追放聖女、辺境カフェでスローライフしていたら元最強騎士団長に溺愛されました。今さら王子に謝られてももう遅いです
私の人生がひっくり返ったのは、王城の謁見の間のど真ん中だった。
「異世界人エリナ。お前を、偽聖女の罪でこの国から追放する!」
玉座の前で、金髪イケメンの第1王子・レオンハルト殿下がそう高らかに告げた。
ひどい。
……ひどいんだけど。
(あ、やっと終わった)
心の奥底では、そんな感想がこぼれていた。
だって、私がこの世界に召喚されてから、もう2年近く。
毎日、朝から晩まで治癒魔法の連続で、寝る時間もろくにないブラック聖女生活だったのだ。
元の世界でも社畜だったけど、こっちは魔力というHP付き。
ゼロになっても普通に働かされるの、本気でおかしいから。
「殿下、私は……」
最後くらい、ちょっとは言いたいことを言ってもいいよね。
「私が聖女じゃないっていう証拠は、あるんですか?」
できるだけ冷静に問い返すと、レオンハルト殿下の隣で、栗色ツインテールの侯爵令嬢リリアナが、わざとらしく肩をふるわせた。
「エリナ様ったら。わたくしの前で『聖女なんて適当にやってればいい』って笑っていたではありませんか。ねえ、殿下?」
「そうだ。その耳障りな言葉、俺はこの耳で確かに聞いた」
聞いてない。
言ってもない。
というか、あんたその時間、別の女の子口説いてたでしょ。
ツッコミたいことは山ほどあるけど、もういい。
ああ、これが噂に聞く、お約束のざまぁ展開への前振りってやつだ。
「……わかりました。私、出ていきます」
私は静かにそう告げると、白い聖女服の裾をつまんで一礼した。
「ただ、1つだけ言わせてください」
「なんだ」
「私がいなくなったあと、大変なことになっても、呼び戻すのはやめてくださいね」
レオンハルト殿下は鼻で笑った。
「ふん。偽物がいなくなろうが、困りはしない。真の聖女であるリリアナがいるのだからな」
「そうですわ。わたくしがいれば、魔物なんてあっという間です」
リリアナが自信満々に胸を張る。
あ、その自信どこから出てくるのか普通に興味はある。
「では、お元気で」
私はくるりと背を向けた。
ああ、これでようやく、好きなだけ眠れるんだ。
◇ ◇ ◇
それから半年後。
私は、王都から馬車で数日かかる辺境の小さな村で、のんびりカフェをやっている。
「いらっしゃいませ。本日のランチは、ふわとろオムライスと、きのこのクリームスープです」
「おお、それを2つ頼む。ついでに、あの甘いお茶も」
「はい、ハニーミルクティーですね」
ここ、辺境のロアン村にある、私のカフェ「猫しっぽ亭」。
名前は完全に私の趣味だ。
もともとこの世界に来たときのチートスキルが「鑑定」と「料理」だったので、じゃあもうカフェやるしかないでしょ、という流れでこうなった。
実際、村人たちにはだいぶ気に入ってもらえている。
「ああ〜、エリナちゃんの料理食べると生きててよかったって思うわ〜」
「そう言ってもらえると、私も生きててよかったって思います」
そんな会話をしていると、店の扉が乱暴に開いた。
バンッ。
「す、すみません! 今日はもう閉店でして!」
慌てて顔を上げた私の視界に飛び込んできたのは、黒いマントに銀の鎧。
背は高く、鍛え抜かれた体に、冷たい灰色の瞳。
そして、その額からは、つうっと血が流れている。
「……っ!」
思わずカウンターから飛び出し、男の腕を支えた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「……すまない。道を聞きたかっただけなのだが……少し、限界らしい」
低く落ち着いた声。
そう言ったきり、男は私の肩に体重を預け、そのまま崩れ落ちた。
「ちょ、ちょっと!?」
「エリナちゃん、その人……!」
「とりあえず奥のベッドに運びます! ハロルドさん、手伝ってください!」
「お、おう!」
村の農夫ハロルドさんと一緒に、私は男をなんとか客間のベッドまで運び込んだ。
鎧を外すと、体中に切り傷と打撲。
魔物にでも囲まれたのだろうか。
(……大丈夫。まだ、治せる)
私は深呼吸して、手のひらを彼の胸の上にかざした。
「ヒール」
淡い光が、私の手のひらから流れ出て、男の傷を包み込む。
半年ぶりに使う、本気の治癒魔法。
ここでは、村人の軽い擦り傷くらいしかないから、全力を出すことがなかったのだ。
「……よし。命に別状はない、はず」
私は額の汗をぬぐい、ほっと息をついた。
