信じる力
俺は、光牙に近づくため、足を一歩前に踏み出した。
『待て』
鋭く、しかし低い声が空間を切り裂く。
「なんだよ」
『お前はこれから、俺を使いこなさなければならない。そのために必要なのは――仲良くすることではない』
「……どういうことだよ」
『俺はモンスターだ。人間とモンスターは、決して分かり合えない』
断言だった。揺らぎのない、事実を突きつけるような声。
『お前も分かっているはずだ』
俺は一瞬、言葉に詰まった。
それでも、視線を逸らさずに口を開く。
「……その辺でいい。俺には、君が“光牙”って存在がはっきり見えてるわけじゃない。力をつけるための修行に、移ろう」
本当は、まだ話したいことがあった。
聞きたいことも、伝えたいことも山ほどあった。
――でも、時間がない。
総帥に言われた言葉が、脳裏をよぎる。
俺たちは、立ち止まっている余裕なんてなかった。
そして。
俺は、新たな力を手に入れるための修行を始めた。
白い光が、視界を埋め尽くす。
いや――違う。
これは光じゃない。
刃だ。
俺の内側から溢れ出したそれは、形を持たないまま牙となり、空間を無差別に切り裂いていた。
「っ……!」
一歩踏み出した瞬間、地面が音もなく裂ける。
遅れて、腕に焼けるような痛みが走った。
自分の力で、自分を傷つけた。
理解するのに、時間はかからなかった。
『無様だな』
背後から、冷え切った声。
光の中に立つ影――光牙は、動こうともせず、ただ俺を見下ろしていた。
『力を“出そう”とするな。お前は今、“振るっている”』
歯を食いしばり、再び力を呼び起こす。
強くなりたい。
ただ、それだけだった。
零を倒すために。
守るために。
この力が、必要だった。
だが、応じた光は荒れ狂うだけだった。
意思を持たない牙。
感情に引きずられた暴力。
「……っ、なんでだよ」
息が上がり、視界が揺れる。
光牙は、静かに告げた。
『牙は、振るうものじゃない。噛み砕くものだ、信じるな。制御しようとするな、そして――お前自身が、牙になれ』
意味が分からなかった。
俺はただ、力を使おうとしていただけだ。
それが間違いだと言われても、正解が見えない。
光が、再び暴走する。
俺は膝をついた。
『……人間が、この力を扱えると思うな』
その言葉が、妙に胸に残った。
次の瞬間。
光が、静まる。
代わりに――景色が歪んだ。
「……?」
顔を上げると、そこは修行の場ではなかった。
懐かしい匂い。
冷たい地面。
そして、弱かった頃の自分。
倒れ伏す俺の前に立つ影。
今よりも、ずっと荒々しい光牙。
これは――記憶だ。
『思い出したか』
今の光牙の声が、重なる。
『お前が初めて、この力に触れた時だ』
記憶の中の俺は、恐怖で動けず、ただ震えていた。
その前に立ち、牙となって敵を切り裂いたのは――光牙だった。
「助けられた……」
思わず零れた言葉を、光牙は即座に否定する。
『違う。あれは選択だ、守る価値があるか、見極めただけだ』
拳を握る。
「でも、俺は……」
『例外に縋るな』
冷たい声。
『人間とモンスターは、根本的に相容れない。この記憶があるから共存できる? 幻想だ』
反論できなかった。
理屈は、分かってしまう。
それでも――視線は逸らさなかった。
「……消えないんだ」
小さく、しかし確かに言う。
「どんな理屈を並べても、あんたに助けられた過去だけは、消えない」
沈黙。
やがて、俺は続けた。
「だから俺は、この力を否定しない」
それは、まだ決意じゃない。
だが、逃げでもなかった。
「いつか、モンスターと人間が手を取り合って生きる。そんな平和な時代が来ると、俺は信じてる」
『それは、いつだ?』
「分からない。でもそれを成し遂げるのが、俺である必要もない」
「いつか、同じ信念を持つ人間が現れる。きっと…」
『無謀な信念だな』
「でも、そうなればいいなって思うのに、覚悟も信念もいらない世界が、本当の平和だと思う」
『モンスターにそんな気はないだろ?』
「本能に従っていればな。でも、それを抑制できるモンスターがいることは、もう知ってる」
「だから、人間が手を伸ばし続ければ、そう考えるモンスターだって、必ずいる」
『……そうか』
光牙は、空を見上げ、しばらく考え込む。
『分かった』
「何が?」
『お前が、馬鹿で正直な人間だということがな』
「今考えて、それかよ!!」
『ふっ。まあ、精々頑張れ』
「お前のそういう腑抜けた態度が――」
そう言い終える前に。
光牙は、右手を差し出した。
「……何?」
『受け取れ。お前の力だそしてこの力で、その無謀な幻想を――当たり前にしてみせろ』
俺は、光牙から差し出された光の塊を、確かに受け取った。




