に向かって怒鳴る剛田を見た、通りがかりの女子高生二人が、気味悪がっている。
「キモ…」
「行こ行こ」
このやり取りの間にも、料金は上がっていた。
「馬鹿野郎、また高くなったじゃねぇか」
怒りに任せて精算機に蹴飛ばすと、アラームが鳴り響いた。
すぐに近くで待機していた警備会社のガードマンが駆けつけた。
「おじさん何かやった!?」
険しい表情でガードマンが剛田に聞く。
「ピーピー喧しい機械だなこいつは」
剛田が精算機を指さす。
「あなたね、器物損壊罪だよ!警察に連絡するから!」
程なくしてパトカーが駆けつけた。
「とりあえず、事情は署で聞くから」
警察官が眉をひそめている。
「待て、今精算機で金払ったばかりなんだよ、おい!」
剛田の訴えも虚しく、パトカーの後部座席に乗せられた。
警察署・取調室
「何で精算機を蹴飛ばしたりしたの」
若い刑事が呆れた表情で剛田に聞く、
「あの会社はな、俺が常連なのに1円も負けやしねぇんだ。おかしいと思うだろ」
剛田は椅子に踏ん反り返る。
「だから蹴飛ばした?」
「俺が教育してやってんだ、文句あるか」
「あなたみたいな人がいるから、機械が対応する時代になったんじゃないの?そういうのね、カスタマーハラスメントって言うんだよ」
「カス…なんだ?横文字なんか使いやがって。大体俺は税金払ってるんだ。もう少しおまけしてくれたって良いだろ。運転免許の更新もそうだ」
「おまけしろって、何を。運転免許証持っているなら出して」
刑事が面倒臭そうに言う。剛田がポケットから運転免許を取り出し、刑事の前に投げた。
「これ、照会してきて」
刑事が事務員に免許証を渡す。
「今はさ、ATMごと破壊するような犯罪もあるから、精算機なんか蹴ったら壊そうとしていると思われるよ」
刑事が忠告する。
先程の事務員が、息を切らして戻ってきて、一枚の書類を渡す。
「うん!?あなた、累積点数超過じゃないの!こんなに違反ばかりして」
書類には、剛田の違反歴が記されていた。特に短期間に交通違反を繰り返しており、免許停止処分中だった。
「よくこんなに違反するよ…」
「俺は常連なんだ。こうやってひんぱんに金を払ってやっているんだから、少しはサービスしろってもんだ」
剛田は腕を組んで得意になっている。
「剛田さん、あなた自分の置かれた立場を分かってる?あなたは運転してはいけないの」
「構わん。自分のことは自分で決める。運転するもしないも、俺が決め…」
「おい、留置場開けてくれ」
刑事がお手上げのジェスチャーをした。
「四番なら大丈夫です」
事務員の声が聞こえた。
「四番だ?縁起悪いな。他の番号無いのか」
剛田は両脇を抱えられ、留置場にいれられた。
夜になり、食事を聞きに留置担当者が来た?
「こういう時は『カツ丼』だろ。知らねぇのか?」
「いつの時代の話しをしてるんだか」
「これだから若い奴は…」
「はいはいカツ丼ね」
しばらくすると、紙容器に入った弁当が届けられた。
「おい、おれはカツ丼って言ったんだぞ!」
「今日蕎麦屋が定休日なんです。それで勘弁してください。これ、領収書。あとで現金下さいね」
「タダじゃねぇのか。サービスがなってねぇ。散々青い紙やら赤い紙に金払ってやっただろ。払ったもんが強いんだよ」
剛田が振り返ると、すでに担当者はいなかった。
[本当にご迷惑をおかけしました]
離れたところから、声が聞こえた。
剛田が振り返ると、女性が立っていた。
「おう、お前も来たのか。酷えぞ、毎回金払ってこんなサービスしかしねぇんだここは」
それは、剛田の別れた妻だった。
「剛田さんは言動が支離滅裂です。常連だの、金を払ったから良いだのと。『払う』ということに、妙に執着されているようですが…」
刑事が訝しむ。
「私がこの人を、『お払い箱』にしたからなんです」
終




