恋愛成就の代償
――東京のとある高校。
現場に着いた俺たちは、校内の駐車スペースに車を止めた。
この車は桐生さんの所有だが、今は俺の駐車場に置いていていつでも使える。
「姫野さん」
「来ましたか」
「ええ、要請があったので」
すぐ近くにいた姫野さんの隣で、得意げな笑みを浮かべている男がいた。
「おお、みっちゃん」
友重さん――現場監査官。
ゲート周辺の数値分析を担当していて、この前の“赤から虹へ変化したゲート事件”の時に知り合った。
「ともちゃん、現場の状況は?」
「やばいね。ゲートっていうより、結界が張られてる感じ」
結界。
モンスターがダンジョンブレイク後に“住処”を作るために張るものだ。
「友重さん、測定結果は後で報告してください」
「了解」
姫野さんの指示に友重さんが軽く手を挙げた。
「では、現状を説明します」
姫野さんが統括しているということは、つまり今回の現場はかなり厄介ということだ。
「モンスターがゲートブレイクを起こし、この学校内に潜伏しています。肝試しに入った三年生三人が行方不明です」
「学校は休校中ですよね?」
「はい。生徒も教員も避難済みです。ただし、C級のハンターが二人いて……」
「……いて?」
「最初は調査目的で中に入りましたが、連絡が途絶えました。結界の影響で、時間の流れが違う可能性があります」
「なるほど。中では時間が止まってる、ってやつか」
俺は短く息を吐いた。
「で、俺の仕事は?」
「モンスター討伐と行方不明者の救出です。ただし中はモンスターが溢れているはずです」
「了解。行ってきます」
「お願いします」
姫野さんの言葉を背に、俺は校舎の扉をくぐった。
夕暮れの光が一瞬にして暗闇へと変わる。
外を振り返ると、そこはもう夜だった――。
「結界か……時間が歪んでるな」
空気が重い。エーテル濃度が異常に高い。普通の人間なら、意識を保つのも難しいだろう。
「まずは生存者を探すか」
手を掲げると、空間が歪みマイクロ・ポータルが開く。
「出てこい」
黒い霧の中から数体のモンスターが姿を現す。
「マスター、ご用ですか?」
「ああ。エーテルが少ない人間を探せ。あと、ハンターもだ」
彼ら――グリムコード。
俺のGiftで吸収したモンスターを再構築した、俺専用の使い魔たちだ。
「かしこまりました」
命令を受けて、闇に溶けるように散っていった。
窓の外を見下ろすと、ここは四階らしい。
校庭には霧が立ちこめ、夜の街灯のように赤い光がゆらめいている。
――まるで異界だ。
下へ行こうとした瞬間、悲鳴が響いた。
階段横の教室からだ。
俺は迷わず扉を開けた。
「グリムコード、確認」
「了解――人間反応、一名。生命反応安定」
中にいたのは、制服姿の女子高生だった。
床にしゃがみ込み、肩を震わせている。
「おい、報告しろって言ったろ」
「マスター、対象は怯えています」
「それが分かったら、もう少し優しくしろ」
「“優しく”とは、攻撃を控えることですか?」
「いや、そうじゃねえ……見た目だよ、見た目!」
俺が苦笑すると、女子高生は小さく声を絞り出した。
「……もしかして、助けに……来てくれたんですか?」
「ああ、俺はハンターだ。安心しろ」
「み、美枝と小春が……! モンスターに襲われて……」
「その二人はどこに?」
「下の階に逃げたはずです!」
グリムコードが一歩前に出た。
「偵察に行ってきます、マスター」
「頼む」
黒い光が教室を抜け、音もなく消える。
俺は女子高生に手を差し伸べた。
「もう大丈夫だ。後は俺が守る」
その言葉に、震えが止まった。
【マスター、二名の生存者を確認】
グリムコードの声が頭に響く。
「了解、位置を送れ」
マイクロポータルが開き、空間がゆがんだ。
