07
朝から、様子がおかしかった。
ギルドに入った瞬間、
視線が――刺さる。
静か。
やけに静か。
普段なら、
叫び声、口論、依頼の押し付け合い。
それが今日は、ない。
代わりに。
ひそひそ。
こそこそ。
明らかに俺を中心に。
……嫌な予感しかしない。
「聞いたか?」
「迷宮、昨日から完全に静止してるらしい」
「師範が近くにいるだけで、だぞ」
「街もだ」
「掃除が進みすぎてる」
「ゴミが……ない」
やめろ。
俺の耳は、
ブラック企業仕込みで無駄に良い。
「ギルドの仕事効率も上がってる」
「書類の紛失ゼロ」
「受付が怒らない」
「……それ、奇跡では?」
それは確かに奇跡だが、
俺のせいじゃない。
「つまりだ」
声を潜めた冒険者が、
真剣な顔で言った。
「師範は――」
「街全体を、調整している」
……。
何を言っている。
「存在そのものが、世界に影響を」
「無意識の支配」
「いや、制御だ」
「“調和”の象徴……」
誰か止めろ。
俺は、そっと視線を逸らし、
ギルドの奥へ逃げた。
受付の裏。
資料棚の前。
ここなら、静かだ。
「……」
深呼吸。
落ち着く。
散らかった棚。
傾いた本。
埃。
――最高だ。
俺は無言で、
本を揃え始めた。
高さを合わせ、
向きを揃え、
ラベルを正面に。
……うん。
【チュートリアル】
【状況分析開始】
やめろ。
【仮説1】
【対象は“環境改善型支配者”】【図1参照】
視界に、
意味不明な円グラフが浮かぶ。
全部、同じ色。
【仮説2】
【対象は“無自覚型世界干渉”】【図2参照】
棒グラフが、
天井を突き破った。
【仮説3】
【対象は――】
「うるさい」
小声で言った。
【警告】
【理解不能な拒否反応】
【再計算】
再計算するな。
棚の整理を続ける。
無心。
この時間だけが、
俺を人間に戻す。
その背後で。
「……やはり」
「何もせずに、全てを整える」
「あれが“型”だ」
見てるな。
絶対見てる。
「師範」
誰かが、恐る恐る声をかけた。
振り返る。
冒険者が三人。
全員、無駄に姿勢がいい。
「今日の……教えは?」
教え?
「……棚は」
「定期的に、整理しろ」
沈黙。
「……深い」
「装備も、心も、か」
「無駄を削ぐ……!」
違う。
ただの整理整頓だ。
【チュートリアル】
【“生活指導”として再分類】
【世界影響度:微増】
増やすな。
昼。
噂は、止まらなかった。
「師範が動くと、街が変わる」
「逆に言えば――」
「師範が動かなければ、何も起きない」
誰かが、
ぽつりと言った。
「……支配者、では?」
俺は、
棚の奥に顔を突っ込んだ。
「静かに暮らしたいだけなんだが……」
【チュートリアル】
【その願いは想定されていません】
知るか。
夕方。
外を見ると、
通りは相変わらず綺麗だった。
誰も命じていないのに。
迷宮の方向から、
低い音がする。
……不満そうだ。
「俺じゃない」
誰に言うでもなく、呟く。
その日、
街では正式に噂が立った。
『師範=都市安定装置説』
俺は、
それを知らないまま、
今日も棚を拭いていた。
続く。




