トラウマ
「アークシェル」
俺は呟き、全身のエーテルを一気に解き放つ。
これが、俺の最終奥義――未来の傷を否定する防壁。
「何をしても無駄だ。――ドール・レイン!」
ホロウレインの叫びとともに、黒い槍が空を裂いて降り注いだ。
だが、その一つひとつが俺に届く寸前で“空間の膜”に触れ、歪んで、すり抜けていく。
「どういうことだ?」
ホロウレインの目が揺れた。
「当たってないだけだよ」
「人間、お前、説明が足りないと言われたことはないか?」
「さあ?言われたことないな」
「では俺の攻撃が当たらないのは、どういうことだ?」
「エーテルを体の周りに張り、俺の《Giftイマジン》で“傷つく未来”を否定した。つまり――現実を捻じ曲げたんだ」
「無茶苦茶だな」
「まあな。でも、これは長くは持たない。だから――決着をつける」
「驕るなよ、人間!」
ホロウレインが両手を掲げると、空が裂け、灰色の雨が降り注いだ。
「グレイレイン」――無数の針が空を染める。
「もう通用しないって!」
俺は叫びながら、全身のエーテルを螺旋状に圧縮した。
「ノーブル・スパイラル!!」
“折れない願い”を刃に変え、直進する突進斬撃。
その勢いのままに、刀はホロウレインの胸を貫いた。
「う……」
「やった、か?」
「――捕まえたぞ」
「え?」
ホロウレインの手が、俺の腕を掴んでいた。冷たい指が骨の奥にまで入り込むように。
「ヴィジョン・ドールズ」
低い声が響いた瞬間、視界が真っ黒に染まった。
――息が、重い。
音も匂いも消えた世界。
空気は粘りつくように湿っていて、踏み出すたびに足が沈む。
モノクロの世界。
空も地面も曖昧で、自分の輪郭さえ溶けていくような錯覚。
そして、見慣れた景色が滲むように浮かび上がった。
(……ここは――)
あの日の、あの教室。
「俺はあいつのこと、嫌いだから」
――言ってしまった。
ただの一言。
でも、その言葉が、すべてを壊した。
あの時の俺は、ただ“班を変えたい”と頼まれて、断りきれずに、軽い気持ちで口にした。
けれど、その瞬間に、教室の空気が変わった。
友達の顔が、悲しみで歪んだのを覚えている。
「……っ!」
次の瞬間、景色が崩れる。
別の記憶が流れ込んできた。
掃除ロッカーに押し込まれ、外から蹴られた音。
背中に響く衝撃。
「まだ生きてんのかよ」と笑う声。
トイレットペーパーを顔に巻かれ、呼吸ができなくなる恐怖。
机の上で「葬式ごっこ」をされた夜。
俺の目の前で、誰かが笑っていた。
「やめろっ……!」
拳を握る。
けれど、体は動かない。
まるで記憶そのものが鎖になって、俺を縛っているようだった。
(これは……俺の、心の中……?)
その時、空間の奥から声がした。
『そうだ。お前の心の底にある“痛み”を具現化した世界だ。』
ホロウレインの声。
黒い影の姿で、ゆらりと現れる。
『お前の弱さを喰らい、力に変える。それが《ヴィジョン・ドールズ》の本質だ』
「俺の……弱さ……」
『そうだ。お前はずっと逃げてきた。人の目からも、自分の心からも。』
――逃げていた。
たしかに、俺はずっと「強くなりたい」と言いながら、誰かに認められたいだけだったのかもしれない。
でも――
「それでも、逃げない!!」
血まみれの拳を握り、俺はホロウレインに向かって走り出した




