復讐
最初の復讐の相手は──俺にとって、最悪の人間だった。
高校の頃のサッカー部で同じクラスだった。
周りから見れば、仲が良いと思われていたかもしれない。
けれど現実は違った。
トイレットペーパーで顔をぐるぐる巻きにされ、笑われ、
掃除ロッカーに押し込まれて外から蹴られた。
四階から鞄を投げられたこともあった。
それでも、誰も助けてくれなかった。
──だから最初は、こいつからだ。
闇掲示板に依頼を出す前に、「結果」を見せなければならない。
誰も、実績のない殺し屋には依頼をしない。
だから、最初の標的は自分の手でやる。
ばれるわけにはいかない。
俺は、いくつものGiftを作り出した。
引っ越しの日、家族には何も言わなかった。
連絡も遮断し、誰も俺の居場所を知らない。
深夜、人気のない街を歩きながら、Giftを発動する。
「──フォッグ・ヴェール」
白い霧が足元から立ち上がり、体がゆっくりと透けていく。
カメラにも映らない、完全な不可視状態。
電車で十五分。
ターゲットの家──マンションの五階。
休日の夜、あいつはきっと家にいる。
エントランスの扉をすり抜け、ロッカーを確認。
間違いない。ここだ。
部屋の前で、インターホンを押す。
「はーい……? あれ?」
対象がドアを開ける。
だが、そこには誰もいない。
扉が閉まる瞬間、俺は中へ滑り込んだ。
Giftを解かないまま、背後に回り込む。
音もなくバットを振り下ろした。
「う……」
鈍い音が響き、男は床に崩れ落ちた。
人気のない倉庫へ。
移動用のゲートを開き、対象を運び込む。
そこには、事前に調べておいた冷凍室がある。
鉄製の扉を閉じると、世界は一瞬で静寂に支配された。
白い息が、懺悔のように震えながら宙を漂う。
壁一面の霜が、男の体温をじわじわと奪っていく。
温度計の針は―5℃を指していた。
「まだだ。死ぬには早すぎる。」
男の唇が震える。歯の音が、冷気の中で小さく響く。
俺は冷凍室の扉を開き、毛布をかけて引き上げた。
凍死させる気はない。目的は──後悔を刻みつけることだ。
廊下を静かに歩きながら、スマホを取り出す。
Giftを発動。
声を加工し、無関係の第三者を装って通報する。
「……人が、倒れてます!」
通報音声を残し、裏口へ抜ける。
サイレンが遠くで鳴り始めた頃、
俺は男の体を安全な場所に置いて、影に溶けた。
冷たい風が頬を撫でる。
その中で、俺は静かに笑った。
「──これでまた、誰にも俺の存在は知られない。」
闇の中、御影の瞳だけが淡く光っていた。
復讐はまだ、始まったばかりだ。