そのときだ。
「……エリナ、か」
「え?」
寝ていたはずの男の、灰色の瞳が、すっと開いた。
「やはり、君だったか」
「えっと……私、どこかで会いました?」
見覚えがあるような、ないような。
でも、この迫力のあるイケメンを忘れるとも思えない。
男は少しだけ口元をゆるめた。
「王城で、何度か。俺は、王国最強と呼ばれていた近衛騎士団長、ジークフリートだ」
「あっ」
思い出した。
王城で私の護衛についてくれていた、無口で仕事熱心な騎士団長。
いつもさっさといなくなるから、まともに会話したことはほとんどない。
「……すみません。甲冑姿の背中しか印象に残ってなくて」
「背中でも覚えていてくれただけで光栄だ」
ジークフリートと名乗った男は、くすっと笑った。
さっきまで冷たく見えた灰色の瞳が、少し柔らかくなる。
なんだろう、このギャップ。ちょっとずるい。
「それで、どうしてここに? 王都からかなり遠いですよ」
「君を探していた」
「……はい?」
あまりにもさらっと言われて、変な声が出た。
「いや、だって私、追放された聖女で……」
「だからだ」
ジークフリートはベッドから身を起こし、まっすぐに私を見る。
「君が追放されたあと、王都は地獄と化している」
「へ?」
「魔物の発生数は以前の数倍。君がいた頃のように鎮まらない。聖女を名乗るリリアナ嬢は、治癒も浄化も、ほとんどできないらしい」
「ああ……」
やっぱりそうなったか。
私が王都にいたとき、魔物はしょっちゅう押し寄せていたけど、何とか抑え込んでいた。
魔物の発生源を浄化し続けていたのは、他でもない、私だ。
けど王族も貴族も、それを「聖女ならやって当然」としか思っていなかった。
「……殿下たちは、どうしてるんですか?」
「必死に他国に援軍を求めている。だが、どこも渋い顔だ。君にたいする扱いは、もう噂になっているからな」
ああ、それはそうだろう。
ブラック企業にされた元社員を、他社が見たらどう思うか。
普通は危険な職場だと思って、距離を置くはずだ。
「それで、ジークさんは、私を王都に連れ戻しに来たとか?」
「違う」
即答だった。
「俺は、王城を辞めた。君を追放するあの場に立ち会った自分が、心底嫌になったからな」
ジークフリートは、少しだけ苦い顔をした。
「だから、もうあの王家に尽くすつもりはない。俺がここに来たのは……」
そこで、言葉を切る。
不意に、灰色の瞳が、真っ直ぐに私を射抜いた。
「君に、俺の隣で生きてほしいからだ」
「…………はい?」
今日、私、変な声出しすぎじゃない?
「えっと、それは、その……」
「プロポーズだ」
シンプルすぎる言葉に、脳が追いつかない。
「ま、待ってください! 私たち、ほとんど話したこともないですよね!?」
「話さずとも見ていた。君が無茶ばかりして、フラフラになりながらも、誰かを助け続ける姿を」
ジークは、ちょっとだけ目を細めた。
「だからこそ、今度は君が、ただ笑って生きていける場所を守りたいと思った」
「…………」
ずるい。
そういうこと、さらっと言うの、ほんとずるい。
「もちろん、いきなり答えは出なくていい。だが、1つだけ提案させてくれ」
ジークは、ベッドから降りて、片膝をついた。
騎士の誓いの姿勢。
「この辺境一帯の治安維持を引き受ける代わりに、君のカフェに常駐させてほしい。俺にとっては、ここが最前線であり、安らぎの場所になる」
「常駐って、それ、ほとんど同居みたいな……」
「嫌か?」
ジークの問いかけに、私は少しだけ考えた。
半年間のスローライフは、とても幸せだった。
でも、正直に言えば、ほんの少しだけ、さみしかったのも事実だ。
日本にいたころも、こっちに来てからも、私はずっと誰かのために働いてきた。
誰かが、私のために何かをしてくれたことなんて、ほとんどなかった。
それを今、この人は、当たり前のように言ってくれる。
「……嫌じゃ、ないです」
気づけば、そう口にしていた。
「ただ、1つ条件があります」
「なんだ?」
「このカフェの手伝い、ちゃんとしてくれること。あと、私のスローライフを邪魔しないこと」
「了解した」
ジークは、騎士らしく真面目な表情でうなずいた。
「料理は教えてくれれば覚える。皿洗いも掃除も得意だ。君の睡眠時間は、今の1.5倍にはしてみせる」
「そこは2倍でお願いします」
「善処しよう」
思わず吹き出してしまう。
ああ、この感じ、嫌いじゃない。
「じゃあ、とりあえず……ようこそ、猫しっぽ亭へ。今日からあなたは、うちの従業員第1号です」
