予算という壁
数日。
私のメモは文官の手によって整理され、優先順位が付けられ、いくつかは既に実行へ移され始めていた。
水路の簡易補修。倉庫の棚配置変更。
農具改良の試作。
確実に動いている。……はずなのだが。
「遅い」
思わず、口に出た。
文官が一瞬、顔を上げる。
「何がでしょうか」
「進行よ。もっと早く出来るでしょう?」
彼は、静かに書類を閉じた。
「お嬢様。改革には順序があります」
「分かっているわ。でも――」
私は机の上の計画書を指差した。
「この程度なら、一斉に出来るでしょう?」
文官は、僅かにため息をついた。
「予算余力が、ございません」
……は?私は、瞬きをした。
「伯爵家でしょう?」
領地を持ち、税を徴収し、兵を抱える家。
その財政に余裕が無い?
文官は淡々と続ける。
「収入は農税が主。天候に左右されます。備蓄維持費、兵の給与、街道維持費。加えて王都への上納金」
指折り数える様に、項目が並ぶ。
「余剰は、ほとんどありません」
めちゃくちゃ現実的な話だった。
夢もロマンも無い。帳簿の話。
それが現実。私は椅子に背を預けた。
改善案は山ほどあるが、金が無ければ動かない。
「……なら」
私はゆっくりと呟く。
「稼げる何かを探さなければ、ね」
文官の眉が動く。
「新税ですか?」
「違うわ」
税を上げれば、民は苦しむ。
それは本末転倒だ。生産量を上げる。
流通を増やす。商人を呼び込む。
付加価値を作る。
何か、“稼げる柱”が必要だ。
その時、ふと頭に浮かんだ。
魔物。討伐。素材。
「冒険者の活動は、どの程度の利益を生んでいるの?」
文官の表情が、僅かに曇る。
「……限定的です」
「限定的?」
「彼らは危険な仕事を請け負いますが、不安定です。収入も安定しません。領地の柱にはなり得ません」
随分と、冷たい評価だ。
「だが、魔物素材は売れるでしょう?」
「量が安定しません。頼るには心許ない」
軽視。はっきりと、そう感じた。
冒険者は“必要だが、主軸ではない”。
そういう扱い。私は違和感を覚える。
未知の存在。
魔物。その素材。その討伐技術。
そこに、改善や効率化の余地は無いのか?
例えば討伐効率を上げる仕組み。
素材流通の最適化。
専用加工施設。
考えれば、幾らでも広がる。
「お嬢様」
文官が静かに言う。
「冒険者は、荒事の者です。内政とは別物」
別物。そう切り分ける。
内政と軍事は繋がっている。
魔物が増えれば、農地は荒れる。
街道が止まる。
税収が落ちる。
ならば軽視するのは、危険ではないか。
私は、窓の外を見た。
遠くで、鐘が鳴る。
あれは何の鐘だろう。
魔物出現の合図か。
それとも、ただの時報か。
まだ分からない。
だが一つ、確信が芽生えていた。
稼ぐ柱は、必ずある。
そしてそれは帳簿の上だけでは、見つからない。




