最後
「またですか?」
御影が静かに言う。
テーブルの上には、まだ湯気の立つ茶。
鷹森は口を開かず、代わりに御堂がゆっくりと話し始めた。
「ええ。──どうしても、貴方の力が必要なんです。」
「どうして?」
「最近、ゲートから出るエーテル量が急激に増えている。」
御堂の声には、焦りが滲んでいた。
「モンスターの出現頻度も、エベル(等級)も上がっている。
それに、S級ハンターの最上級保持者が……歳を理由に引退した。」
「それで僕に、協会へ戻れと?」
「はい。」
御影はカップを置き、わずかに笑った。
「光栄ですね。でも……僕は。」
御堂が言葉を継いだ。
「“暗殺から身を引こうとしている”──そう考えていいですか?」
「……全てお見通し、というわけですか。」
「ええ。あれほどのことを出来る者は、貴方しかいない。」
御影の目が細くなる。
「それで僕を警察に突き出すつもりですか?」
御堂は静かに首を振った。
「いいえ。協会に入ってくれれば、警察には何も言いません。」
「脅しですか?」
「そう……捉えてもらって構いません。」
沈黙が落ちた。
御影は椅子の背にもたれ、低く言う。
「僕は自惚れているつもりはありませんが──この国を、消そうと思えば消せますよ。」
「分かっています。」
御堂の声は震えていなかった。
「だからこそ、強気に出るんです。」
「なるほど。……それがあなたのやり方か。」
「貴方が一番、分かっているのでは?」
御堂が静かに微笑む。
「力を持つ者が、それを使わない“選択”の重さを。」
御影は何も言わなかった。
代わりに御堂が立ち上がり、名刺を差し出す。
「一日だけ待ちます。──明日、ハンター協会本部へ来てください。」
「……考えておきます。」
「では。」
玄関に向かう二人。
扉に手をかけた御堂が、ふと振り返る。
「……“見えないお友達”にも、よろしく。」
御影の指が一瞬止まる。
「……はい?」
「では。」
扉が閉まる音。
部屋に残るのは、静寂と、空気のざわめき。
その時、背後から声がした。
『本当のところはどうなんだ?』
御影は微笑んだ。
「光牙。」
『お前のやりたいことは、もう終わっただろ?』
「もう出てこないと思ってた。」
『そうか。で、どうする?』
「──やり直そうと思う。」
『……そうか。なら、それでいい。』
御影はゆっくりと頷いた。
「ありがとう。」
『ああ。これで……俺が出るのは、最後だ。』
「……ありがとう、光牙。」
『ああ。』
その声が消えた。
まるで、胸の奥の闇が静かに光へと溶けていくようだった。
御影は空になったカップを見つめ、呟く。
「やっと、ひとりになれたか。」




