歴史
俺はその場を離れ、人気のない路地に足を踏み入れた瞬間、上空へと瞬間移動した。
視界の端に、地面が遠ざかる。
見下ろすと、数人のスーツ姿の男たちが、俺が消えた場所へと駆け寄っていた。
当然、そこに俺の姿はない。
「……?」
男たちは足を止め、周囲を見回す。
困惑と焦りが混じった気配が、下から伝わってくる。
その背後――
俺は再び瞬間移動し、元の路地へと戻った。
「――!」
一斉に拳銃が向けられる。
だが、その直前。
「待て」
茶髪の男が一歩前に出て、腕を上げた。
その合図で、銃口が下がる。
「……あんた達、ずっと俺を尾けてただろ?」
「気分を害したなら謝ろう。だが、理解してほしい」
「まず、何者だ」
短く問う。
「――八咫烏だ」
「またか。で、今度は何の用だ?」
「総裁……いや、総帥に会ってほしい」
「総帥?」
「ああ。実質的な八咫烏のトップだ」
「そんな人間が、俺に?」
「それは、会えば分かる」
疑念は尽きない。
だが、この流れは断っても終わらないだろう。
俺は黙って、差し出された目隠しとヘッドフォンを受け取った。
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車に揺られること数十分。
手を引かれ、いくつかの扉を抜けたあと――
「外していい」
言われるまま、目隠しとヘッドフォンを外す。
そこは、想像していた地下施設や和室ではなかった。
モダンな家具、間接照明、落ち着いた色調の空間。
「疲れたでしょ。そこ、座りな」
声のする方を見ると、キッチンに立つ男がいた。
二十代後半。柔らかな雰囲気だが、どこか底の見えない目をしている。
「……貴方が、総帥?」
「うん。意外?」
「もっと年寄りかと」
「よく言われるよ。八咫烏も変わろうとしてるからね」
そう言って、彼は珈琲を二つ運んできた。
「部下に無礼はなかった?」
「まあ……否定はしません」
「そっか。まだ“自分たちが上”だと思ってる人が多くてね」
苦笑しながら、彼はソファの向かいに座った。
「それで、俺に何の用ですか」
「君に、歴史を聞いてほしくて」
「歴史?」
「この世界の、ね」
彼は静かに言う。
「もう気づいていると思うけど、この世界は君がいた世界とは違う」
「平行世界……ですか」
「簡単に言えばそうだね。
取られなかった選択、成立しなかった条件――
その結果として生まれた世界の一つが、ここだ」
「高校生の内にGiftが発現した世界、ってことですか」
「正解」
俺は内心で苦笑した。
どこかで聞いたことのある話だ。
「この世界の“御影真一”は、高一の時にモンスターから人を庇って瀕死になった。
その瞬間、Giftと特異体質が覚醒し、エーテルを暴走寸前まで解放してモンスターを倒した」
「……」
「結果、日本でも数人しかいないZ級ハンターになった」
一拍、間を置く。
「だから本来なら、この世界の君に任せるのが筋だった」
「なら、そうすればいい」
「いいや」
総帥は首を横に振った。
「我々は“平行世界を覗けるGift”を持つ者を抱えている」
「そんな能力が?」
「占いみたいなものさ」
彼は軽く言った。
「そして、多くの世界を見た結果――
一番適任だと判断されたのが、“君”だった」
「……この世界を、救えと?」
「そう」
総帥の目が、わずかに鋭くなる。
「君はハンターの歴史を、どこまで知っている?」
「協会以前は、陰陽師や修験者が戦っていた……程度です」
「十分だ」
彼は満足そうに頷いた。
「鬼、妖、怪異。
呼び名は違えど、本質は同じ存在だ」
「Gift持ちが、昔は別の名前で呼ばれていた」
「その通り。だが――」
言葉が、少し重くなる。
「当時の人間は弱かった。
だから、倒せないモンスターは封じるしかなかった」
京都。
結界。
神社。
「今回の神社は、“封印を重ねる場所”だ」
「補強、ですか」
「そう。
だが、その要になるのが――」
総帥は一瞬、目を伏せる。
「神に近いエーテルを持つ少女だ」
「……八歳」
「危険なほどのGiftを持っている」
俺は息を吐いた。
「だから守る」
「そうだ」
総帥は真っ直ぐ俺を見た。
「昔なら、生贄だった。
だが今は違う」
彼ははっきりと言う。
「この儀式は“最後”にするためのものだ。
次の世代で、完全に終わらせるための時間稼ぎ」
「だから俺に?」
「うん」
青年は微笑んだ。
「君は、歴史に縛られていないから」
俺は立ち上がる。
「……分かりました」
「即答だね」
「理屈はどうでもいい」
俺は言い切った。
「守るべき子供がいる。それだけで十分です」
総帥は目を細めた。
「君を呼んで、正解だった」
過去と未来が、静かに交差する。
その中心に、俺は立っていた。




