ハンター協会
目を覚ました時、真っ白な天井が見えた。
どうやら、どこかの病院の個室らしい。
「……ここは?」
かすれた声で呟くと、スーツをびしっと着こなした男がベッドのそばに立っていた。
「起きられましたか」
「あなたは……?」
「まずは先生を呼んできます」
男は短く言って、病室を出ていった。
少しして、先生と看護師さんが入ってきて簡単な検査を受ける。結果、体には異常なし。
あの地獄のゲートの中にいたとは思えないほど、俺の体は元気だった。
ほどなくして、さっきのスーツの男がもう一人、歳を重ねた威厳ある紳士を連れて戻ってきた。
二人は俺のベッドの前に椅子を置いて、静かに腰を下ろす。
「君が――御影真一君で間違いないね?」
「はい」
「私はハンター協会会長の御堂玄斎。そして、こちらは補佐の鷹森だ」
「御堂会長……あの、ここはゲートの外なんですよね?」
「そうです。安心してください。あなたはもう安全な場所にいます」
その言葉で、ようやく心の底から息をつけた。
俺は、生きている――。
それだけで、胸がいっぱいになった。
「さて……色々と聞きたいことはありますが、まずはこちらに触れてみてください」
鷹森さんが取り出したのは、掌ほどの透明な水晶だった。
「これは簡易エーテル測定器です。危険はありません」
そう言われて手を伸ばし、水晶に触れた瞬間――。
パリンッ!
甲高い音とともに、水晶が粉々に砕け散った。
「いって……!」
「大丈夫ですか!? 御影さんは重症なんですよ!!」
看護師さんが慌てて飛び込んできて、俺の手を手早く処置する。
ガラス片で血が滲んでいたが、すぐに止血された。
その間、二人の男は静かに待ってくれていた。
「すみません……手を煩わせて」
「気をつけてください。あの水晶、S級のハンターでも壊れた例はありません」
鷹森さんの表情が固まる。御堂会長は腕を組み、ゆっくりと頷いた。
「御影君――君のエーテル量は、Z級に分類される」
「Z級……?」
「はい。これまで確認された中でも、間違いなく最上位です」
Z級。
そんな言葉、初めて聞いた。
「それで、君のGiftは?」
「“イマジン”っていいます。頭の中で想像したものを、現実に創り出せる力です」
「上限は?」
「今のところ、ありません」
二人は目を見開き、言葉を失っていた。
室内の空気が、少しだけ重くなる。
「では――ゲートの中で、どうやって生き延びたんです?」
「どうって言われても……モンスターを食ってました。水は川のを飲んで」
「モンスターを、食べた?」
「はい。最初は毒もありましたけど、気づいたら耐性がついてて……炎とか氷にも平気になってました」
「……そんな人間、初めて見た」
「それだけじゃなくて、俺のいたのは“虹ゲート”でした」
その言葉に、二人の眉が跳ね上がる。
「虹ゲートだと!? あそこは、一日とどまれば体が崩壊するはずだ」
「まあ、最初は俺も死ぬと思いましたけど……途中で“レイン”に出会って」
「レイン? まさか――ホロウレインのことか?」
「そうです。Z級モンスター、ホロウレインです」
「なぜ……殺されなかった?」
「それは――」
一瞬、迷った。
モンスターと友達だなんて言えば、きっと異端者扱いされる。
でも、レインとの約束を破るわけにはいかない。
「レインは俺の友達です。あいつは、人間との共存を望んでいた」
沈黙。
御堂会長の瞳が鋭く光る。
「……本当に、そう言ったのか?」
「はい。俺はそれを信じてるし、実際にこうして生きて外に出られた。それが証拠です」
会長と鷹森さんは視線を交わした。
ただならぬ話だと分かっているのだろう。
「これはすぐに協会で会議を開かねばなりませんね」
「そうだな。――御影君」
「はい?」
「君さえよければ、我々のもとで“ハンター”として活動してみないか?」
「……俺が、ハンターに?」
「そうだ。君ほどの力があれば、人類の未来を変えられる」
だが――俺には、最初から決めていた答えがある。
「断ります」
「な……なんでだ?」
鷹森さんが目を丸くする。
御堂会長も、わずかに驚いたようだった。
「俺には、やることがあるんです。レインとの約束を果たすために――人間とモンスターの橋渡しをしたいんです」
会長はしばらく俺を見つめ、やがてゆっくりと頷いた。
「……そうか。ならば好きにしなさい。ただし、何かあればすぐこの番号に連絡を」
そう言って名刺を差し出してくる。
受け取った瞬間、現実に帰ってきたんだと実感した。
――俺は、生きて外に出た。
そして、これからまた、新しい世界を歩くんだ。




