共存
「俺さ……仕事もうまくいかなくて、何もできないただの大人だったんだよ」
「ああ?」
「何もできないってさ。人間って、人間同士で理解し合ってうまくやってかなきゃいけないんだ」
レインは黙って俺を見つめていた。彼の目は、想像よりずっと柔らかかった。
「お前もそう思うのか?」
「え?」
「モンスターについて、どう思っている?」
「どう思うって……まあ、怖いよ」
「そうか」
「大体そんなものだろうけど」
レインは小さく笑った。
「我々は、人間から――恐怖の対象であり続けるのだな」
「研究員とかは好奇で近づくけど、結局は“対象”なんだろうな」
「そうだが、それも研究対象としての存在でしかない」
「それでも、俺は人間と共存を望んでいる」
「共存?」
モンスターの口から出たその言葉に、俺は耳を疑った。
「人間と共存なんて無理だろう」と、心の一部が即座に反論した。
「以前、戦った人間と約束したんだ」
「約束?」
「その人間は、人がモンスターと共に生きる道を説いた」
「なんで?」
「人間は醜いが、群れることが好きだと言っていた。群れるのは我々と同じだ――話していると、憎らしくも、愛おしくも感じた。だから共存を望んだのだ」
俺は言葉を飲み込んだ。確かに、そういう見方もあるのかもしれない。
「敵意がなければ、大丈夫なんじゃないか?」
「敵意か……彼は言った。人間を殺さず、生かして話を聞け、と」
「なるほど。だから今、おれを殺さず話を聞いてるのか」
「ああ。さて、お前の話の続きを聞こうか」
俺はレインのことを訊ねた。
「お前、戦いは好きじゃないって言ったな?」
「ああ。生きるために力が必要だっただけだ。だが、ここで暮らすのは楽しい」
「此処では力がないと生き残れないんだな」
「そうだ」
少し間を開けて、レインは昔のことを語り始めた。
「以前に戦った人間は強かった。俺よりも――傷つけることすらままならないほどに」
「そんなやつがいたのか。で、そいつは今どこに?」
「分からない。戦って、食事を共にして、それきり消えた」
俺は自分のことを話した。いじめを受け、人間の嫌な部分を見て疲れてしまったこと。群れられない自分のこと。
「なるほど、人間も生きるのは大変なんだな」
「ああ。力が全てじゃないことも理解しないと、共存は無理だ」
「お前は共存は無理だと思うか?」
「今は難しい。だが、レインみたいな者が理解を示せば、可能性はある」
沈黙がしばらく続く。
「お前は賛成か?」とレイン。
「ああ、俺は賛成だ」
「そうか。お前は二人目の“友達”だ」
「友達……か」
レインは目を細めた。
「まずは、お前が“俺のようなモンスター”がいると知ってもらわねばならない」
「そのためには、ゲートから出る必要がある」
「そうだ」
しばらく沈思黙考したレインが、ふと顔を上げる。
「気づいてないのか?」
「何がだ?」
「多分、お前は出られるぞ」




