次元斬り
「あっ――!」
勢いよく飛び起きると、そこは昨日宴の前に休んでいた家の中だった。
柔らかい藁の匂いと、焚き火の煙が鼻をくすぐる。
「あ、起きられましたか。人間さん」
「君は昨日の……」
「はい、私はゴル。よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ。……それにしても、なんで人語が話せるんだ?」
「以前、此処に来た人間さんから教わりました」
「なるほどな」
そう言いながら、俺はふとゴルの表情に気づいた。
どこか寂しげで、胸の奥が少し痛くなる。
「仲が良かったのか? その人間と」
「はい。言葉を教えてくれて、毎日少しずつ話す練習をして……。
でも、その方は何も言わずに旅立ってしまって……」
「そうか。じゃあ俺がこのゲートを出たら、その人を探してみるよ」
「本当ですか?」
「うん。いつになるか分からないけど、必ず」
「ありがとうございます」
ゴルの瞳に、小さな光が戻った気がした。
――そうだ、希望は繋げばいい。たとえ細くても。
体も動くし、外の空気を吸いたくなって外に出た。
そこで待っていたのは、いつもの低い声。
「カゲ、起きたか」
「レイン。結構寝たみたいだな」
「そうだ。今日から次の修行に入る」
「修行?」
「エーテルの“コントロール”だ」
「コントロール……?」
「ああ。それが出来れば、お前は爆発的に強くなる」
「例えば?」
「お前の体は常にエーテルが垂れ流し状態だろう?
それを制御できれば、攻防どちらにも使える。力の浪費もなくなる」
「なるほど……。それで、もし使いこなせたら?」
「お前のGift、“イマジン”はイメージ次第でいくらでも形を変えられる。
つまり――想像の限り、無限だ」
「……じゃあ、防御を強化したいかな。攻撃は次元斬りで十分だし」
「なら簡単だ。体の周りにエーテルを留め、常に循環させてバリアを張る。
それができれば、攻撃を受けても傷一つ負わない」
「常時発動型の……バリアか」
「そうだ。お前ほどのエーテル濃度なら、理論上は可能だ」
虹ゲートの深部。
淡い霧が漂う空間で、御影の体から光の粒が溢れていた。
「……やっぱり、抑えようとしても漏れる」
歯を食いしばる御影の指先が震え、地面がひび割れる。
エーテルは熱と光を伴って空気を歪ませ、周囲の岩を浮かせるほど濃密だった。
「抑えるな、カゲ」
ホロウレインの声が静かに響く。
「お前のエーテルは滝のようなものだ。せき止めれば、決壊する。
ならば、流れを“形”に変えろ」
「形に……?」
ホロウレインが両の手を広げる。
その瞬間、周囲の空気が揺らぎ、透明な壁が波紋のように広がった。
「これが“留める”技だ。流れ出る力を、体の周りで循環させる。
お前ほどの力なら、立っているだけで壁を作れる」
御影は深く息を吐き、目を閉じた。
滝を堰き止めるのではなく、輪にする――そんなイメージを描く。
足元から湧く力が背を伝い、頭上を巡り、再び足元へと戻る。
だが、次の瞬間――
ドンッ!
肩口から光が爆ぜ、地面が抉れた。
「くっ……!」
「意識を一点に集中させるな。全身を意識しろ」
ホロウレインは背後から声を投げる。
「剣を振る時、刃だけを見るか? 違うだろう。
踏み込み、腰、肩――全部が繋がってる」
御影は再び目を閉じ、全身を水の膜で覆うイメージを持つ。
流れ出す光を、自らの皮膚で包み、沿わせ、回す――
やがて、彼の周囲に淡い揺らぎが生まれた。
空間がわずかに歪み、光が屈折する。
「……できた、か?」
「まだだ。耐えてみせろ」
ホロウレインが掌を突き出す。
虹色のエーテル弾が放たれ、御影の胸を貫こうと迫る――!
轟音。閃光。
しかし、御影は立っていた。
胸の前には、水晶のような薄膜が輝いている。
その表面で光が滑り、衝撃を受け流していた。
「……防いだ、のか」
「それがお前の新たな“皮膚”だ。
戦いの最中でも、常に纏え。お前の存在そのものが武器になる」
御影は小さく頷く。
周囲の光が脈動し、まるで彼の鼓動と同調するかのように波打った。
――この力なら、きっとあの次元を斬り裂ける。




