天誅
数日が過ぎた。
俺は家族と離れ、一人で暮らし始めた。
荷物はマイクロポータルに収納し、その夜のうちに家を出た。
家族はきっと俺を探すだろう。
けれど、俺がこれからやることは、たとえ間接的でも彼らを危険に晒す。
──だから、一人でいるしかなかった。
闇掲示板の運営は順調だった。
最初の依頼はこうだ。
「ストーカーを殺してほしい」
「警察も動かない。もう限界です。助けてください。」
書き込み主は捨て垢。
だが、掲示板には仕掛けを施してある。
書き込んだ瞬間に端末へバックドアを侵入させ、IPもVPNも関係なく特定できるように。
すぐに依頼者の情報を割り出した。
SNSを追跡し、監視カメラをハッキング。
映像に映っていたのは、夜道を歩く二十代ほどの女性──その背後で、フードを被った男が殴りかかる瞬間だった。
俺は複数の防犯カメラから男を追跡し、顔認証システムを突破。
名前、住所、前科──すべて割れた。
常習のストーカー。
警察に捕まっても、すぐに出てきてまた繰り返す。
夜。
俺は男の家の前に立っていた。
玄関を開け、静かに中へ入る。
寝ていた男に近づき、囁く。
「──天誅」
刹那、Giftが発動。
神経を焼き切るようなデジタルの閃光が走り、男は即死した。
翌日、ニュースはその事件を大きく報じた。
報酬が振り込まれているのを確認する。
俺は人を殺した。
けれど、後悔はなかった。
──これは罰だ。
この国が見逃した罪人への、遅すぎた制裁。
だが、次第に目的が変わっていった。
正義ではなく、金のために。
二件目の依頼は「夫を殺してほしい」──報酬は200万円。
深夜のタワーマンション。
真一は虚霧を展開し、センサーを無力化。
ロックを解除し、室内へ。
酒に酔い眠る男の喉元に、Giftの指先を添える。
一瞬で心臓が停止した。
外傷なし。
「天誅」の紙だけを残し、闇に消えた。
ニュースでは連日、“天誅殺人”が報道された。
その頃にはもう、俺の中で何かが壊れ始めていた。
快感でも正義でもない。
ただ、空虚。
そして、最後の依頼が届いた。
「再婚相手の子供を殺してほしい。」
依頼主は再婚予定の女性。
理由は「子供が自分を受け入れないから」。
……この依頼を見た瞬間、俺は終わりにしようと決めた。
調査のため、現場の公園へ向かった。
ブランコに座る小さな女の子が一人。
俺は隣に腰を下ろす。
「隣、いいかな?」
「おじさん誰?」
「おじさんって言うなよ、まだ二十代だぞ。」
「でもおじさんはおじさんでしょ?」
思わず笑ってしまった。
その子は健気で、素直だった。
「新しいお母さん、嫌いなの?」
「……うん。でもいつか好きになれるかもしれないって思ってる。」
その一言で、俺の中の“殺し屋”が沈黙した。
俺はそっと子供の背中に札を貼る。
その札には、俺のGiftから生み出した守護の魔物が封じられている。
攻撃を感知すれば、どこにいても守護者が現れる。
それは、せめてもの償いだった。
──この日を境に、俺は殺しをやめた。
だが、世界は俺を休ませなかった。
新宿で突然、ゲートが開く。
巨大なモンスターが現れ、ハンターたちは全滅寸前。
俺はため息をつき、マイクロポータルから槍を取り出した。
投げた瞬間、槍は光を放ち、モンスターを貫いた。
一撃で消滅。
その残滓を札に封じ、俺は何事もなかったように立ち去った。
夜、自宅に戻り、ビールを一口。
──ピンポーン。
玄関を開けると、見知った顔が立っていた。
「どうも、ハンター協会の鷹森です。」
その背後には、会長・御堂の姿もあった。
「……お久しぶりです。」
「ここではなんですから、中に入ってもいいですか?」
二人をリビングに通し、湯気の立つ茶を置く。
「こんなものしか出せなくてすみません。」
「いえ、ありがとうございます。」
御堂が静かに言った。
「御影さん──ハンター協会に、正式に入ってもらえませんか?」




