化け物
床のコンクリートが微かに震え、鉄骨が軋む音が足元から伝わってくる。
ただ立っているだけで、肺の奥が圧迫されるほどのエーテル濃度。
浴衣を纏った女は、空中に立っていた。
足先は床から数センチ浮き、影だけが不自然に揺れている。
「……返せと言ったはずだ」
声は静かだった。
だが、それだけで空気が歪む。
俺は刀を抜いた。
刃に走るエーテルが、低い唸りを上げる。
「眠ってたなら、起こした責任は取るさ」
その瞬間、
世界が一段、加速した。
女の姿が消える。
「どこだ?」
「こっちだよ」
そうして女は刀を何処からか取り出して俺の背後から斬りかかったが、それを俺もマイクロポータルで刀を取り出して応戦する。
「私の力は未来を視えるものだ、だからお前の刀は私に届かない」
「未来視だなんてそんなGift聞いたことがない」
だがそうも言ってられない、そして。
――近い。
俺は直感でそう悟った。
一歩も踏み込んでいないのに、化け物の間合いはすでにこちらを捉えている。
浴衣の女は静かに刀を抜いた。
鞘走りの音が、やけに澄んで耳に残る。
次の瞬間だった。
――キンッ!!
火花が散り、御影の手首に重たい衝撃が走る。
見えなかった。
踏み込みも、予備動作も。
「っ……!」
俺は反射で刃を返し、横薙ぎに振る。
だが空を切る。
背後――。
「遅い」
囁くような声と同時に、首元に冷気。
俺は身を沈め、床を滑るように転がる。
直後、彼が立っていた場所の壁が斜めに断ち切られ、ずるりと崩れ落ちた。
(間合いが読めない……いや、読ませないのか)
俺は呼吸を整え、刀を正眼に構える。
手の震えはない。
あるのは、集中だけ。
化け物が歩み寄る。
一歩、また一歩。
床板が、足音のたびに悲鳴を上げる。
御影が先に動いた。
踏み込み、突き。
最短距離で心臓を狙う。
――だが、
刃は弾かれた。
化け物の刀が寸分の狂いもなく御影の切っ先を叩き落とす。
そのまま流れるように斬り上げ。
御影は歯を食いしばり、刀で受ける。
キィィィン――!!
金属が擦れ合い、耳鳴りがするほどの音。
刃と刃が噛み合い、互いに動かない。
二人の距離、拳一つ分。
御影は相手の目を見る。
そこには感情がない。
あるのは――確信。
(こいつ……剣そのものだ)
御影は力任せに押し返さず、わざと力を抜いた。
一瞬の隙。
化け物の刃が前に出る。
その瞬間、御影は体を捻り、相手の懐へ潜り込む。
肘。
柄頭で顎を打つ。
鈍い衝撃。
だが、化け物は倒れない。
逆に、至近距離から横薙ぎ。
御影の頬が裂け、血が飛ぶ。
「くっ……!」
血の味。
視界が赤く滲む。
それでも御影は踏み込むのをやめない。
刀を返し、斬る、斬る、斬る。
連撃。
速さではない。
呼吸に合わせた剣。
化け物はすべて受け、いなし、弾く。
そのたびに火花が散り、床が抉れ、壁が裂ける。
一合、二合、三合。
次の一撃で、
二人の刀が同時に折れた。
――否。
御影の刀だけが、途中から砕け散った。
「……」
一瞬の静寂。
化け物の刀が振り下ろされる。
御影は、折れた刀身を逆手で握り直し、踏み込んだ。
刃が交差する。
化け物の肩口に、浅い傷。
御影の脇腹に、深い裂傷。
血が落ちる。
床に、ぽたりと。
御影は荒い息のまま笑った。
「……今のは、効いたろ」
化け物は初めて、視線を落とし、自分の傷を見る。
「……人間にしては、上出来だ」
二人は、再び構える。
校舎が軋み、
夜風が血の匂いを運ぶ。
