護衛
そうして、俺はホテルに戻った。
「御影さん、どこへ行ってたんですか?」
ロビーで待っていた姫野さんが、少し慌てた様子で駆け寄ってくる。
「ちょっと、八咫烏に捕まってまして」
「……八咫烏に?」
眉をひそめる姫野さんに、俺は肩をすくめた。
「心配するような話じゃないです。ただ、この任務を必ず成功させろ、と」
「そうですか……」
一瞬だけ考え込むような沈黙。
だが姫野さんはすぐに表情を戻した。
「もう遅いですし、少し休んでください」
「分かりました……いや」
時計を見る。二十二時を回っていた。
「ロビーにいます」
「休まないんですか?」
「今から寝たら、逆に寝過ごしそうで。それに……」
「……?」
「たぶん、眠れません」
姫野さんは小さく頷いた。
「では、少しお話ししますか」
「お願いします」
ロビーの片隅、並んで腰を下ろす。
「姫野さんは、どうして協会に?」
「昔、モンスターに襲われたことがあって……助けてくれた人がいたんです」
「ハンターですか?」
「分かりません。顔も名前も。暗くて、ただ……殴って倒していました」
それを聞いて、思わず息をのむ。
「Giftも使わずに?」
「はい」
姫野さんは遠くを見るような目をした。
「事件の記録は残っているのに、対処したハンターは“不明”。
それが、ずっと気になっていて」
「会いたいんですか?」
「ええ。ただ、お礼を言いたいだけなんです」
その横顔は、少し寂しそうだった。
「御影さんは……会いたい人、いますか?」
俺は少し考えてから答えた。
「兄です」
「……」
「川で溺れた時、助けてくれました。でも兄は……」
言葉が続かなかった。
「それは……辛いですね」
「俺が殺したようなものです」
沈黙。
その重さを誤魔化すように、話題は仕事の愚痴へと移っていった。
やがて、姫野さんがふと思い出したように言う。
「そういえば、学校はどうですか?」
「まあ、楽しいですよ」
「任務の方です」
「……ああ」
一瞬、言葉に詰まる。
「最近、少し記憶が曖昧で」
「検査を受けた方が……」
「大丈夫です。ただの疲れです」
誤魔化すのも一苦労だ。
「今回の任務は、千年前の封印に関わるものです」
姫野さんは淡々と説明した。
「封印されたエーテルの上に、偶然学校が建てられた。
それを代々、ハンターが生徒として守ってきた場所」
「……なるほど」
胸の奥に、小さな違和感が残った。
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時刻は深夜零時半。
「全員、揃いましたね」
用意された車に乗り込む。
緊張感の中、神阪だけが欠伸をしていた。
「よくそんなに呑気でいられるな」
「眠いものは眠いっす」
少し羨ましいくらいだ。
数十分後、神社に到着。
階段を上ると、黒い車が二台止まっていた。
スーツ姿の集団の中から、一人の少女が降りてくる。
「東京はんは、随分余裕どすなぁ」
如月と男が睨み合う。
「挑発はやめてください」
「へいへい。警護は我々もやりますさかい」
やがて、それぞれ配置につく。
「君が、澪ちゃん?」
神阪が手を差し出すが、少女はその手を払った。
「子供扱いしないで」
「……はい?」
「私が信用するのは、この人だけ」
指されたのは、俺だった。
「最強なんでしょ?」
「まあ……」
「実力がある人しか信用しない」
次に視線が向く。
「それと、あなた」
「私?」
「女の人だから」
桐原が一瞬驚いて、すぐに笑った。
俺は小声で囁く。
「桐原、手を繋いであげて」
「分かりました」
少女の手を取り、本殿へ向かう背中を見送る。
「……不安なんでしょうね」
「ええ」
姫野さんが静かに頷く。
「怖いのは、本人ですから」
俺も本殿へ向かう。
桐原と神阪が待っていた。
「もう中に?」
「はい」
神阪はまだ少し不満そうだった。
「振り回されますよね」
「気にするな」
その時だった。
「……静かに」
空気が変わった。
無線を入れる。
『姫野さん?』
返事はない。
「やられた」
「え……?」
「囲まれてる」
闇の中、モンスターとGift持ちの気配が、ゆっくりとこちらを包囲していた。