女子高生が目を丸くする。
「こ、これ……ゲートですか?」
「ああ、見た目だけな。転移魔法みたいなもんだ」
「大丈夫なんですよね?」
「俺を信じろ」
光が弾け、次の瞬間、教室が変わる。
二人の女子高生が怯えながら隅に寄っていた。
「もう怖い奴はいない。安心しろ」
三人は顔を見合わせ、涙を流した。
だが、一人が足を押さえている。
「くじいたのか?」
「走ってる時に……」
俺は結界の印を切った。
黄緑色の光が床に広がり、温かい空気が包み込む。
「ヒーリング結界だ。中に居れば自然治癒する」
「……あ、痛くない……!」
安心したように微笑む彼女を見て、俺は息をついた。
「それで――どうして肝試しなんて?」
「この学校の七不思議で、一晩明かすと“恋が叶う”って……」
「……馬鹿だな」
「ほんと、今は後悔してます」
三人は苦笑した。
「なら反省だな。ここを出たら、ちゃんと怒られろ」
「はい……」
【マスター、C級ハンター二名とボスを確認】
「了解。行くぞ」
転移先は体育館近く。
壁に背を預け、血を流す男と、膝をつく女ハンター。
「大丈夫か?」
「あなたは……誰ですか?」
「御影。救援に来たハンターだ」
「ヒーラー……ですか?」
「まあ、そんなところだ」
俺は再びヒーリング結界を展開した。
傷口がみるみる塞がっていく。
「これは……!」
「安心しろ。中にいれば助かる」
「ボスの情報を」
桐原と名乗る女ハンターが答えた。
「対象は人型。相手のエーテルを吸収して、バリアと下僕を生成します」
「なるほど。単純な吸収型か」
「か、簡単に言わないでください!」
「C級なら、生きてるだけで上等だ」
神阪という男が顔をしかめた。
「舐めるなよ! 俺も戦える!」
「なら三人を守ってろ。俺が行く」
「一人で? 無茶だ!」
「大丈夫だ。俺のGift、舐めんな」
体育館の扉を開けると、空気が異様に重かった。
中央には、異様に膨れ上がった“人型”。
紫色の皮膚が脈動し、低級モンスターがその周囲をうごめいている。
「人間、何の用だ」
「お前を倒しに来た」
「愚かだな。数を見ろ」
モンスターの群れが一斉に襲いかかる。
俺は無言で剣を抜いた。
一閃――風の刃が空気を裂き、十体が瞬時に消える。
「くだらん……だが、お前のエーテルは頂く!」
ボスの手が光り、体から何かが引き抜かれる感覚。
(なるほど、これが吸収能力か)
「ほう、余裕そうだな。もうすぐ立てなくなるぞ?」
「そうかな」
俺の周囲で結界が形成される。
その中の空間が圧縮を始め――モンスターが一体、また一体と潰れて消えた。
「な……なぜだ!? 吸っているのは私のはず!」
「俺のエーテルは、無限生成型だ」
「そんな……存在するわけが……!」
次の瞬間、ボスの体内で光が暴発。
轟音と共に、体育館が白く染まった。
静寂のあと、夕陽の光が差し込んでいた。
崩れた壁の向こうに、救出した少女たちが立っている。
「出られたの?」
「ああ、結界は消えた。終わりだ」
「やったぁ……!」
その時、ハンター協会の職員たちが駆け寄る。
桐原が息を呑み、俺に問いかけた。
「……あなた、本当に人間なんですか?」
俺は笑って肩をすくめた。
「さあな。人間でも、モンスターでもないのかもしれない」
そのまま夕陽の中へと歩き出した。
車の中で桐生が振り返る。
「お疲れ様です」
「なんとか終わりました」
「どうでした?」
「ボスは吸収型。普通に斬ると暴走する危険があったので、結界で圧縮しました」
「賢明な判断ですね」
「まあ、女子高生たちもこれで懲りたでしょう」
御影は窓の外を見つめながら小さく呟いた。
「……有紀、ね。あの子、普通の人間じゃない気がするな」
夕陽に照らされる横顔は、どこか寂しげだった。