「ああ。雇ってくれて光栄だ、店主殿」
ジークは、少しだけ照れたように笑って、私の右手をそっと取った。
◇ ◇ ◇
ジークがカフェに住み込み始めて、数日。
「ジークさん、テーブル3のオムライスお願いします!」
「了解した。追いケチャップはどうする?」
「ハートで!」
「承知した」
最強騎士団長、仕事が早い。
皿洗いも完璧、掃除も完璧、簡単な料理なら既に私より綺麗に仕上げてくる。
「ねえねえエリナちゃん、あの人ほんとに騎士様だったの?」
「うん。元、だけどね」
「もったいないわねえ。あれだけ動けるなら、村の祭りで余興してもらおうかしら」
「本人に聞いてみてください」
いつもの、のんびりした日常。
ジークが加わっただけで、店はますます賑やかになった。
そんなある日のこと。
昼の営業を終えて、片付けをしていると、ジークが真剣な顔つきで私のもとにやってきた。
「エリナ。村の入り口に、王都の紋章を掲げた馬車が来ている」
「……やっぱり来たか」
嫌な予感はしていた。
魔物の発生が増え続けているなら、そのうち、私の居場所にも気づくだろうと。
「行くのか?」
「行かないと、村の人たちに迷惑かかるかもしれないですからね」
深呼吸して、私はエプロンの紐を結び直した。
「でも、戻る気はありません。それだけは、はっきりさせてきます」
「当然だ。俺も行こう」
ジークと2人で村の入り口に向かうと、そこには豪華な馬車と、見覚えのある顔ぶれがいた。
「エリナ! やっと見つけたぞ!」
堂々と馬車から降りてきたのは、レオンハルト殿下。
その後ろには、少しやつれた顔のリリアナ。
さらに、王都の神殿長や、見覚えのある貴族たちまでいる。
「お久しぶりです、殿下」
私は、できるだけ丁寧に一礼した。
「話は村の外でお願いします。ここは、私の大事な生活圏なので」
「……ああ」
レオンハルトは、以前よりも疲れた様子でうなずく。
村から少し離れた草原まで移動すると、彼は振り返った。
「エリナ。すまなかった」
「はい?」
思わず素で聞き返してしまった。
「お前を偽聖女呼ばわりし、追放したこと……謝罪する」
レオンハルトは、悔しそうに拳を握りしめている。
「今さら、どうしてですか?」
「お前がいなくなってから、俺たちは知ったんだ。どれほどお前に頼っていたかを」
彼の隣で、リリアナが顔を真っ青にしている。
「わ、わたくし、本当に少ししか治癒が使えなくて……魔物も、全然浄化できなくて……」
「だったら、最初から聖女名乗らなきゃよかったのに」
口からするっと、言葉がこぼれた。
「私を偽物呼ばわりしたときは、自信満々でしたよね?」
「そ、それは……」
リリアナがうつむく。
「エリナ。どうか、王都に戻ってきてくれないか」
レオンハルトが、必死の顔で言った。
「報酬も倍にする。待遇も改める。だから、頼む!」
「お断りします」
私は、さっと答えた。
「……っ!」
レオンハルトの顔が、露骨に驚きでゆがむ。
「ど、どうしてだ? お前は優しいだろう? 民が苦しんでいるんだぞ!」
「だからこそ、です」
私は、静かに続けた。
「私1人に全部押し付けて、また同じことを繰り返す未来が見えるから。王都の民は、私じゃなくても誰かに救われるべきです」
「だが、他国は動いてくれない!」
「だったら、殿下自身が変わるしかないんじゃないですか?」
レオンハルトは、ぐっと言葉に詰まった。
「それに……」
私は、隣に立つジークをちらりと見る。
「今の私は、猫しっぽ亭の店主です。この村の人たちに、美味しいご飯と、ゆっくりできる時間を提供するのが仕事なんです」
「そんなもののために、王都を見捨てるというのか!」
思わず、笑ってしまった。
「王都にいたときも、私の睡眠時間を見捨ててましたよね?」
「……っ」
「私は、もう自分を犠牲にして誰かを助けるのはやめました。今は、私自身のスローライフを守るために生きます」
そう言って、私は一歩、レオンハルトから距離を取った。
その瞬間、ジークがすっと前に出る。
「これ以上、彼女に無茶を強いるなら、俺が敵になる」
「ジークフリート……! お前まで王家に刃向かうのか!」
「とっくに刃向かっている。退職届も叩きつけた」
ジークは、淡々と告げる。
「この辺境一帯の治安は、これから俺が見て回る。魔物が王都まで届く前に、ここで食い止めるつもりだ」
「そ、そんなことが……」
「できるさ。君をブラック環境から守るためなら、俺は魔王にだって喧嘩を売る」