勝負は、まだ終わらない。
コンクリート片が弾丸のように飛び、屋上の手すりがねじ切れる。
爆風に煽られ、御影の体が宙を舞う。
だが、着地する前に刀を突き立て、床を抉って止まる。
「来い……!」
返事はない。
代わりに、空間そのものが裂けた。
無数のエーテルの刃が、空中に花のように咲く。
一斉射。
御影はマイクロポータルを展開し、次々と刀を生成する。
「――っらぁ!」
投擲。
迎撃。
衝突。
刃と刃がぶつかるたび、爆発音に近い衝撃波が走る。
窓ガラスが一斉に砕け、下の階から悲鳴が上がった。
校舎の外壁が剥がれ、鉄骨が露出する。
女はその中心で、舞っていた。
焼け落ちる瓦礫の中、血の一滴も流さず。
「無駄だ。視えている」
次の瞬間、御影の視界が反転する。
――斬られる。
理解した時には、もう遅い。
脇腹を裂く一撃。
熱。
遅れて、痛み。
「ぐ……っ!」
血が宙に散り、床に叩きつけられる。
それでも御影は笑った。
「……やっぱり、未来視か」
女の眉が、僅かに動く。
驚き。
御影は立ち上がりながら、周囲に刀を展開する。
一本、二本、十本、二十本。
校舎の屋上が剣山のようになる。
「だったら――」
御影は一気にエーテルを解放した。
「全部同時だ」
刀が一斉に飛ぶ。
直線、曲線、落下、跳弾。
未来を視ていても、処理しきれない数。
女は後退する。
初めて。
回避の余波だけで、校舎の床が崩落した。
屋上が丸ごと沈む。
二人は落下する。
三階。
二階。
御影は空中で体勢を立て直し、女を追って踏み込む。
拳と刀がぶつかり、
その衝撃で校舎の中央が縦に裂けた。
壁が割れ、階段が崩れ、廊下が崩壊する。
夜風が校舎内部を吹き抜ける。
女の浴衣は裂け、焦げ、
それでも彼女は立っていた。
そして隙を見て一瞬で女の後ろに行き、刀を振り下ろした瞬間。
女の刀が俺の腹部を貫いていた。
「……面白い」
「嘘だろ…」
その声と同時に、天井が消えた。
上空に現れたのは、
燃え盛る巨大な岩塊。
隕石。
「本気を見せろ、人間」
御影は一瞬、目を見開いた。
次の瞬間、歯を食いしばる。
「……上等だ」
巨大な結界を展開。
校舎全体を包み込む。
そして、刀を構える。
「――次元斬り」
振り抜いた刃が、
空間そのものを切断する。
隕石が真っ二つになり、爆発。
衝撃波が校舎を飲み込む。
御影は吹き飛ばされ、瓦礫に叩きつけられる。
意識が揺れる。
視界の端で、女が立っている。
焼け焦げた着物。
それでも、倒れていない。
「お前は強い」
そう言いながらも俺は傷だらけの体を起こしながらも立ち会がる。
「もう良い、静かに眠れ」
「うるせぇな」
刀を地面に付きながらも立ち上がろうとするが、それでも体制は保てない。
「そこで静かに見てるが良い」
「先輩!!」
神阪と桐原が校門の方から声をかける。
「来るな!!」
「先輩でも勝てないなんてどうすれば」
混乱している二人を横前に、女は手を地面につけると地面から光り輝く物が浮き出す。
「なんだこれ」
「これが私の本来の力だ」
そうしてその光が女に吸収される。
「これで、やっと私の力が」
全ての光が吸収された。
「お前はそれで何をする気だ」
意識を保ちながら言う。
「人間の殲滅だ」
「ふざけんな!!」
「お前は強い、今までで私の動きに着いてこれたのは二人目だ、今度は本気のお前と戦いたいものだ」
そうして女は何処かに消えた。
そこで俺は意識が消えた。




