焼肉
二日が経った。
病院では色んな検査を受けたが、どれも異常なし。
医師は「あり得ない」と首を傾げていたが、俺の体は確かに健康そのものだった。
ゲートを出た直後にあった傷も、翌日には跡形もなく消えていた。
――まるで、人間の体じゃないみたいだ。
それでも、生きている。
ただ、それだけで充分だった。
一時間後。
「真一、久しぶり」
「うん、母さん」
半年ぶりの家族との再会。
母さんの声を聞いた瞬間、胸の奥が熱くなった。
「痩せたわね……」
「まあ、色々あったから」
母さんの隣には、白衣の上にジャケットを羽織った父さんが立っていた。
「ああ、父さんも来てくれたんだね」
「当たり前だ。院長が息子の退院に顔出さないわけないだろう」
父さんはこの病院の院長だ。
忙しい人だけど、俺の行事にはいつも顔を出してくれた。
母さんも放任主義だけど、ちゃんと俺のことを見てくれる。
――俺の家族は、不器用だけど優しい。
「じゃあ、帰ろうか」
「うん」
部屋を出る直前、父さんが言った。
「真一、検査では問題なかったが……半年もゲートの中にいた。もし体に異変を感じたら、すぐに連絡しろ」
「分かった」
「あと……退院したら、焼肉行くぞ」
「うん。仕事、頑張って」
父さんは少しだけ笑って、病室を出て行った。
その笑顔が、やけに懐かしく感じた。
家に帰ると、懐かしい匂いがした。
半年ぶりの我が家。
見慣れた家具も、少し埃をかぶっている気がした。
「ただいま」
「お昼ご飯の準備するから、真一は部屋で休んでて」
「分かった」
俺は静かに自分の部屋に入った。
扉を閉める音がやけに重たく響く。
半年ぶりのベッド。
パソコンの電源を入れると、聞き慣れた起動音が鳴った。
――俺がハンター協会の誘いを断ったのは、理由がある。
やりたいことが、あるからだ。
昼を食べてから、ずっとネットで情報を集めた。
半年の間に、世界は少しだけ変わっていた。
地震、ゲートの急増、ハンターの失踪事件――。
ニュースの見出しが、どれも不穏だった。
気づけば夜。
父さんが帰ってきて、家族三人で焼肉屋へ向かった。
「ゲートの中じゃ、何を食べてたんだ?」
「……聞かない方がいいと思う」
そう答えると、父さんは苦笑いして話題を変えた。
焼けた肉の匂いが鼻をくすぐる。
――人間の食事って、こんなに“味”があったんだな。
その一口一口に、生きて帰ってきた実感が詰まっていた。
「いただきます」
久しぶりに口にしたその言葉に、俺は心の底から感謝を込めた。
夜。
家に戻ると、部屋は薄暗く静まり返っていた。
パソコンのモニターの光だけが、俺の顔を照らす。
カタカタ――。
キーボードを叩く音が部屋に響く。
「ターゲットは……あの日の奴らだ」
指が止まらない。
コードを打ち込み、検索を繋ぐ。
数秒後、モニターにいくつものデータが浮かび上がる。
――住所。勤務先。SNSアカウント。
全てが掌の上にある。
かつて俺を地獄に追いやった連中。
その痕跡を、データの奥底から掘り起こす。
「証拠を握れば、裁きは自ずと下る」
冷たい声が、無意識に漏れた。
最後に、闇掲示板の画面を開く。
黒い背景、緑のフォント。
「依頼内容を入力してください」の文字が、無機質に光る。
指を置き、打ち込む。
――依頼名:「ゲート事件関係者の情報開示」
カタカタとキーが鳴るたび、胸の奥の何かが冷えていく。
静寂の中で、俺の計画はゆっくりと、確実に動き出した。




