09
最近、街が落ち着きすぎている。
それが、問題だった。
朝。
ギルドの前はいつも通り人が多い。
依頼もある。
冒険者もいる。
だが――
どこか、違う。
「……静かすぎないか?」
俺は、無意識にそう呟いた。
本来なら。
依頼が足りない。
危険な討伐が増える。
新人が泣く。
そういう騒音があるはずだ。
なのに。
「最近、事故が減ったな」
「無茶する奴がいない」
「連携が妙にいい」
冒険者たちの会話が、
妙に“健全”だった。
……嫌な予感しかしない。
受付の女性――ミリアが、
書類を整理しながら言う。
「最近ですね」
「英雄候補の話が、出ていないんです」
英雄。
「……ああ」
「そういえば、聞かないな」
この手の世界なら。
そろそろ現れてもおかしくない。
光る剣。
特別なスキル。
やたら前向きな性格。
「本来なら、今頃――」
ミリアは、少し言いにくそうに続けた。
「何か、起きているはずなんですが」
起きるな。
平和でいい。
俺はそう思いながら、
いつものように棚を見た。
……歪んでいる。
「少し、直す」
【チュートリアル】
【警告】
【世界進行が停滞しています】
知らん。
棚を直していると、
背後で声がする。
「師範」
振り返る。
カイトと、
その後ろに数人。
全員、
装備がやたら整っている。
「……何だ」
「質問です」
真剣な顔。
嫌な予感。
「英雄とは、何でしょうか」
知らん。
「……強い奴だろ」
「では」
「今の街で、一番影響力があるのは?」
知らんと言っている。
「迷宮は静か」
「街は安定」
「冒険者は無茶をしない」
全員が、
同時に俺を見る。
やめろ。
「つまり……」
誰かが、
慎重に言葉を選ぶ。
「英雄が“現れない”のは」
「既に……」
やめろ。
【チュートリアル】
【代替象徴の発生を確認】
【分類:想定外】
やめろと言っている。
俺は、
深く息を吸った。
「英雄なんて」
「目立ちたがりがやる仕事だ」
本音だ。
「俺は」
「静かに暮らしたい」
沈黙。
「……」
「……」
「さすが師範」
違う。
昼。
街を歩く。
いつの間にか、
後ろに人が増えている。
「特に意味はない」
「ついてくるな」
「はい!」
意味が分からない。
森の手前。
迷宮の方向を見る。
今日も、
やけに静かだ。
……不満そうに。
「知らないからな」
小さく言う。
【チュートリアル】
【英雄イベントが開始できません】
【原因:進行干渉】
俺は何もしていない。
その日。
酒場では、
新しい噂が流れ始めた。
「英雄はいない」
「だが――」
「代わりに、“基準”がいる」
それが何を意味するのか。
俺は、
まだ知らない。
ただ。
世界が、
俺を中心に止まっている。
そんな感覚だけが、
少し気持ち悪かった。




