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記者会見

夜になって、ようやく引っ越しが終わった。

段ボールの山を前にして、俺は小さく息を吐く。


「……やっと終わったな」


もちろん返事はない。

このだだっ広い部屋に俺ひとり。静かすぎて少し落ち着かない。


自炊の経験なんて皆無だから、結局は下のコンビニで弁当を買って済ませた。

ついでにATMを覗くと――そこには、見たこともない桁の数字が並んでいた。


「……マジか」


思わず声が出そうになって、慌てて口を押さえる。

急いで姫野さんに電話をかけた。


『はい、御影さん。もうご確認されました?』

『あの、口座の金額が……おかしいんですけど』

『契約に基づいて、先に今月分を特別支給させていただきました。今後は定期的に振り込まれます』

『……特別ってレベルじゃないですよ、これ』

『Z級は、それだけ特別なんです』


電話を切っても、実感は湧かなかった。

普通の人生を歩んでいたら、一生縁のない金額だ。

それでも――“協会にとって自分はそれだけの存在”という現実だけは、確かに胸に残った。


弁当を食べ終えて、テレビをつける。

どの局も連日のように「ゲート出現情報」を特集している。

もはや、これが日常だ。


チャンネルを変えた瞬間、テロップが流れた。


『明日、ハンター協会が会見を開く予定』


へぇ……と思っていた矢先に、スマホが震えた。

画面には「姫野」の文字。


『もしもし』

『今、テレビをご覧ですか?』

『見てますけど……まさか、俺関係ですか?』

『はい。明日の会見で、御影さんの存在を公式に発表します』

『は? 俺のことは伏せるって話じゃ――』

『はい。ですので“声だけ”の出演をお願いしたいのです。声は変えますので』

『声だけ、ですか……』

『はい。手違いで日程が前倒しになってしまって』


(その“手違い”って何なんだよ)と心の中でツッコミつつ、了承した。


『では明日の十時にこちらへ伺います。準備をお願いします』

『……分かりました』


電話を切り、ソファに体を預ける。

考えれば考えるほど、心臓が早くなる。

明日は「声だけ」でも、俺の存在が世界に知られる日になるのか。


寝つけそうもなかったから、早めに睡眠薬を飲んで無理やり眠りについた。


──翌朝。


「失礼します」


九時半。

姫野さんがスーツ姿で現れ、背後には二人のスタッフが続いて入ってきた。


「機材はこちらに置いてよろしいですか?」

「あ、はい」


テーブルに置かれたのは、黒くて小さな装置。

「これ、なんですか?」

「声を変換する機材です。試しに一言お願いします」

「……えっと、お願いしまーす」


途端にスピーカーから低く濁った男の声が流れた。

まるで犯人のインタビューみたいで、思わず笑ってしまう。


「問題ありません。では、こちらが台本です」


姫野さんが差し出した紙には、

会長と鷹森さんのやり取り、そして俺が答える部分が簡単に書かれていた。


「質問は即興になりますが、感情的にならず淡々とお願いします」

「はい、了解です」


そうして打ち合わせを終えると、あっという間に時間は過ぎ、

テレビの中では、都内のホテルホールの会見が生中継されていた。


会長が壇上に立つ。

いつも穏やかな彼が、この日ばかりは張りつめた表情をしていた。


「先日の渋谷における“虹ゲート事件”は、前例のない危機でした。

しかし、あるハンター――そして、ある協力者の決断によって収束しました。

被害を最小限に抑えられたのは、彼の力によるものです」


ざわめき。

会場の空気が一気に緊張する。


「そして、ここで発表いたします。

日本で四人目となる――Z級ハンターの誕生です」


一斉にシャッター音が鳴り響く。


「しかし、今回契約したハンターは素性を明かすことを極めて嫌っています。

姿も名前も公表はいたしません」


記者たちがざわつく。


「せめて年齢、出身地、所属国だけでも!」

「国民には知る権利があります!」


「知る権利よりも、守るべきものがあります。

彼の安全を確保することが、我々の最優先です」


そして、会長が横のマイクに目をやった。

「では、ここで本人の声をお聞きください」


(俺だ……)


機材のランプが点灯し、合図が出る。

深呼吸して、ゆっくりとマイクに向かって話した。


「……俺は、ただ生き延びた。それだけです」


ざわっ、と記者席が揺れる。


「虹ゲートを脱出したとき、俺は英雄なんかじゃなかった。

ただ、死にたくなかっただけです」


記者の一人が質問を投げた。

「本当に英雄なら、なぜ姿を見せない? 何か“やましい過去”があるのでは?」


「……そう思いたいなら、勝手に思えばいい。

俺は誰にも知られたくないだけだ」


会長がマイクを握り直し、静かに言った。

「質問はここまでです。

彼の存在は我々にとって希望であり、未来を守る鍵でもあります。

どうか、理解を」


会場に拍手ともため息ともつかない音が響き、会見は幕を閉じた。


「お疲れさまでした」

姫野さんがほっとした表情を見せる。

「ありがとうございます。これで終わり、ですか?」

「はい……と言いたいところですが――」


そのとき、彼女の携帯が鳴った。

短く受け答えをして電話を切ると、真剣な表情でこちらを見た。


「御影さん。お疲れのところ申し訳ありません。招集です」

「……構いません。行きましょう」


「では、急ぎましょう。Z級のあなたに、次の任務です」


玄関の扉を開けた瞬間、

また新しい“非日常”が、音を立てて動き出した。

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