「さらっととんでもないこと言わないでください」
でも、そう言われて、胸の奥がじんわりと温かくなった。
「……エリナ。せめて、民のために、何かできることは……」
レオンハルトの声は、もう王子というより、1人の青年のそれだった。
私は少しだけ考えてから、小さな瓶を1つ取り出した。
「これを、王都の神殿に埋めてください。魔力を込めた浄化ポーションです。うまくいけば、少しは魔物の発生が落ち着きます」
「そ、それをもっと……!」
「これ1つが限界です」
私は首を横に振った。
「私の魔力は、今はこの村と、私のカフェのために使うって決めたので」
「…………そうか」
レオンハルトは、瓶を強く握りしめた。
「エリナ。本当に、すまなかった」
「許すとは言ってませんよ」
でも。
「まあ、二度と同じことをしないなら、それでいいです」
それ以上、私が関わる必要はない。
レオンハルトたちは、重い足取りで村を去っていった。
◇ ◇ ◇
夕方。
オレンジ色の光が、カフェの店内をあたたかく染める。
「ふぅ……今日もお疲れさまでした」
「お疲れ。皿洗いは終わった」
「さすがです」
カウンターに腰かけて、私はホットミルクを一口のむ。
となりでは、ジークが無糖のハーブティーを飲んでいる。
「……いいのか?」
「何がですか?」
「王都に戻らなくて」
「戻る気は、最初からなかったです」
私は、笑って答えた。
「ここが、今の私の居場所なので」
「そうか」
ジークは、少しだけほっとしたように微笑む。
「じゃあ、俺も安心して、ここを守れる」
「守るって、そんな大げさな」
「大げさではないさ。大事な店と、大事な人だからな」
唐突に、真正面からそんなことを言われて、思わず噴き出した。
「ジークさん、最近ちょっと甘やかしすぎじゃないですか?」
「溺愛すると決めたのでな」
「決めたんですか」
「決めた」
まっすぐすぎる視線に、心臓が落ち着かない。
「まあ……嫌いじゃないですけど」
「それは、好かれていると解釈していいのか?」
「そういうところがずるいって言ってるんですけど?」
ジークが、珍しく声を出して笑った。
店内に、2人の笑い声が広がる。
ああ、こういう時間が、ずっと続けばいい。
そう思った瞬間。
店の扉が、こんこん、と控えめに叩かれた。
「すみません、エリナさん。ちょっといいですかー?」
村長の声だ。
「はーい。どうぞー」
扉を開けると、村長が少し困ったような顔で立っていた。
「村の近くの森に、今まで見たことのない魔物が出てね。どうやら、魔王軍の斥候かもしれんって話で」
「魔王軍……」
やっぱり、そう簡単には、のんびり暮らさせてはもらえないらしい。
「エリナ。どうする?」
ジークが、私の横顔を見つめる。
私は、少しだけ考えてから、にっと笑った。
「とりあえず、ご飯食べてからにしましょう」
「そうだな。空腹では戦えない」
「それに、私たちのスローライフの邪魔をするなら、ちょっとくらい、痛い目見てもらわないと」
「ふむ。ざまぁ、だな」
「そう、ざまぁです」
私とジークは、顔を見合わせて笑った。
こうして、私のスローライフは、ちょっとだけ賑やかな方向へと、また1歩進んでいくのだった。
――続きがあるとしたら、次は「猫しっぽ亭と、森の魔王軍斥候」かな。
そんなタイトルを頭の中に浮かべながら、私は今日の夕ご飯メニューを考え始めた。
あとがきを読んでくださりありがとうございます。
ここまでお付き合いいただき、本当にうれしいです。
追放聖女エリナのスローライフと、無口溺愛騎士ジークとの関係を書いていて、作者もにやにやしながらキーボードを叩いていました。
もし少しでも
おもしろかった
続きが気になる
ジークいいぞ
エリナ幸せになれ
と思っていただけましたら、
・ブックマーク
・評価
・感想
・いいね
のどれかひとつでもポチっとしていただけると、とても励みになります。
数字が増えると、続きの執筆スピードとテンションが確実に上がります。
誤字脱字の報告や
「こんなスローライフイベントが見たい」
「エリナとジークにこんな事してほしい」
といった一言感想も大歓迎です。
次は
「猫しっぽ亭と森の魔王軍斥候」
のエピソードで、2人の距離をさらに近づけつつ、ざまぁ要素ももっと盛っていけたらと思っています。
ここまで読んでくださったあなたに、心から感謝を。
ぜひブックマークで、この物語をそっと本棚に入れてもらえたらうれしいです。




