販売権という餌
執務室の空気は、重かった。
懐中電灯の光は既に消えている。
だが、その残像は確実に父の脳裏に残っているはずだ。
「……理屈は分かった」
父は低く言った。
「だが」
分かっている。先立つものは無い。
金だ。
工房を作る。職人を雇う。材料を確保する。
全てに資金が必要。
「お父様」
私は一歩、前へ出た。
「この件を、私に一任して頂けませんか?」
文官が息を呑む。父の視線が鋭くなる。
「一任?」
「はい。言い方は悪いですが……金を引っ張る方法を思いついております」
静寂。
私は続ける。
「お父様が信用出来る商人をご紹介下さい。私が交渉します」
文官の表情が変わった。
侯爵家の跡取り娘が、商人と直接交渉する。
前例は、恐らく無い。
父はしばらく黙っていた。
その沈黙は、試す様でもあり、量る様でもあった。
やがて。
「失敗した場合の責任はどう取る」
直球だ。
「成果で返します」
即答。
父の口元が、僅かに動く。
「……分かった」
文官が驚いた顔をする。
「商人を紹介しよう。だが、私も同席する」
当然だ。完全に自由とはいかない。
それでも十分だ。
翌日の応接室。
現れたのは、中年の男。
身なりは質素だが、布地は上等。
目は鋭い。
「伯爵様より伺っております」
深く頭を下げる。
私は懐中電灯を机に置いた。
商人の視線が、すぐにそれに吸い寄せられる。
「これは?」
スイッチ。
光。
商人の瞳が見開かれる。
「……ほぅ」
次に、充電機の説明。
繰り返し使用可能である事。
魔石の消耗が抑えられる事。
水車型の可能性。
商人は黙って聞いている。
表情は崩さない。
だが、目が計算している。
私は切り出した。
「この懐中電灯の販売権を、あなたにお渡しします」
文官が息を呑む。
商人の眉が、僅かに動く。
「独占ですか?」
「ええ。ただし」
私は微笑んだ。
「利益は折半」
商人の沈黙。
悪くない条件だ。
だが、それだけではない。
「代わりに、作業場の建築費。初期材料費。当面の運転資金を出して頂きます」
室内の空気が張り詰める。
商人はゆっくりと口を開いた。
「伯爵家の後ろ盾は?」
父が静かに言う。
「ある」
短い言葉。だが、重い。
商人は目を閉じ、数秒考えた。
市場規模。原価。利益率。
普及速度。魔石需要。
恐らく、全てを頭の中で弾いている。
やがて。
「……面白い」
小さく笑った。
「賭けましょう」
文官が、明らかに緊張を解いた。
商人は条件を詰める。
販売範囲。価格設定。供給量。
私は一つ一つ、応じる。
譲れない部分は譲らない。
技術の中核は渡さない。
独占は与える。
だが、完全支配はさせない。
数刻後。合意。
作業場建設費、全額負担。
初期運転資金、提供。
販売利益、折半。
私は椅子にもたれた。
成功。
金を、引っ張り出した。
父が静かに私を見る。
その目は、驚きと、僅かな警戒を含んでいた。
娘は技術だけでなく。金も動かす。
光は、売り物になる。
そして領地は、新しい産業を持つ。
私は商人と握手を交わした。
革命は光と共に、始まる。




