04
正直に言おう。
俺は、貴族街が苦手だ。
理由は簡単。
高い。
緊張する。
視線が痛い。
それなのに今、俺は――
昨日助けた貴族令嬢と向かい合って、
高級ティーセットを前に座っていた。
「改めて、お礼を」
そう言って頭を下げた彼女は、
落ち着いた雰囲気で、
どこか“慣れている”感じがする。
……それが、妙に引っかかった。
「どこかで、会ったこと……?」
口に出しかけて、やめた。
失礼だし、ナンパっぽい。
「いえ」
彼女は微笑む。
「初対面のはずです」
“はず”。
その言い方が、
なぜか胸に残った。
隣では、同行してきた女傭兵が
ケーキを真顔で三つ目に突入している。
「……うまい」
平和だ。
【注意】
【イベント発生地点で無駄に休憩しています】
うるさい。
貴族令嬢は、俺の顔を見て言った。
「噂は聞いています」
「迷宮の指揮官で、師範で……」
また増えてる。
「大したことはしてない」
本心だ。
「そういうところが、余計に――」
彼女は、途中で言葉を切った。
「……失礼」
今の、何だ。
その瞬間、
また、頭の奥がチクッとした。
白い場所。
光。
誰かが、笑っている。
『今回は、少し違う役よ』
女の声。
柔らかい。
だが、思い出せない。
「……?」
【警告】
【チュートリアル外の記憶参照を検知】
またか。
【あなたは現在、想定外の立ち位置にいます】
「それ、最初に言え」
【本来、このチュートリアルは
“勇者候補”向けです】
……は?
【あなたの行動は、進行を乱しています】
知らん。
向かいの令嬢が、
じっと俺を見ていた。
「どうか、されましたか?」
「ああ……いや」
危ない。
今のは、独り言だ。
彼女は、少し考えてから言った。
「あなた、不思議ですね」
「まるで、舞台の外から
物語を見ているみたい」
やめてくれ。
その言い方。
俺自身、
同じことを思っている。
食事が終わり、
屋敷を出る頃には、
すっかり日が傾いていた。
門の前で、彼女は言った。
「また、お会いする気がします」
根拠はない。
だが、妙に確信めいている。
……本当に、何者なんだ。
帰り道、
後ろには相変わらず冒険者の列。
「師範、今日の教えは?」
「次は何を?」
「……走れ」
「走る……!?」
健康第一だ。
【チュートリアル:理解不能】
夜、宿で一人になる。
ベッドに倒れながら、
俺は天井を見た。
「……シラ……?」
名前の欠片。
でも、続きが出てこない。
【強制中断】
【不要な自己分析は禁止されています】
「禁止多すぎだろ、この世界」
遠くで、
ダンジョンの低い音が響いた。
まるで、
“こちらを見ている”みたいに。
今日は、それだけが気になって、
なかなか眠れなかった。




