行きつく間もない襲撃
そして俺は日本へ戻った。
帰国して一息つく暇もなく、学校生活が再び始まる。
「御影さん、立て続けに予定が入っていますが……本当に大丈夫ですか?」
玄関で桐生が少し心配そうに声をかけてくる。
「大丈夫だって。まあ、学校くらいなら問題ない」
「そうですか」
「うん、行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
扉を閉め、外に出る。
いつもと変わらない朝の空気。
けれど俺の中身だけが、確実に変わってしまっていた。
学校では、相変わらず皆が元気だった。
ハンターである俺に対しても、特別扱いはしない。
くだらない話をして、笑って、普通に日常を送っている。
それが、少しだけ――怖かった。
本当は、元の世界に戻るために何をすればいいのか分からない。
誰に、何を話せばいいのかも分からない。
こちらからは手を伸ばせない以上、答えは向こうから来るのを待つしかなかった。
「御影君」
教室のドア付近から声がする。
クラスメイトがこちらを指差した。
「後輩に呼ばれてるよ」
視線を向けると、神阪が立っていた。
俺は席を立ち、すぐにドアの方へ向かう。
「どうした?」
「……少し、話せますか?」
「じゃあ昼飯でも食いながらにするか」
「はい」
昼休みの時間だった。
俺は机からビニール袋を掴み、神阪と空き教室へ向かう。
________________________________________
「それで、話って?」
「俺に……修行をつけてくれませんか」
唐突な言葉だった。
「いいけど。急にどうした?」
「京都の時に、思ったんです。今の俺じゃ……足りないって」
「焦る年齢でもないだろ」
「でも、これからもハンターとして動くなら、もっと力が要るんです」
真剣な目だった。
逃げも迷いもない。
「……御影さんは、どうしてそんなに強いんですか?」
「俺?」
「はい。だって世界最強じゃないですか」
「称号だけならな。でも俺は、強くなんてない」
神阪は首を振る。
「そんなわけありません」
「いいや。大事なのは“強さ”じゃない」
俺は少し考え、言葉を選ぶ。
「誰かを守りたいって思いを、ちゃんと持ってるかどうかだ」
「守りたい……誰かを、ですか?」
「ああ。力は必要だ。でも、その力を何のために使うかを間違えたら終わりだ」
一拍置いて、問いを投げる。
「もし突然、ゲートがすべて閉じたら。
今まで人類の恐怖はモンスターだった。
じゃあ次に、何が一番の恐怖になると思う?」
神阪は黙り込んだ。
数分考えても、答えは出ない。
「……ハンターだ」
「え……?」
「人を簡単に殺せる存在が、隣で笑ってる。
それは非覚醒者から見れば、恐怖以外の何物でもない」
歴史を思い出す。
「魔女狩りだってそうだ。
人間は、人間を怖がる生き物だ」
神阪の表情が曇る。
「だからこそ俺たちは、“誰かを守る”覚悟を持たなきゃいけない。
友達でも、家族でも、恋人でもいい。
たった一人でいいから――心に置いておくんだ」
神阪は、何かを掴んだ顔をしていた。
その瞬間だった。
「――っ」
空気が、重く潰れる。
全身を包む威圧感。
今まで感じたことのないエーテル濃度。
「……なんだ、これ」
「神阪」
即座に判断する。
「桐原と合流しろ。生徒と教職員を避難。
それからハンター協会に連絡だ」
「え?」
「いいから急げ。低級だが……数が多い」
「分かりました!」
神阪は駆け出した。
低級モンスターだが、この気配は異常だ。
ネクロポートを使えば混乱が広がる。
なら――俺が本体を叩く。
エーテルの流れが、上空を指している。
屋上だ。
________________________________________
屋上に上がると、そこに“彼女”はいた。
浴衣姿の女。
白地に淡い文様。
足は床に触れていない。
それだけで、人の理を外れた存在だと分かる。
「誰だ」
「名乗るほどの者ではない」
「用件は?」
「此処に眠る、私のエーテルを返してもらいに来た」
千年前に封じられた怪異――か。
「悪いが、簡単に返せるもんじゃない」
「なら、力づくで返してもらう」
次の瞬間、空気が裂けた。
俺は反射で踏み込み、刀を抜く。
振り抜いた刃をすり抜けるように、女の影が歪む。
背後。
エーテルの爪が走る。
衝突。
校舎の壁が内側から爆ぜ、粉塵が舞う。
女の動きは静かだった。
舞うようで、しかし一撃一撃が重い。
千年を生きた怪異の洗練。
それが、所作すべてに滲んでいる。
――先を読まれている。
刃と爪がぶつかり合い、衝撃波が廊下を走る。
窓ガラスが一斉に震え、ひび割れた。
簡単じゃない。
だが、それがいい。
女が腕を振るうと、無数のエーテルの刃が生まれる。
俺は即座に複数の刀を生成し、投げ放つ。
衝突。
光が散り、校舎が悲鳴を上げる。
それでも女は、崩れゆく空間の中で立っていた。
どこか懐かしむように。
真正面から斬り合う。
刃が噛み合い、力が直に伝わる。
――強い。
ただ倒すための戦いじゃない。
互いを測り、確かめる戦場。
女の爪が肩を掠め、血が飛ぶ。
俺の斬撃が浴衣を裂き、エーテルが霧散する。
一瞬、動きが重なった。
この怪異は、ただの災厄じゃない。
かつて誰かと並び、誰かを守っていた存在だ。
女もまた、悟ったように目を細める。
距離を取り、対峙する。
半壊した校舎。
剥き出しの夜空。
互いに深手を負いながら、同じ言葉を抱く。
――やるな。
千年の怪異と、今を生きるハンター。
この戦いは、まだ始まったばかりだった。




