伯爵の評価
「あの……お嬢様。一度、お屋敷に戻りませんか?」
はぃ?折角、スキルも理解して来て盛り上がって来たのに。
私は振り返った。
護衛は困った様な顔をしている。
何故?と視線を下げて――私は気付いた。
彼の小脇には、何十枚ものメモ紙。
ぎっしりと文字と図で埋め尽くされた紙束が、今にも崩れ落ちそうになっている。
そして。もう、新しい紙は無いらしい。
「あ……」
確かにらこれは戻るしかない。
「分かりました。一度戻りましょう」
私は素直に頷いた。
現場は大事だが、記録も同じくらい重要だ。
どうせなら、バインダーの様な物を作ってもらうか。
紙を挟み、整理できる道具。
それだけでも作業効率は上がる。
馬車へ戻りながら、私は既に頭の中で構造を組み立てていた。
板二枚。金属の留め具。蝶番。
簡易な押さえ具。
難しくはない。
屋敷へ戻ると、護衛はそのまま執務室へと向かった。
「伯爵様への報告を」
短いやり取りの後、彼は私のメモを手渡した。
そして、任務に戻る。
私は自室へ戻ったが、内心は落ち着かなかった。
父は、どう見るだろう。やり過ぎと思うか。
それとも――
執務室。
伯爵は、走り書きの紙束を静かに広げていた。
最初の数枚。畑の段々化。傾斜角度。
石垣の積み方。水路補修案。
石材摩耗率の推定。農具改良図。
寸法。材料。工程。
無駄の無い説明。
伯爵は、ゆっくりと目を細めた。
「……ほぅ」
一枚、また一枚。
読み進めるごとに、その視線は鋭さを増していく。これは、思いつきではない。
感覚論でもない。合理的。効率的。
そして何より実行可能。
「これが、我が娘のスキルの結果か」
分析。そして、エンジニア。
教会から報告は受けている。
未知のスキル名。
内容までは把握出来ていなかった。
今、目の前にある紙が、その答えだ。
「内政向き……か」
軍事的な派手さは無い。炎も雷も無い。
兵は、腹が減れば戦えない。
装備が無ければ戦えない。
道が悪ければ進軍は遅れる。
水が足りなければ、都市は干上がる。
内政は、戦の土台。
土台が強ければ、国は強い。
伯爵は椅子にもたれ、天井を見上げた。
神童。
二つ持ち。
そして、合理的思考。
危険か?否。
扱いを誤れば、周囲が恐れるだろう。
正しく使えば――この領地は飛躍する。
「成果を示せ、と言ったが」
口元が、僅かに緩む。
「初日で、これか」
机の上に、紙束を整然と揃える。
判断は早い男だ。
「外出は護衛を付ければ好きに外出を許可する」
そして、付け加える。
「随伴の記録係を増やせ」
護衛だけでは足りない。
これは“遊び”ではない。
事業だ。執務室の外。
私はまだ知らない。
父が、その価値を正確に理解し始めている事を。物事は、確実に動き始めていた。
小さな走り書きはやがて、領地を変える設計図へと積み上がっていく。




